あちらとこちら |
「…?」 「シイナ君、今の、気付いたかい?」 胴体と足を切断されたままのロキが、仰向けのまま愉快そうに言った。 「君はねぇ、所詮井の中の蛙なのさ!幾万の世界に、ベルの王は存在する!!」 (何言ってんだろ、頭イったかな) しかし、確かに感じた。 薄い壁の向こうから、誰かがこちらを窺っているような、そんな奇妙な感覚があった。 視線の主は幾万の世界に存在するベルの王、その内の、一人だったとでも言うのだろうか? 「ハッ、くだらな…」 風に紛れ、シイナは跳ぶ。空間を飛び越え、愛しいナオヤの部屋へと向かう。 「ナオ兄!」 ベッドに腰掛けたナオヤの背中に、転移したシイナは思い切り抱きついた。 「っ、しい、どうした、血の匂いがするぞ?」 「アイツがさぁ、また腹の立つ事ばっかり言うんだもの。俺、頭にきて、それで」 「ロキか。一々相手にしていてはキリが無いぞ、放っておけ」 「はぁい」 間延びした返事をしたシイナは、ナオヤの手の中にある物を見つけ、大きな目を瞬かせた。 「ナオ兄、それ何?キレーだね」 「ああ、これか。アツロウが持って来た。地下の倉庫から出て来たらしい、奴はお前にあげたがっていたが、どんな代物か分からなかったのでな」 ナオヤは美しい装飾の施された鏡を、シイナに見えやすいように持ち替える。色とりどりの宝石がキラキラと煌めいた。 「地下に倉庫?あったんだ、そんなの」 「地下まではまだよく調べていなかったが、随分と面白い物が眠っているようだ」 「ふぅん」 シイナは肩越しに鏡を覗き込む。しかしすぐに違和感に気付き、『あれっ』と声を上げた。 「映ってないよ?俺達」 ピカピカに磨きあげられているにも関わらず、その鏡にシイナ達は映っていない。跳ねかえるのは光だけで、シイナ達どころか、何の像も結ばれてはいない。 「だから面白いと言うんだ、これは」 ナオヤが低く笑い、鏡を傾けて見せた。どの角度から覗き込んでも、其処には何も映らない。 「しい、この石に軽く触れてみろ」 鏡の上部に嵌められた大きな石をナオヤが示す。シイナは首を傾げながら、言われるままにその石に指先で触れた。 その瞬間、ゾクリと、寒気にも似た感覚が指先を駆ける。 「わっ、な、何?」 「案ずるな、僅かに魔力を吸い取られただけだ。ほら、見てみろ」 「…?」 銀色の鏡面に、石を投じた水たまりのような波紋が生じた。それが収まるにつれ、そこにはシイナの姿が映り始める。 いや、違う。シイナはロキの言葉を再び思い出した。 『幾万の世界に、ベルの王は存在する!!』 その言葉を体現するように、鏡の中に現れたのは、シイナと酷似した姿をした、異なる人間、否、魔王だった。 「…何、これ、どうなってるの…」 「パラレルワールドを知っているか、しい?」 「…うん、分かるけど。まさか、これがそうだって言うの…?」 「ああ、恐らくな」 平行して存在する別次元の世界。それを映す鏡だとでも言うのだろうか。ナオヤが言うからには、間違いは無いのだろうが。 「でも…」 シイナはじとりと、その鏡に映る少年を睨む。 「最悪に趣味悪いね、コイツ」 少年の隣にはナオヤはいなかった。代わりにあのロキの化身が、腕を肩に回し、少年の読んでいる雑誌を指差して、何やら口を出している。 少年は屈託無く笑い、ロキもやけに毒の無い笑顔を見せる。 「…不愉快」 シイナは呟き、鏡を軽く指で弾いた。相変わらず、ロキと少年は揃って笑い合っている。 狭いソファに身を寄せ合って、まるで恋人か何かのように。 「ねえナオ兄、パラレルワールドって、可能性の世界なんだよね」
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