あちらとこちら
覆い被さるロキを恐る恐る見上げる。レンを安心させるように微笑む彼は、レンの知る、レンの世界のロキだった。

「あ…」
「大丈夫!?怪我はない!!?」

普段の飄々としたロキからは想像出来ないほど彼は慌てた様子だった。それにどうにかふるふると首を振って返す。ロキが庇ってくれたからか、レンは怪我一つしていない。けれど、先ほどのもう一人のロキを傷つけてしまった事実が思いの外レンの心に伸し掛かり、うまく言葉が出てこなかった。ロキの頬についた切り傷もレンの言葉を奪っていた。
心配そうに見るロキにようやく返せたものと言えば、巧く言葉にもなっていない謝罪だけだった。

「ごめ、ごめんなさ…っ」
「え、ちょっ」
「ごめん、ロキ…!!」

あれは自分の知るロキではない。けれどあれもまたロキであり、その可能性なのだ。ではロキではないとなぜ言えるだろう。
不器用で、睦言を囁くことは得意なくせに、愛を得ようとする方向を間違えてばかりの、そう言ったことに関してばかりは子供のようなこの悪魔とどう違うだろう。
レンに暴言を吐いたロキも、目の前で心配げな表情をしているロキも同じロキだ。そのロキを、自分は攻撃した。頭の中が真っ白になって、自分が何をしようとしていたかも思い出せない。レンの持つ力がどれほど大きく人を傷つける凶器となるかを知らなかった訳ではないのに。
狼狽するレンをロキの腕が優しく抱きしめる。普段なら蹴り飛ばしてやろうと思うのに、今はその温もりが心地よかった。

「…ねぇ、ロキ…ここは、どこ?」

どうにか落ち着いた頃ロキから離れて状況を理解しようと立ち上がる。
見慣れた魔王城とはまったく違う室内。けれど、造りはともかく、この部屋に満ちる匂いには覚えがあった。

「ナオヤ、の、部屋…?」

ナオヤの、と言うのは些か語弊があるかもしれない。おそらくこれはもう一つの世界のナオヤの部屋だ。置いてあるパソコンやパソコン周りの器具は確かに見慣れたナオヤのものだが、部屋の雰囲気や置いてあるソファ、本棚に並べられた書籍の内容が僅かに違う。
首を傾げながらも、どこか確信めいて、自分たちがあちらの、いやもうこちらか、とにかく鏡の向こうの世界へやってきてしまったことにレンは気付いていた。
そして、それを肯定するようにロキが言う。

「ナオヤ君だけど、ナオヤ君じゃない魔力が満ちてる。それに見てごらんよ、ほら」

ばらばらに散らばったガラスの破片。おそらく鏡だったもの。レンが壊してしまった世界の境界。
咄嗟に破片を拾おうと手を伸ばして、それをロキに制される。腕を掴むその力は思いの外強く、見上げたロキの表情はやけに真剣だった。

「なに…」
「触らない方がいい。見なよ」

破片の周りが円を描くように淡く光っている。鏡の上部にはめ込まれていたような、形容しがたい色で床に何かが刻まれていく。

「魔方陣か…」
「え?」
「クククッ…!面白いことをしてくれたな、異界の弟、そしてロキ」

背後から聞こえたよく知った声に慌てて振り返る。
いつからいたのかはわからないが、色素の薄い髪、アルビノの瞳、間違えようもないナオヤがそこにいた。
いや違う。ここが自分たちのいた世界でないのならこのナオヤもこちら側のナオヤだ。レンの知るナオヤではない。
けれど、レンを見る目は敵対の意思を持つものではなく、単に面白がっているだけのような気がした。
だから恐る恐るながらもレンは訊ねてみる。

「あなたは、こちらの世界のナオヤ?」
「そうだ。異界の魔王。名は何と言う」
「レン。水城、蓮って言います」
「そうか。…もうすぐ紫衣那が……こちらの魔王が訪れる頃合だ。そこで待っていろ」

そう言ってこの世界のナオヤは不敵に笑うとレンとロキに背を向けてパソコンデスクに向かって行ってしまった。
警戒されていないのか、はたまたそう見せかけているだけで自分たちなどどうとでも出来ると思っているのか。
けれどどうすることも出来ずにレンはロキの手を引いてその部屋にあったソファに遠慮がちに腰を下ろした。
しばらくの後にやってくる、もう一人の自分との対面を不安に思いながら。

     

                                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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