あちらとこちら
別世界の魔王であり、レンと瓜二つの外見を持った少年は元人間とは思えない美しさを持ちながら、それと半比例するような汚い言葉を口にした。
信じられない思いでレンは彼を見つめる。黙っていれば、いや、たとえ相手を罵る言葉を吐いてさえも彼は精巧なビスクドールのように人外の美しさを持っていた。
シイナのまっすぐな視線は、けれどレンを通り過ぎてロキを見つめている。その瞳はといったら凍えてしまいそうなほど冷たく、それなのに焼け焦げてしまいそうなほど昏い炎を宿していた。
これが、いくつもある可能性のうちの一つでありもう一人の自分であると言うのは、理屈ではわかっていても俄かには信じがたかった。

「あ、あの」
「黙れ」
「う…」

声をかけてみるけれどレンの言葉など聞く耳を持っていないようだった。寧ろ言葉と認識してもらえてるのかどうかさえ怪しい。
シイナが細く穢れない指先で魔力を溜める。何にも汚されないまっさらな天使の(天使がまっさらではないのは百も承知だけれども)顔をしてただロキだけを滅さんと力を奮おうとしている。それは先だってレンが後悔した力の使い方だ。
待って、やめて。そう言おうとするレンをシイナの声が遮る。

「ナオ兄の部屋で何してるんだお前…俺の偽者まで用意して…!!」

けれど、シイナのふっくらとした可愛らしい唇から発せられた言葉にレンは思わず首を傾げてしまった。
それまで静観を貫いていたもう一人のナオヤがくぐもった笑いを漏らし、それに反応したシイナもレンと同じように首を傾げた。
ロキ一人だけがレンを庇うようにシイナの前に立ちはだかって臨戦態勢のまま、何か奇妙な空間が出来ていた。

「そうしているとやはり似ているな、お前たちは」
「どういうこと?」

そう言ってようやくシイナはロキから視線を外し、その奥に隠れる形になっていたレンを見た。

「しい、とりあえずそこにいるのはお前の嫌いなロキとは別物だ。それにあれもお前の偽者ではない。しいは良い子だから俺の話を聞けるな?」
「うん、ナオ兄が言うならちゃんと聞くよ!」

ようやく話をすることが出来ると息を吐いたレンだったが、シイナの次の発言でまた緊張がぶり返してきた。

「ロキと同じ顔したソイツ、どっか放り出して」
「えっ」
「ぼ、僕!?」
「ナオ兄がアイツとは違うっていうなら信じるけど、アイツと同じ顔見てると殺したくてたまらなくなる」
「ふむ、まあ所詮はロキだからな…お前は出て行け異界のロキ」
「はあ!?蓮君一人置いて行ける訳ないでしょ!?」
「お前がいた方が危険だと先ほどで理解しなかったのか?」
「!!」

仕方がない。ここは彼らのテリトリーだ。たった一人になることに抵抗がない訳ではなかったが、下手に刺激してはいけないと先ほど感じたばかりだ。
それに、自分は自分の世界において万魔の頂点に立つ魔王だ。自分を待つ、自分の大切な人たちのいる世界へ帰らなければならない。どうにかしてさっさと元の世界へ帰る方法を探らねばならないのだから、下手にごねて時間を消費することも傷を負うことも避けたかった。
レンはつん、とロキの金糸の髪を一房引っ張り、大丈夫だよ、と笑顔を作る。それは多少弱弱しいものになっていたかもしれないが、この際諦めよう。異常とも言える事態に動揺しているのは隠しようもない事実だった。
ロキもシイナの手綱は異界のナオヤが握っていること、そのシイナが現時点で危害を及ぼそうとしているのがロキだけなのだということ、手綱を持つナオヤに今のところ敵意がないことを理解したのだろう、渋々ながらも頷いて風に消えていった。
何かあったらすぐに呼んで、と風に紛れる寸前、耳元で囁きが聞こえた。

ロキがいなくなったことでシイナの瞳から剣呑な光が和らぎ、今度こそようやく状況を話すことが出来そうだった。
居住まいを正し、ナオヤとナオヤにもたれかかるようにしているシイナへと向き直る。
こんな時、弱さは見せてはならない。それは全てにおいて不利になる。気を抜いては駄目だ。そして余り強く出過ぎてもいけない。歯痒いが、そのバランスを巧く取って立ち回るしかない。いくらレンがあちらの世界の魔王だと言っても、こちらでは勝手が違うし、今の戦力は自分とロキだけだ。こちらにはこちらの世界の戦力全てがある。もし彼らが自分たちを害そうとした場合、余りに分が悪い。そうなることだけは避けなければ。
そっと目を伏せ、一度息を吐いた後、レンは凛と背筋を伸ばしてシイナとナオヤをまっすぐに見つめた。

「さて、どこから話すか」
「どこからでも。隠すような事は何一つありませんし、後ろ暗いこともありません」
「ねえ、ナオ兄、これ、誰?」
「えっと、オレは」
「俺はナオ兄に聞いてるの!俺と同じ顔してるからって調子に乗らないで!ナオ兄は俺のだからね!もっと向こう行ってよ!」
「クククッ…なんだ、しい、ヤキモチか?」

向こう、と言われてもナオヤは相変わらずパソコンデスクの前に座っているし、シイナだってナオヤのところにいる。レンが座らせてもらっているソファとは充分に距離があるし、これ以上離れろと言うのは部屋から出て行けと言うことだろうか。シイナの言葉を計りかねてレンはことりと首を傾げた。
シイナは先ほどロキを攻撃した少年とは思えないほどの変わりようでナオヤに甘えるようにまきついている。ナオヤもナオヤでシイナをべたべたに甘やかしているような印象だった。シイナを膝に乗せて宥める姿は姿が姿なだけに居心地が悪い。
一向に話が進まない、と思いながら気付かれないようにレンは溜息を吐く。
自分の世界のナオヤも大概甘いと思うが、これほどまでにわかりやすくはなかった。鏡の映像で知ってはいたが実際目にするとそれ以上の衝撃だ。
何より、自分という可能性が違うだけで全てが変わる恐ろしさが身に染みる。
魔王らしい仮面の下で、レンはほんの少しだけ一人でこの部屋に残った事を後悔した。

               

                                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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