あちらとこちら
ロキを呼んではならない。呼べばシイナの策にみすみす乗っかる羽目になる。そんな愚かなことは出来ない。
けれど、どこまでが彼の本気なのかわからない。読み間違える訳にはいかない彼の真意が深い闇の中にあるようで、それがとても怖かった。
レン一人では分が悪すぎると言うことはここに来た時点でわかっていたことだ。それでも自分は今に到る道筋を選んだのだ、非は自分にあるし、自分一人でどうにかしなければならない。
鏡で見た印象だけでなく、今まさに目の前のシイナをして得体の知れない恐ろしさと純真無垢なあどけなさが同居している。そう言った意味で、レンとシイナは別人と言ってよかった。
魔力を抑えることに躍起になっている所為で言葉を紡ぐことにまで力が回らない。いくらナオヤから交渉の場での在り方を学び、実際にそういう経験を積んできたと言っても、未だ口げんかでナオヤに勝てたことの無いレンだ、それも仕方が無いことかもしれないが、今の状況ではそんなことも言っていられないだろう。
相手は自分の世界のナオヤなどよりも、おそらくはずっと、性質が悪い。
どうにか自分を落ち着かせる為に小さく息を吐き、拳をこれ以上ないくらいぐっと握り締めた。自分は、自分の世界の魔王なのだと言い聞かせる。
シイナが焦れたように答えを急かす。どこか面白がっているような言い方をしているのに、瞳の奥は冷え切っていた。
揺らでしまった魔王らしい仮面をもう一度しっかりと貼り付けて、今度はシイナの瞳を真っ向から見据えた。

「ねえ、答えてよ」
「…後ろ暗いことはないと言いました。スパイと言うのは君の中で後ろ暗いことに入らないの?」

弱みを極力見せぬようにと毅然とした態度で言うと、シイナは面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。レンの狼狽する様子を面白がっていたシイナにしてみれば、レンのこの反応は思惑と外れてしまったのだろう。
そしてまた重ねて言う。レンの神経を逆なでするような言葉を選んでいるようだった。

「後ろ暗いことをしてる奴ってさ、正直に言わないもんだよね」
「でもスパイなんかじゃない。オレはオレの信念を持って魔王になった。君の言葉はオレに対してだけじゃない、オレを信じてくれているみんなへ対する侮辱だ」
「口では何とでも言える。それにお前の言葉を信用する理由も無い
「ならこの問答に意味はないよ。真実も虚実も君の中での判断で勝手に決定されてしまうもの」
「…このっ」

シイナの唇が攻撃性を孕んだ音を紡ぐ。
レンの言い方は、レンの世界のナオヤの言い方に酷似していた。実際にナオヤから学んだのだから当然だし、こういう場面だけでなく、レンはナオヤの影響を多分に受けているところがある。と言うことはこの世界のナオヤにも多少は重なるところがあったのだろうか。
カッと苛立ったようにシイナが手を振りかざす。手のひらには魔力が集中していた。食らえばレンとて無事は済まないだろう。何せ相手は同じ始原のベルの力を持つ魔王だ。
先ほどナオヤの頬に口付けた様相など、微塵も残っていない憎悪に歪んだ顔でシイナはレンを見る。
思わずロキ、と呼びかけて、それではまずいと我に返る。今この場にロキを呼び寄せようものなら火に油を注ぐようなものだ。決してロキは呼んではならない。呼べば必ず彼はレンの元へやってきてくれるだろうが、それではみすみすロキを危険に晒すことになる。ロキがこの場にやってきたとて事態が悪化することはあっても好転するとは思えなかった。

そしてふと思い出す、青の騎士の言葉。主がどこにいても私は馳せ参じよう。地球の裏側にいてさえも、とはっきり言い切ったクーフーリンの言葉に一縷の望みを込めてレンは口の中で呟いた。古の、青く長い髪の美しい騎士をの名を。
(クーフーリン…!!)
呼んだ瞬間、部屋の片隅で魔方陣が光った。淡く美しい光の中から跪いたクーフーリンが現れる。望んだのは自分なのに、それをどこか信じられない気持ちでレンは見た。
クーフーリンはお決まりの挨拶さえ後回しにして、いち早く現状を理解すると、ひゅん、とレンの傍まで移動し、そうかと思えば彼はレンを抱きかかえたまま魔方陣の位置まで瞬時に移動していた。

「主よ、願え。我らの世界を望め。主の意思に因ってこれは作動する」
「へ、そんな簡単なことで…!?」
「主!」
「わ、わかった、やってみる!」

言われるまま、願い、力を集中させる。
そうはさせまいとするシイナとは対照的に、その様をナオヤは愉快そうに見ていた。
まるでオーロラがそうであるかのように儚く輝き、やがてその光に包まれたレンとクーフーリンは魔方陣から消えた。

  

残されたのはシイナとナオヤだけだ。つい先ほどまでそこに在って対峙していたのが嘘のようにその場にはシイナ達二人以外の気配はない。おそらく彼らは元の世界に帰ったのだろう。
いつの間にか、部屋の近くにあったはずのレンの世界のロキの気配もなかった。魔界中に意識を張り巡らせたものの、シイナの世界のロキらしき気配があるだけでレンの世界のロキのものはない。
あの一瞬で彼はシイナの世界から全てを回収して戻ったと言うのか。

「…へえ、なかなかやるじゃん。でも、尻尾巻いて逃げ出すなんてダッセェの」
「クククッ…どうやら異界の魔王は争いごとが嫌いなようだな。…しい、どうしたい?」

シイナにしか見せない柔らかい微笑みを浮かべてナオヤが問うと、シイナはくすりと小悪魔じみた笑みを浮かべて言った。

「あっちの悪魔が言ってたよね。魔王の意思と力に因って作動するって。なら」
「…あちらの世界へ行きたいのだな」
「うん。だって、あいつ、どう見ても弱そうだし、あんなのが同じ魔王なんて信じられない。それに…」

同じ顔。同じ魔王という存在。そしてシイナとレンは可能性の違いであって元を正せば同じ生き物だ。
ナオヤ以外を大切に思うなんて許せない。自分という存在は細胞の一つ一つまでもナオヤの為だけに在らねばならないのだ。シイナの中の確固たるイメージを揺るがすような存在は捨て置けない。
ならば。

「楽しくなりそう。ねえナオ兄、行ってもいいでしょ?」
「好きにするがいい」
「やった!ナオ兄大好き!」

レンがシイナに感じた二面性を惜しげもなく晒しながら、シイナはナオヤに抱きついた。
これが当然あるべき姿なのだと信じて。

               

                                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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