あちらとこちら
一度零れた涙は次から次へと溢れてくる。何度拭っても溢れてくる涙に歯噛みした。
いけない。こんな弱い王では駄目だ。みんなの望む王でなければいけないのに。強く在らなくてはならないのに。
けれど怖い。途方もなく怖ろしいのだ。知らないことは、わからないということは、それはそのまま恐怖へと直結する。
駄目だと思えば思うほど身体を恐怖が支配する。勝手に身体が震えてしまう。それほどにシイナという存在は衝撃だった。
堪えきれず声が漏れてしまい、レンは自分自身に失望した。
(こんなんじゃ駄目なのに、どうしていつまでたってもオレは成長しないんだろう)
止まらない涙も、弱気になってしまう自分も、全てが許せない。けれどそう思うレンの髪をクーフーリンの骨ばった手が梳き、ロキの長い指が頬を伝う涙を拭った。
信じられないくらい優しい動きだった。
(どうして…)
涙に濡れた睫をぱちぱちと動かし、レンは二人を見た。レンの戸惑いに気付いたらしい二人は、示し合わせたように柔らかく微笑んでいる。

「君は万能でなくていいんだよ。どんな君であっても、君が君なら僕らは君を守るから」
「主よ済まぬ…我らが不甲斐無いばかりに主の顔を曇らせてしまった」
「…君ほんと遠回しに僕のこと貶すよね。まあ一緒に付いていながら何も出来なかったのは事実だから実際ちょっと久々に凹んでたりはするけど」
「ロキ…クーフーリン…」
「主よ、私はあなただからこそ主と認め、盟約の無い今もあなたに侍ることを望んだ。あちらの私がどうであるかは知らないが、今あなたの為に在る私は、あなたの為に生きている。私たちがあなたに傅く意味を履き違えないで欲しい」
「強い王で在りたいと願う君の思いは素晴らしいものだと思うけれど、たまには弱いところも見たいよ。だから、」

泣いていいよ。怖いならそう言えばいい。その心は必ず、自分たちが守るから。
なんて言葉だろう。なんて優しい言葉だろう。
言葉にならないまま二人に抱きつく。そしてやはり、彼らを自分は守りたいのだ、とレンは思った。

 

「蓮!」
「主よ!!」
「…え?」

クーフーリンとロキに抱きついていると、そのうちに城の中からレミエルとオーディンが走ってくるのが見えた。
必ずしも魔方陣から魔方陣へ出る訳ではないのか、レンたちはよくお茶会に使うテラスに飛ばされていた、らしい。
先ほどまでそんな余裕もなかった自分を苦く思ったが、慌てた様子でやってきたレミエルたちに因ってそれどころではなくなってしまった。
レンの元へやってきた彼らはレンを見つけるや否や二人から引き剥がしレンを抱きしめる。

「やっと戻られたのですね…!ああこの何時間か生きた心地がしませんでした…!!」
「我らが必死で鏡から生まれた魔方陣に魔力を送り続けたのだぞ!怪我はないな!?無事なら無事と早く城へ戻って来い!!クーフーリンは何をやっていたのだ!!」
「え、あ、ごめん…」

話を詳しく聞くと、クーフーリンがあちらに来られたのはレンが喚んだからだけでなく、レミエルとオーディンが世界間の干渉が途絶えないように魔力を送り続けたかららしい。そしてレンの喚び声が引き金となってクーフーリンだけがあちらへ飛べたのだと言う。
行けるものなら自分たちも行っていたのに、と悔しさを滲ませる彼らの表情には疲労の色が濃い。

「ごめん、ほんとに…ありがとう」

時間にして数時間、ほんの短い間だが、魔王の気配の無い魔界は一時騒然とした。
レンの世界の悪魔はすべてレンの気配を感じ取ることが出来る。その為数多の悪魔が魔界を探し回り、人間界にまで探しに行った者もいたほどだ。
結局索敵に長けたレミエルがレンの部屋の僅かな世界の歪みに気付き、その後はレンの帰りを一日千秋の思いで待っていたのだ。
だからこそ奪い取るようにしてレンをクーフーリンたちから引き剥がしたレミエルとオーディンは普段ならばあまりそういうことはしないのに、まるで縋るように抱きしめている。
彼らのその様子に戸惑いながらもレンは思う。ああ、自分はこんなにも大切にされていたのだと。自分なんかを、こんなにも大切に思ってくれる優しい仲間。仲が悪いはずのクーフーリンとロキも顔を見合わせて苦笑を交わしている。レミエルとオーディンだってそう仲が良いとは言えないのに、それでも一様にほっと息をついていた。
どれほど仲魔同士の仲が悪くともレンの為ならば団結する。それがレンの魔界だ。
そしてそんな魔界を統べる王として、もっとしっかりしたい。

「ありがと…みんな…」

それからもう一度、心の中で魔界全土の悪魔に届くように呟く。
自分は大丈夫だよ。心配かけてごめんね。ありがとう。
しばらくして心底ほっとしたらしい仲魔たちが返事を返し、中にはレンのいるテラスまでやってくる仲魔もいた。

「王よ…!無事で何よりです!」
「何やってたの王!心配したんだから!!」

次々と抱きついてくる悪魔をそれぞれに抱きしめて返しながらレンはようやく肩の力を抜いた。あれほど身に巣食っていた恐怖の代わりに今はあたたかく柔らかいものが胸を満たしている。
平行世界間の行き来が可能と知ったシイナはもしかしたらこちらへやってくるかもしれない。あの調子では敵意をもってやってくることも視野に入れなければならないだろう。考えなければいけないことも、やらなければならないことも山積だけれど、とにかく今は少し疲れた。少しくらいなら彼らからの愛や優しさを甘受したっていいだろう。
自分に対する甘えを嫌がるレンは、久しぶりに少しだけそう願った。
ほんの少しの休息が、予想通り僅かの時間で終わってしまうことをどこかで感じながら。

            

「へえ、あっちじゃ随分大事にされてんだね、まるでお姫様か何かみたい。気持ち悪…」

魔方陣に手を置きながらシイナが呟く。
鏡から変化した魔方陣は魔力を込めながら手を置くと今まで通りあちらの世界を映し出した。

「俺は大事に守られるお姫様なんかより王様がいいな。ううん、王よりもっと…もっとずっと上の存在になってやる。そうしたらナオ兄と俺だけの世界を作るんだ。素敵だと思わない?アツロウ」
「…そうだな」
「あ、大丈夫だよ、アツロウもそこにいていいから。アツロウは俺の大切な友達だからね」

どこまで本当かも読めない笑顔でシイナは笑い、アツロウの手を取って魔方陣の中に立った。
(あちらの魔界へ)
(アツロウと共にあちらへ!)
シイナとアツロウを見守るナオヤに極上の笑みを送り、ナオヤもそれに返す。
そうだ、こうでなければいけない。これが自分とナオヤの正しい姿だ。

「いってきます、ナオ兄」
「ああ、行って来い。何かあれば呼べ。俺でもこれくらいは扱えるはずだ」
「そっか、でも大丈夫!俺強いから!ありがとね、ナオ兄」

オーロラのような光に包まれて、まるで遠足に行く子供のような笑みと共にシイナは消えた。
その先に待ち受けているレンの世界がどんなものか、今のシイナはまだ鏡を通した映像でしか知らない。
けれどレンを舐めてかかっているシイナは、所詮大した世界ではないだろうと思っていた。
ぬるま湯に浸かった魔界で、レンが自分の中のもう一つの可能性としても納得がいかないような弱い存在ならば、あちらの魔界ごと壊すつもりで。

            

                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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