あちらとこちら
シイナとレン。両者はまったくの正反対なようで似通っている。
言葉や態度で自らを守り、強大なる力を我が物とし、誇示し、純然たる想いを持ち、けれど自分でも気付かないほどの奥底に弱さを隠し持つシイナ。それに気付く者は少ない。
大いなる闇に怯え、惑い、震える指先で祈るように力を奮い、けれど凛と背筋を伸ばし、綺麗過ぎる理想の為に前を向く強さを持つレン。それを知らぬ者はいない。
彼らは強く。彼らは弱く。ただ、何かを愛していた。
そしてまた、圧倒的な力と強固な意志と純粋なる想いを持つという共通点があった。
シイナはそれを決して認めなかっただろうし、レンも未だそれに気付いてはいなかったが。

「…深い海の底みたいな暗い闇色をして、…正直すごく怖かった。なんて言うんだろ、ありったけの憎悪を向けられてるみたいな感じだった」
「ほう」
「すごくきれいなのに、ううん、きれいだからかな…余計に怖くてたまらなかった。同じようなパーツなのに、オレとは別人みたい」
「そうか」

ぽつりぽつりと言葉を選ぶようにしてレンが告げたのは異世界の魔王、シイナのことだ。
美しく、怖ろしく、底知れぬ闇を彼の中に見た。魔というのはああいうものを言うのだろう。
けれど、魔と呼べるかどうかはともかく、あの瞳には見覚えがあった。相対している時には気付かなかったが、あれはよく見知った瞳だった。
レンの話に相槌を打ちながらどこか面白そうに目を細めている、自分に魔王になれと言ったナオヤの瞳に、シイナのそれはよく似ていた。
ア・ベルを追い求めて、レンにア・ベルを重ね合わせて、レンを魔王にさせて、神を打ち倒す以外のことに目を向けなかった頃の彼によく似ていた。
(ああ、あれは、昔のナオヤみたいな目だった)
そう思うと、シイナに対して抱いていた恐怖がほんの少しではあったが薄らいだ気がした。

無事に自分の世界へ帰還したレンは今後の対策を講じるべく話し合いの場を設けた。
普段は魔王軍幹部のみで行われるその場には珍しくクーフーリンやロキ、異界への行き来や鏡の事情を知る者が集められている。主に言葉を発しているのはレンとナオヤだけだったが。
レンが話し終え一つ溜息を零すと、しばらくの間相槌ばかりを繰り返していたナオヤが口を開いた。

「状況を整理しよう。ロキが持ち出した鏡には魔力を対価にして別世界を見せることが出来るものだった」
「うん」
「そしてその鏡は蓮の魔力と、おそらくはあちら側の魔王の」
「シイナくん、だよ。ナオヤ」
「名前などどうでもいい。とにかくそいつの魔力を吸い取りすぎた為に鏡の器から力が飽和し、次元の壁を曖昧にした。結果、ベルの王の意思によって平行世界への行き来が可能となった…という訳だな?」
「んと、別にそれはいいんだけど」

そう。ナオヤの言うようなことは実際どうだっていい。
問題は彼らが自分たちを良く思っていないことなのだ。
下手に干渉しあえば何が起こるかわからないだけでなく、あちらの魔王はことのほかロキを敵視していたし、ナオヤが世界のすべてのような考え方をしていた。レンのことも、理由はよくわからないが余りよく思っていないようだった。
もしもシイナが、この世界があちらのナオヤにとって邪魔になると感じたら。レンにはあちらに害をなす気などちっともないのだけれど、もしもそうと誤解をされていたら。
いや、もっと単純に、もしかしたら、レンやレンの世界、レンの手の者が気に食わないだけでも彼は。
いや、わからない。レンの考えは全て憶測の域を出ないものだ。シイナという存在をレンは余りに知らなさ過ぎた。
ただ、あの時、完全に見下されたと思った。天使をたくさん殺せているかという問いに咄嗟に答えられなかったレンを、彼は弱者を嘲るような瞳で見ていた。
天使は確かに敵だ。自分で何も考えることをしないただの神の駒だ。けれど、そうでない者もいる。
自分の足で立ち全てを見極められる意思を持ち、レンの思想に賛同した者は堕天という大罪を犯しても魔界へやってきたし、実際現在の魔王軍には元天使という肩書きの者も多い。彼らさえもシイナにとっては敵と見えるのだろうか。
ナオヤでさえ、レンが彼らを引き入れる際に何も言わなかった。創世神と違い、天使や悪魔を創り出すことの出来ないレンにとって戦力の向上という意味で都合がいいと思ったのかもしれない。そのことについてナオヤに言及したことはない。実際それは事実だったし、意志ある者と無意味に殺しあうことをしたくなかったレンは彼らに引き入れられる隙があればこちらにこいと誘った。
けれど、内情や過程を知らず、天使を全て敵だと思っている者から見れば異様にも見えるだろう。この魔界をシイナがもし見たとしたら彼はどんな風に見るのだろう。
ふるり、小さく身震いする。
自分は曲がりなりにもこの魔界の王だし、蹂躙も迫害も一方的な利用も許す訳にはいかない。協力関係が結べるのならそれに勝ることはない。不干渉を貫くのであっても特筆して問題視すべきことではない。
別世界を行き来出来るという非現実的な事象でさえ、今更だ、と思えてしまう。
けれどそうではない。今のままでは、守りたいと願ったものが危険に晒されてしまう可能性の方が高いのだ。あの瞳を携えたまま、彼がここへ訪れてしまったら。

「お前はどうしたいんだ」
「オレ?」
「そうだ。こうして話し合いの場を設けたとて全ての決定権はお前にある。俺はお前にああしろこうしろとは言わない」
「…そうだね」

ああ、そうだ。彼がレンに何かを願ったのは後にも先にもひとつきり。
それ以外は何も言わなかった。いつだって何も言わなかった。

「オレは―――」

    

結局、何もしないことにした。
何もしない、と言うには語弊があるかもしれない。何も出来ないのだ。
戦いに赴く理由もないし、仮説や推測だけで軍を動かすことは出来ない。要らぬ戦いを自ら引き寄せるほど愚かなことはないと思う。
そうなれば出来ることはと言えば、普段通りに各々腕を磨き守りを固めるくらいしか今のところは何もなかった。様々な事態を想定しておくことは必須事項だろうが、それ以外は普段通りだ。
尤も、この魔界で最たる力を持つのはベルの王であるレンであり、それと同等の存在であるシイナがもしも本気でこちらに攻め入ってきた場合、その守りが意味あるものになるかどうかは甚だ疑問だったが。
そもそも敵かどうかもわからないシイナより、完全に敵としてやってくる意思無き天使たちの方が確実に問題だった。いつだって彼らはこちらの事情などお構いなしで襲撃してくるのだ。

「…しかし面倒なことをしてくれたな、ロキ」

ナオヤが心底億劫そうに言う。相変わらずナオヤは自分が思い立ったこと以外にはとても面倒くさがりだ。自分が発起人の場合はむやみやたらに張り切るくせに。
いきなり矛先を向けられたロキは、え、そこでいきなり僕に振るの?とでも言いたそうに頬を掻いている。

「蓮、いっそこいつの首でも差し出して敵対の意思はないとでも言ってみるのはどうだ?」
「うーん、別にそれでもいいんだけど」
「いいんだ!?ちょ、蓮君冷たくない!?化けて出るよ!?」
「…毎晩枕元で恨み言言われても困るし、それに」
「それに?」

器用に片眉だけ上げてナオヤがレンを見る。まっすぐナオヤを見つめながらレンは言った。魔王として、魔界を治める者として、先ほどまでの様子がまるで嘘のように怖ろしく冷え切った瞳で。

「オレはこちらが下手に出る必要性を感じない。もし彼らが敵対の意思をもってこちらに来たとして、その場合話し合いで解決出来るかどうかはわからないけど、従属する気もなくて、その上それで平和的解決が望めるか確証もないのにわざわざ戦力を自ら削ってまで下手に出るなんて馬鹿なことする気はないよ。これ以上侮られるのはさすがに嫌だし」

確かに怖れた。あの正しく魔と呼べる暗い瞳を。
けれどレンとて同じ魔王であり、彼は愚かで美しい願いの為だけに魔に身を堕としたほど意志は強く、また、魔界という国を預かる者として、この魔界にどういう自分が必要とされ、どういう自分であればいいのかを知っていた。
膝を付く気などさらさらなく、けれど好戦的でもないレンは自分から戦いを仕掛けようとは思わない。レンはただ守りたいだけだ。自分が愛し、自分を愛する仲間たちを。
故に全てはシイナ次第だった。

「決して自分たちから攻撃をしかけたりはしない。けれどこの魔界を害そうというのなら戦争も辞さない」
「ほう」
「仲良くなれるならそれに越したことはないけどね」

言い終えて冷たい瞳を引っ込めると、ナオヤが喉を鳴らして満足そうに笑った。

とりあえずの方針が決まったことで幾らかの余裕が生まれたのだろうか、並べられたまま冷え切ってしまった紅茶にようやくみんなが手を付ける。
ほんのりと甘い香りに息を吐き、レンは皆を安心させるように笑った。

「そう言えばロキがね、こないだチョコレートファウンテン買ってきてくれるって言ったんだ」

一拍置いて口々に、ロキが?とか、また点数稼ぎかよ、とか様々な声が返ってくる。
レンはくすくすと笑いながら、意地悪そうに目を細めてロキを見た。視線を受けたロキは不思議そうに首を傾げている。おそらく、なぜ今その話題を出したのか、と疑問に思っているのだろう。

「だからこれが終わったらみんなでパーティーしようね。経費全部ロキ持ちで準備も全部ロキ任せで」

もしシイナたちと仲良くなれたら、彼らも一緒に。
にっこりと笑って言ってやる。そうそうロキには見せないような極上の微笑みだ。
幹部だけならともかく、魔王軍に従軍している悪魔全て、それもシイナたちの世界もひっくるめて考えれば相当な金額だし、労力を考えればそれこそ気が遠くなる。出来ればレンと二人でそれをしようとしていたロキとしてはご遠慮したい話なのだが、それを薄々感じ取った上でレンは言った。

「元はと言えばロキが持ってきた鏡が原因なんだから、それくらいしてくれるよね?」

有無を言わせない笑みで重ねて言うと、拒否権がないとわかったらしいロキは両手を挙げて、仰せのままに、と白旗を振った。

  

色とりどりの花が咲き乱れるガーデンで花に水遣りをしていたピクシーたちが顔を上げる。
手を止めてうれしそうに彼女たちは駆け寄った。

「あ!王、来てくれたのね!ねえ髪切ったの?」
「ほんとだ!まるで王が人間だった時みたいね!」

嬉しそうに周囲をふわりふわりと飛びながら笑うピクシーたちは知らなかった。
彼が、自分たちの愛する魔王とはまったく異質の存在であることに。

               

                                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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