水芙蓉
「ねぇ、レン。プロテクトの解除ってやっぱり時間かかるの?」
「うーん…ナオヤの作ったプロテクトだしねぇ…」

結局、どこへ行くか決まらず、手近なところにあったコーヒーショップに入り、2人ともキャラメルマキアートを飲みながらケーキを食べている。
ストローを口に含んだまま、うーん、と首を傾げると、ユズも少し困ったように首を傾げた。

「ナオヤさんってすごい人なんだよね?アツロウなんかで解除出来るのかな?」

この場にアツロウがいたら怒り出しそうな台詞を吐くユズは、アツロウのすごさを理解していない。ある程度の知識しかないレンでも、ナオヤのすごさはわかるし、そのナオヤの一番弟子を自称するアツロウの腕だって充分すごいのだと知っている。
思わず、アツロウはすごいんだよ?と訴えると、レンは優しいね、と返ってきた。庇った訳ではなく事実を言ったまでだし、なんとなく、アツロウが馬鹿にされているようなのは、たとえユズ相手でも嫌だ。いや、ユズ相手だからこそかもしれない。
まあ、間近に見なければまったくもって理解不能だというのも理解できるけれど、出来れば仲良くして欲しいとレンは思う。
ユズは時々、アツロウを軽視するような言い方をするし、ナオヤに対して有効な手札もないのに食って掛かることがある。特別仲が悪いようには見えないのだけれど、女の子というものは複雑らしい。

半分ほど食べたケーキをフォークでつんつんと突付きながらぼんやりと外を眺める。
プロテクトを解除するのにかかる時間は一体どれくらいだろう。
レンたちに渡したということは、ナオヤは自分たちにあのCOMPの中身を見せたいのだろう。ということは、本気でプロテクトをかけている訳ではないということだ。さすがにアツロウがどれほど有能であっても、ナオヤの本気にはやはり到底敵わない。見られたくないものには有り得ないほど厳重にロックをかけるし、そもそも中身を見られたくないものを人に渡すことなどしないはずだ。
であるなら、アツロウであれば30分から1時間程度でどうにか出来るだろう。

「多分、1時間以内には出来るんじゃない?」
「えっ、…そんな早く出来るの?私、映画観る時間くらいは余裕でかかると思ってた…」
「言ったでしょ?アツロウはすごいんだよ」

にっこりと微笑んで見せるけれど、ユズの顔はどこか浮かない表情をしている。

「ユズ、映画観たかったの?」

レンが訊ねるとユズは慌てたように笑顔を作ってケーキを口に含んだ。
それに倣うようにレンもケーキを食べる。フォークを咥えたところでユズが、ちょっとね、とどこか淋しそうに笑った。

「最近、レンと2人なんてなかったから、さ」
「そう、…だっけ?」
「うん、いつもアツロウが一緒だし、だから…」
「ユズ?」
「あははっ!私、何言ってるんだろ!あ、ねぇ、ケーキ食べたらさ、表参道行かない?」
「う、うん」

一瞬ユズは淋しそうな表情が嘘のようにケーキを頬張って幸せそうな顔をしていたので、レンはユズの様子が少しおかしいように思いながらも、それ以上何も言えなかった。

   

コーヒーショップで30分ほど時間を潰し、ユズの提案で表参道へやってきた。他愛ない会話をしながら歩道を歩く。
ふと会話が途切れた時、ユズは急に不安そうな顔をして、今何時?と聞いた。

「え?えっと…16時30分ちょっと過ぎたとこだよ」
「そ、そっか…」
「どうしたの?」
「うん…なんか表参道ってさ、青山に近いイメージがあるなぁ、とか考えてたら…その、COMPにあったメール思い出しちゃって」

COMPにあった、奇妙なメール。
確か16時頃に青山のアパートで男性が死亡、とあった。それも、肉食獣に喰い荒らされたという通常では有り得ないような死因で。
ユズが不安そうに言う意味を悟り、どうにか安心させようと口を開いたレンを遮ったのはパトカーのサイレンだった。
数台のパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら目の前の道を走り抜けていく。
まさか、と思ったのは互いに同じだったらしく、レンとユズは顔を見合わせる。

「パトカーが行ったのって、青山の方角…だよね…?」
「う、うん…」
「あ、あはは!そんな訳ないよね!だってあれ、ナオヤさんのイタズラでしょ…?」

焦るように言葉を紡ぐユズとは反対に、レンは言葉を失ったように立ち尽くす。
青山はナオヤの住む地でもある。まさかそんなはずはないと思って頭を振っても、後から後から嫌な想像が脳裏を埋め尽くしていく。
よほど青ざめた表情をしていたのだろうか、ユズが気遣い気味に訊ねてくる。

「レン、レン、大丈夫?」
「あ、…ど、どうしよう、大丈夫だよね?ナオヤ、大丈夫だよね?」
「…だ、大丈夫だよ。だって、そんなの…。ね、ねぇ、行こうよ。怖いけど、きっと大丈夫だから。行ってみよう、レン」

今しがた通っていったパトカーの行き先が青山であることも、それがメールにあった事件と結びつくことも、メールにあった被害者がナオヤであることも、ひどく低い確率であることはわかっていたけれど、震えは止まらなかった。嫌な胸騒ぎがする。
ユズの言葉にこくりと頷くと、レンは先ほどパトカーが通っていった方向に向かって走った。

      

見慣れた道を通り辿り着いた先は、間違いなくナオヤが暮らしているアパートだった。
現場には立ち入り禁止のテープが張られ物々しい空気に包まれていたし、それを遠巻きに見守る野次馬の数はひどいことになっていた。
辺りを見渡しながら息を整えていると、人ごみの中からレンの元へと近づく一つの影が見える。
レンはそれを認識した次の瞬間、その人影に向かって走り寄っていた。

「ナオヤ!」

勢い余って抱きついて、ようやく思い出したように息を整える。抱きつかれたナオヤは驚いたようにしながらもレンを抱きしめ返し、落ち着かせるように頭を撫でた。

「無事でよかったぁ…」

ほっと息を吐く。レンの様子に状況を理解したナオヤは、なるほど、と得心がいったように頷いたが、ナオヤの態度にユズは苛立ったように声を荒げた。

「なるほど、じゃないですよ!もう、どれだけレンが心配したか…っ!大体、あのメールとか一体何なんですか!?ナオヤさんがあんな変なもの読ませるから、レン不安になっちゃったんですよ!」
「…蓮、そうなのか?」

不意に顔を覗き込まれ、取り繕うことなくレンは頷いた。そっとナオヤから距離を取り、彼の顔を見上げる。いつ見ても感情の読めないこの従兄の瞳は、けれど今は少しうれしそうな色を宿していた。

「…心配、した」
「そうか」
「心配しない方がよかったの?」
「いや…そうではない。すまなかったな。怖がらせるつもりはなかった」

距離を取っても尚、ナオヤはレンの頭を撫で続けながら、口調だけは淡々と声を発していく。

「…喰われた男はお前たちと同じ高校生だ。俺の隣に住んでいたから、蓮は見たことがあるかもしれないな」

何度となくナオヤの家には遊びに来ている。さて、どの人だろう、と考えたところで、ナオヤの発した言葉の1つにレンは動きを止めた。
ユズも気づいたのか、顔色が変わっている。

「喰われたって…え、嘘…!?じゃあ、あのメールに書かれてたことが本当に起こったって言うんですか!?」
「そうだ」
「え、だってあのメールが来たのは事件が起こる前で、…あれ!?え、どういうこと…!?」

助けを求めるようにユズがこちらに視線を送る。
レンは先ほど疑問に思ったままを口にした。

「未来を、…予知、してるの?」

躊躇いながらも上目でナオヤに視線を合わせながら訊ねる。
普通であればそんな疑問を持つことさえおかしい。ナオヤ以外の人間にこれを言えば笑われるか呆れられるかのどちらかだろう。現にユズも驚いたように目を見開いている。
けれど、いつだってナオヤはレンのことを笑わない。どんなにくだらない質問でも疑問でも見当違いな答えでもちゃんと読み解いて、間違っていれば正し、正しければ褒めてくれた。
それでもこれほど突拍子もないことを言うのは子供の頃以来でレンは不安になる。
レンの不安に気づいているのかいないのか、ナオヤはそっと笑みを浮かべ、グッド、と小さく言った。

「…大したものだ。お前の意外性には本当に驚かされるよ。普通ならば、俺がメールを送りつけ、そして実際の事件を起こしていると考えられてしまうだろう。さすがは俺の従兄だ、蓮」

レンの長く伸びた前髪を耳にかけて全体を整えるようにしながらナオヤは続ける。

「お前たちがここに来た理由はわかった。だが、俺たちのこの出会いは、アノマリー…、不規則や変則、本来は有り得ない出会いだ。蓮、すぐにアツロウのところへ戻れ。もうすぐ始まってしまう」
「始まる…?ナオヤ、何が始まるの?」
「ナオヤさん!」

ナオヤはレンの髪に触れていた手を離し、背を向ける。
これ以上質問に答える気はないのだと経験上察し、レンは息を吐いた。

「もう時間がない。2人共よく聞け。これから起こることから目をそらすな。怖れずに立ち向かえ。蓮、お前なら出来るはずだ。その時こそ真実の扉は開かれる…」
「真実の、扉…」

今朝見た夢を思い出す。奇妙な夢。曇りなき眼で真実を見よと言った厳格な声。レンを水芙蓉の名を持つ者と呼んだ誰だかの言葉と今のナオヤの言葉が被る。
ぱちぱちと瞬きし、去っていくナオヤの背をただ見つめることしかレンには出来なかった。

「行っちゃった…。何か様子が変だったよね?どうしたんだろう…」
「わかんない…けど、ナオヤの言うことは必ず何か意味があるんだ。だから…」

言いかけたところでヒップポケットに放り込んでおいた携帯が軽快な音を出した。
取り出して見るとアツロウからの着信。ユズに断りを入れて電話に出る。

「アツロウ?どうしたの?もう解けた?」
『んー、解き方はわかったんだけどさ、オマエたちのCOMPも必要なんだ。詳しいことは後で話すからこっち来てくれないか?』
「わかった、どこにいるの?」
『ああ…、』

アツロウの居場所を聞いて電話を切る。
渋谷の電気博物館にいるアツロウと合流しようとユズに言うと、ちらりとナオヤの去った方に視線をやってから、こくりと頷いた。

  

渋谷駅から山手線沿いの北、宮下公園の傍にある高架の西側にある電気博物館までレンとユズはやってきた。
きょろきょろと辺りを伺っていると、待ちかねたようにアツロウが駆け寄ってくる。

「よう、遅かったじゃないか。どこまで遊びに行ってたんだ?」
「遊びにっていうか…ナオヤのアパートに行ってた」
「へ?ナオヤさんに会ったの?何だよ、それならオレも呼んでくれよな〜!」
「あ、ごめん…」

レンが謝るとアツロウは不思議そうな顔をした。
青山での事件や事件の内容がCOMPに送られてきていたメールと同じだったこと。ナオヤの言っていた言葉を伝えると、アツロウの眉が困ったように下がっていく。

「いくらなんでも、有り得ないだろ…、そんなの…」
「でもナオヤが」
「わかってるよ。ナオヤさんはイタズラするような人間じゃないってのは。でもそうするとCOMPのメールがマジに未来を予知してるってことになる。それは…不可能に近い」
「ナオヤでも…?」
「そう言われるとなぁ…」
「ねぇアツロウ、だって私たち見てきたんだよ!?人が殺されて…警察だって来てたんだから!あれがイタズラとか、さすがに思えないよ…」

目を伏せてユズが言う。イタズラで片付けるには不可解な点が多いことくらい、アツロウにだってわかっているのだろう。うーん、と唸るように首を捻って溜息を吐いていた。
それに、他の事件だって起こるかもしれない、と重ねてアツロウに訴える。
何かが動き始めていることに、レンは気づいていた。

「他の事件…って、あー、爆発とか停電とかも書いてあったな。確かにあのメールが本当に未来を予知していうならその2つの事件も起きるはずだ」
「そう。でも、まだメールに書かれていた時刻じゃない」
「でも今はまだそんな様子全然ないぜ?」
「起こり得る可能性は多分にあるけどね」
「ははっ!オマエ、たまにナオヤさんみてぇ!」

笑うアツロウにレンは頬を膨らませた。
(ナオヤは嘘をつかない。絶対何か起こる…)
このままではレンが拗ねてしまうとでも思ったのか、アツロウは笑いを引っ込めて、COMPの中身を見れば全部わかるからさ、と話を戻しながらレンの肩を叩いた。

「解き方わかったの?」
「おう、もちろん!ていうか、まんまと騙されたって感じ。ナオヤさんはオレが1人で解析作業するってわかってたみたいだ。この3台のCOMP、常に互いを監視し合っててさ、1台じゃプロテクトが解けないようになってたんだ。えーっとユズは持ってないから知らないかもしれないけど、COMPには一定範囲にある他のCOMPを認識する機能があって…」

薀蓄を語りだすのはアツロウの悪い癖だ。ナオヤもその帰来があるのでレンは慣れているけれど、ユズは慣れていない上に元々機械関係に疎い。頭上にクエスチョンマークでも浮かんでいそうなユズの表情に、レンはぷっと吹き出した。

「アツロウ、アツロウ。ユズがはてなマークだらけになってる」
「あ、ああ、悪い…」
「…ごめん、ほんとそっち関係苦手なんだ…。とりあえず早くやっちゃおう?」
「おう!じゃあ2人共、自分のCOMPを起動してくれ!」

COMPを起動させて、解除を待つ間、ふと視線を感じてレンは顔を上げた。
道路の向こう側にナオヤらしき人影がある。
(ナオヤ?なんでこんなとこに…)
遠目からでも自分がナオヤを見間違うはずはない。けれど、アツロウのところへ戻れと言ってレンに背を向け、何かが始まると言って去っていったナオヤがなぜこんなところにいるのだろうか。
声をかけるには少しばかり遠すぎる距離にレンが悩んでいると、アツロウの弾んだ声が聞こえた。

「よし、解けた!COMPを再起動するぜ!」

コミュニケーション・プレイヤーという表示がされて、トップメニューが開かれる。
けれどすぐにプツリと画面が消え、文字が映し出された。

プロテクトの解除を確認

プログラムを起動します

…OK

アクマ・ショウカン・プログラム起動OK

アクマ・ショウカン・プログラムを起動します

辺りを妙な空間が包み、COMPから闇の塊のようなものが現れる。
その塊はやがて異形の者の姿を形作りレンたちの前に立った。

「う、嘘だろ、COMPから…か、怪物!?」
「きゃああっ、な、何よ、これ…っ!?」

異形の者はくすくすと笑いながら背伸びをする。
レンたちの戸惑いなど意にも介していないようだった。

「あ〜あ、キュウクツだったわ…!…ここが人間界?ふぅん、この人間たちが喚び出してくれたみたいね。さ、早く戦おうよ!勝ったら自由なんでしょ?」

戦う?誰が?何と?なぜ?
戸惑うレンの脳裏で、もう1人の冷静な自分が今朝見た夢とナオヤの言葉と現実とを結びつけていた。
自分たちはどうやら、とんでもないことに巻き込まれてしまったようだ、と。

「行っくよー!」

向かってくる異形の者の声はどこか楽しげで、その所為かあまり、危機意識がなかった。

              


進み遅っ!(笑)
なんだか最初の辺り主ユズっぽくなってガッカリな佐倉さんです。なのでナオヤさん出てきた辺りから必死に軌道修正。
悪魔が仲魔になるまではとりあえず本編をなぞっていこう、と思ってるので色々物足りない。次辺りからは色々いじりたいです。
てゆか早くクフとロキを出したい…!で、でもせめてベル・デル戦までは我慢…(へたり)。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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