水芙蓉
「きゃああっ!こ、こっち来ないでっ!助けてレンっ!アツロウっ!」
「ユズ!ちくしょう、今行くからな!」

驚き、恐怖に声を上げるユズ。それを庇うようにアツロウはユズの元へ向かおうとしたけれど、もう1匹の異形の者がアツロウを阻んだ。

「人間は悪魔のエサでげす!」
「うわ、何だよオマエ!」

次々と襲い掛かってくる彼らは、一様に好戦的に見えた。けれどレンたちが抵抗すると、なぜか不思議そうにする。アツロウもそれに気付いたようだった。

「なんだ…?思ったほど、痛くない…?」

そう。おかしいのだ。こちらが思っていたよりも威力がない。

「おかしいだなぁ。なんで人間のくせにこんなに硬てぇだ?」

レン同様、彼らもそれに違和感を覚えているらしい。
けれど呑気に思考をめぐらせていられたのも一瞬のことで、次の瞬間には叩き込まれた攻撃を受け止めるのに精一杯になった。

「気をつけろレン!やらなきゃやられちまう!戦うんだ!」

わかっている。そうアツロウに頷いて返し、レンは構えた。
異形の者相手でも、攻撃が効くならただのケンカと大差ない。決してレンはケンカ慣れしている訳ではないが、格闘技を習っていた経験がある。間合いを詰めて急所を狙えばいい。正中線を狙って、拳なり何なり当てればいいのだ。

「っは!」

動きがバケモノ染みて早い訳でもない。多少人間より早くて、頑丈なだけ。そう考えると、犬だか狼だかと人の合いの子のような外見をした異形の者を殴るのは気が引けた。アツロウは怪物と言ったけれど、円らな瞳は犬そのもののようでレンは可愛らしいと思う。蹴ったり殴ったりするのは動物虐待に入るのか、とも思ったけれど、このままではレンだけでなくユズやアツロウが危ない。無抵抗で殺されるのも嫌だった。
2、3度拳を叩き付けて、顎へ掬い上げるように掌底を食らわす。異形の者は思ったより簡単に膝を付いた。

「こいつら攻撃が通じる…!?…もしかして、COMPのおかげなのか…?」
「…呼ビ出シタ人間、勝ッタラ、オレの主人ニナル約束。コレ、契約ッテ言ウ。オレ知ッテる。オレノ名前、闘鬼コボルト。今度トモヨロシク…」
「どういう、こと?」

レンの問いに答えることなく、コボルトは姿を消した。
代わりにアツロウの弾んだ声が聞こえる。

「やった!勝てる…オレたち勝てるぞ!し、死んでたまるかよっ!」

怯えるユズを庇いながら戦い、異形の者は敗北を認識すると、己の名を告げて消えていった。
負けたら服従しなければならない。契約は絶対のもの。コボルトだけでなく、カブソもピクシーも同じようなことを言っていた。
(…何のことだろう)
とりあえず生命の危機は去ったらしい。安堵したようにユズが息を吐いた。

「…生きてる。私たち、生きてる…!怖かったああ!!」

安堵の次は混乱がユズを襲ったらしい。続けざま、問い詰めるようにユズはアツロウの肩を揺さぶった。

「アレは何?ねえ、何なの!?アツロウ、一体何をしたのよ!?」
「オレだって知らねぇよ!プロテクトを解いただけだ!プログラムが勝手に起動したんだよ!」
「…落ち着いてよ、2人とも」

混乱は混乱を呼ぶ。ありふれた日常に突如やってきた非日常はやはり受け入れがたいものらしい。
やけに冷静なのは今朝の夢の所為か、ナオヤの教育の賜物か。とにかく慌てたように言葉を紡ぐ2人よりずっと、レンは冷静だった。

「ごめん…。ねえ、今のあれってやっぱりCOMPの所為なのかな?」

問いかけてくるユズはそれを否定して欲しいらしかった。ありえない、とどちらかと言えば現実主義のユズは呟く。けれどそれを否定出来る材料はレンもアツロウも持っていない。

「そうだ、警察!ねえ、これ警察に届けようよ!こんなの危なくて持ってられないよ!」
「待ってよユズ、…ちゃんと、調べよう?」
「調べるって…、これ以上何を調べるって言うの!?」
「落ち着けよソデコ、レンに言われたばっかだろ。それにオレも、レンの言う通りだと思うぜ」
「だって!またあんな怪物が出てきたら、どうするのよ!?」
「だから少し落ち着けって!パニックを起こすのはわかるよ!オレだってそうだから!」

睨み合うように視線を交差させるユズとアツロウ。必死で理性的な結論を出そうとしているアツロウは、ただ関わりたくないと願うユズに苛立っているようで、言葉が刺々しい。
見ていられなくて、一生懸命2人を止める。

「落ち着いてよ、お願いだから」
「……」
「でも…!」
「ねえユズ。今のオレたちは何も知らない。さっきの、……怪物、が出てきた理由も、オレたちがどうして戦わなきゃいけなかったのかも」

怪物、と呼ぶのは些か抵抗があったが、今の状況では仕方がない。ユズやアツロウは怪物だと言っていたし、ならばこの場はその呼称でいいはずだ。
とにかくユズを宥めることが先決だとレンは出来るだけ優しく言い聞かせた。

「COMPを持っていって、そこから怪物が出ましたなんて、警察が信じてくれるかな?警察に渡して、それで終わりかな?安全になるなんて保障、どこにもないんだよ」
「…それは…」
「ナオヤはユズに、オレたちみんなに必要だって言ったんだよね?」
「う…確かに、必要なものだ、手放すなって言ったよ…」

ユズは納得しきってはいないようだったけれど、しばらくして、諦めたように頷いた。
またCOMPから何かが出てくるのではと怯えているようで、アツロウがノートPCとCOMPを繋ぎ中身を調べ始めるとレンの影に隠れるように後ろへ下がった。
そっと振り返り、大丈夫だよ、と笑みを乗せて声をかけると、ほんの少し、ユズは落ち着いたようだった。

「…なるほどね。そういうことか…」

しばらくPCに向かっていたアツロウが呟く。
何かわかったのかと訊ねると、あまり芳しい成果があったとは思えないような声で説明を始めた。

「とりあえずわかったのは、さっきのプログラムの名称。まあ一瞬だけどCOMPに表示されてたからわかってるかもしれないけど、悪魔召喚プログラムっていうらしい」
「そんなの私気付かなかったよ」
「はは、まあ一瞬だしな。ただ…」
「プログラムで何かを呼び出せるなんて聞いたことないよね」
「そう、そこなんだよ。でもなぁ、現実に見ちまったんだからそれは信じるしかない」

一瞬アツロウは頭を抱える素振りを見せたから、自分の中の常識と現実で起こった事実との差異に頭を悩ませているのかもしれない。
事実を事実として受け止めるには非現実的すぎるということはレンもわかていた。

「…まぁいいや。もう1つ見つけた機能はハーモナイザーって名前がついてる」
「ハーモナイザー?…ハーモナイズが語源…なのかな?」
「ああ、多分。調和や調整って意味だと思うぜ」

曰く、先ほどの召喚プログラムと同じで構造、原理ともに常人の理解を超えるものではあるけれど、波長のようなものを合わせて悪魔に対し攻撃が効くようにしたり、逆に悪魔からの攻撃に同調してこちらが受けるダメージを軽減させる役割を担っているらしい。
だから武器も何も手にしていないレンたちにも彼らを退けることが出来たのだ。
COMPには悪魔召喚プログラムとそれと戦う為のハーモナイザーが入っている。プログラミングしたのはナオヤだ。それは間違いない。けれど、では、悪魔を召喚し、戦い、その後ナオヤはレンたちに何を求めているのか。
始まると言った言葉が真実なら、これはまだ序章に過ぎない。

「はは…なんか、未来の予知とか、普通にありえそうな気がしてきた…」
「…うん。ありえないなんてこと、ありえないって意味、ちょっとわかった」
「ああ…。…ん?なあ、レン、こう考えることは出来ないか?」
「どうしたの?」

こほん、と咳払いをしてアツロウは仮説を立てる。
青山の事件がもし、動物の所為ではなく、悪魔の仕業だったら、とアツロウは言った。
驚くユズを制して、起こったことを整理していく。

「もし、COMPにきてたメールが本当に未来を予知してたとする。オレたちはメールであの事件が起こるより先に事件の時間や場所を知ってた。つまり、その気になればその場に居合わせる事だって可能だったってことだ」
「そうだね」
「で、このCOMPは悪魔を喚んだり戦ったりそういうことに特化されてる。さっき悪魔が言ってたよな?今後は力を貸すって。ここから導き出されるのは何だと思う?」

アツロウが言いたいこと、というか、言ってほしいことはわかる。
ただ、それだけでは納得のいかないことが多いとレンは思った。穴ぼこだらけの推理に違和感を覚えながらもレンは返す。

「アツロウは事件に立ち向かう為のものだって思ってるんだね」
「ああ、オレはそう思う。このところ、都内で変な事件が増えてるんだ。ネットで調べりゃ馬鹿みたいな数が出てくるよ。不可解な事件なんて昔からいくらでもあるけど、このところの数はちょっと尋常じゃない」
「悪魔の仕業かもしれないってこと?」
「そう。そんで、このCOMPがあれば、その悪魔たちと戦えるとしたら…どうだ?」
「それじゃ…このCOMPはそういう事件を起こす悪魔と戦う為に作られたってこと!?」

ユズの言葉に、アツロウには悪いと思いながらもレンは首を傾げた。
COMPを作ったのがナオヤであることを考えてもそれはないと思う。不特定多数の誰かの為に時間や労力を費やすことを嫌うナオヤがそんな慈善事業的なことをするとも思えない。
それに、不可解な事件が悪魔の仕業だとしても、それと戦う為だとか、事件を事前に防ぐ為だとかに作られたようには思えなかった。

「オレの意見を言っていい?」
「ああ…」
「悪魔は存在する。これはさっき見たよね。そしてCOMPによって喚び出したり、悪魔の言葉が本当なら使役することも可能。不可解な事件の犯人が悪魔だって可能性はあると思うから、そこまではオレもアツロウと意見は同じなんだ」

だけど。

「事件を防ぐ為に悪魔と戦うこと目的にに作られたとしたら、なぜナオヤはそんなものを作る必要があった?誰かに依頼されたとしたなら、それをオレたちに渡す意味は?」
「……」
「ナオヤはこれから何かが始まるって言った。どちらかと言うとオレは、その何かから身を守る手段を身に付けろって言われてるように思うよ」

召喚し、悪魔と戦い、悪魔を使役する権利を得る。おそらくそれがナオヤの言う始まり。
そして、始まったのなら、こんなもので終わるはずがない。
レンはナオヤをよく知っている。誰かの為、と彼が言うなら、ほんの一握りの人間の為だ。そしてそれは、ひいては自分の為になる人間でしかない。

「…そうだな。…もし事件の被害者みたく自分が悪魔に襲われたらって思うとCOMPは手放せない。これがなかったら、オレたちはただの高校生だ。多少ケンカに自信があるくらいじゃ、あんなの相手に勝てる訳がない」
「ね、ねえ!…もし、もし、だよ?レンが言うように何かから身を守る為だとしても、始まるって何が始まるの?アツロウが言うように事件に立ち向かうって言っても、なんで私たちがやらなきゃいけないの?」
「ユズ…」
「やっぱり警察に届けようよ!ちゃんと話せばきっとわかってもらえるよ!」
「…渡しちまったら、もう戻ってこないんだぜ?わかってんの?ソデコ。もし事件の犯人が悪魔だったら、COMPから召喚するだけじゃなくて悪魔は存在するってことだ。そんなのと、もし出くわして、ソデコは自分の身を守れんのかよ?」
「…う……」

確固たる答えは誰も持っていなかった。ただ憶測の元、意見を言っているだけで、何1つ確かなものがない。
それを知り得るのはナオヤだけだ。
ふぅ、と1つ溜息を吐き、頭を振る。とにかくナオヤにもう1度話を聞きに行くべきだ。このままでは埒が明かない。
そう提案しようとした時、レンはユズやアツロウの頭上に表示されている数字に気付いた。

「…いち?」
「ん?レン、どうした?」
「んと、なんか、数字が見える…」

辺りを見渡して確認する。ようやく見つけた人の頭上にも数字が表示されていた。
多くの人には『7』、ユズとアツロウの頭上には『1』。それが何を示すのかはわからない。けれど、不意に今朝の夢の声がレンの脳裏に甦った。

     その瞳に映りし『数』を、恐れよ      

「数…、これの、こと?」

ではこれは、怖れなければならないものなのだろうか。
呟くレンにユズもアツロウも不思議そうな表情で顔を見合わせていたが、そんな2人にもレンは何も返せず、ただ呆然と表示された数字を見た。

数。残されし昼と夜の数と言った。昼と夜がもし1日を意味するのなら、残されし日々、その数ということになるのか。
残された、日々?ではその数が減ったその時、そこに待っているのは     

              


ああ…前回の更新から大分間があいてしまった…!
すみません、ちょっと色々すっ飛ばしてロキやらクフやらが出てきた頃合のネタを考えてた所為です(がくり)
も、もうちょっとスピードアップしたい今日この頃です…。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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