ちまちま細かいことが苦手なはずのカイドーが格闘しているのはぐし縫いだ。一番初期の簡単な縫い方とはいえ正直裁縫など今の今までやったことのないカイドーには厳しい。
それなのに何故わざわざ縫い物などしているかと言えば先日我等が魔王の言い出した「花火やりたい！」に端を発する。
花火を調達に行ったアツロウとナオヤについていこうとしたカイドーを引き止めたのは他でもないマリだ。
マリに逆らえないカイドーは大人しくマリの言うまま針と布を掴みちくちくと縫い合わせる羽目になった。
あと少し、とマリは言うが今まで仕上げた数が数だ。レンの分に、その側近（カイドーとマリの分も含む）の分。果てはレンが喜ぶだろうから、と言うだけで人型の悪魔の分まである。相当な数だ。ミシンで縫えばいいものを和裁は手縫いでなければ、というマリの強い言い分に大人しく従ったカイドーは指の先が真っ赤になっている。

「……はあ」

大きく息を吐いて手を止める。ちらりと見るマリの顔は真剣そのものだ。ここでカイドーが放り出したら何を言われるかわからない。
逃げ出したい衝動を必死で押しとどめて、カイドーはもう一度針を取った。

それから数日後。赤暗い空の下、どこから沸いて出てきたのか、と言わんばかりの数の悪魔が集っていた。
手には花火。レンたちや人型の悪魔は浴衣を着ている。
ナオヤとアツロウが必死に集めてきた花火は相当な量で、一人一人（あるいは一匹）が充分楽しめるだけの数があった。一週間近く花火集めだけの為に城を空けていたアツロウとナオヤは疲れ果てた様子だったけれど、連日徹夜で浴衣作りをしていたマリとカイドーの疲労ぶりはアツロウたちの比ではなかった。
自分の放った一言で随分無理をさせたのだとさすがにレンも気づき、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
けれど謝罪の言葉を口にしようとしたレンにアツロウたちはただ、いいんだ、と言うばかり。

「でも疲れたでしょ？」
「うん、その分遊ぶから」

浴衣の袖を引いてアツロウに訊ねてもそう言って笑う。これ以上の謝罪を拒否するように、アツロウはレンの手を引いてすでに花火を始めているマリとカイドーの元へ向かった。

「蓮君、浴衣似合ってるわ。さすが私の見立てね！」
「ありがとう、マリ先生もきれい」
「うふふ、タダシ君も蓮君くらい気の利いたこと言えばいいのに」
「あーカイドーじゃ無理だよ、マリ先生」
「うっせえぞパソコンオタク！」

パッケージによく書いてあるけして人に向けてはいけません、という文章を守る気が無いカイドーは手に持っていた花火をアツロウに向けて怒鳴る。
それに怯えるほど付き合いの浅くないアツロウは、ははは！と笑いながらそれを避けた。
それを見てマリと一緒にレンも笑う。
肩を揺らして笑っていると、背後からレンを呼ぶ声が聞こえた。

「主」
「え？」

振り返るとクーフーリンが切ったスイカをお皿に乗せて立っている。
聞けばナオヤが持っていけ、と言ったらしい。そのナオヤはと言えば隅の方でうちわを扇いでいた。
ありがたくスイカを受け取って口に含む。おいしい、と笑うと、クーフーリンも笑んだ。
スイカを頬張っているうちにアツロウたちは他の悪魔に捕まったようで、花火の遊び方を聞かれていた。花火を知らない悪魔たちは不思議そうにしながらもそれなりに楽しんでいるようでほっと胸を撫で下ろす。

「なんかさ、よかった」
「どうされた、主」
「うん、アツロウとかナオヤとか、カイドーもマリ先生とかもすっごい大変だったろうと思うんだけど、みんな楽しそうでよかったなって。無理言ったみたいだし。クーフーリンもごめんね？」
「主が喜べば皆喜ぶ。…私なら、謝罪より感謝の言葉をもらう方が嬉しい」

クーフーリンもアツロウとナオヤに連れられて花火の買出しをしてきた悪魔の一人だ。持って帰ってきた花火の量にレンも驚いたのだけれど、その大変さを思うとやはり謝らずにはいられない。
けれど、あまりに柔らかい声でそう言うので、ごめんね、の代わりに、ありがとう、と返した。

「よし、じゃあみんなにお礼言いに行こう！」
「そうされるといい。きっと皆喜ぶだろう」
「クーフーリンも一緒にきてよ」
「御意」

アツロウに、ナオヤに、カイドーに、マリに。そして彼らを手伝った悪魔たち全員にお礼を言って回る。
ありがとう、と言うと、よかった、と微笑まれた。

拍手。2009/09/16〜2009/10/7までのもの。