最強呪文
テーブルクロスが赤く染まる。陽の光などではなく、もっともっと、暗く深い闇色の赤に。
優雅に3時のティータイムをしていたテーブルは悲惨な状態になっていた。
美味しそうに焼けたスコーンもクッキーも血だらけ。粉々。以前ロキがレンの為に献上してきた、高価らしいティーセットも同じように粉々だ。
当然、のんびり紅茶を飲みながら午後のひと時を過ごしていたはずのレンの機嫌は一瞬にして最悪になった。
なぜなら、それらがすべて台無しになったのは、天使の屍骸が降って来たからだ。

「………」
「…主、大丈夫か」
「レン…?」

給仕に勤しんでいたクーフーリンと一緒にティータイムを楽しんでいたアツロウが珍しく示し合わせたように恐る恐る訊ねる。それくらい、レンの機嫌は最悪だった。
今日用意したスコーンやクッキーはアツロウと共に彼が自ら作ったものだし、紅茶はクーフーリンが用意したレンの大好きなアッサムの茶葉を使ったミルクティーだ。
それを微笑ましくも楽しく談笑しながら味わっていたというのに。

「……死ねばいいのに」
「いや、死んでるから!」

アツロウの尤もな突っ込みを軽くスルーしてレンは立ち上がる。
この屍骸が何なのかはなんとなくわかる。おそらく魔界に入り込んで厚かましくも魔王軍の偵察に来た不埒者だ。そして屍骸の額の真ん中には美しい光の矢が突き刺さっていた。この矢を使うのは、魔王軍において一人しかいない。
ティータイムを台無しにした天使の屍骸は力尽きたのか、弱弱しい光となって消えてしまった。そうなると、当たり所なんてものは限られてくる。
光の矢を放った張本人はレンが確かめに行くまでもなく天使が落ちてきた衝撃で相当な惨状を繰り広げている現場に遠慮がちに降りてきた。

「その、蓮、大丈夫でしたか?」

困ったような笑顔は清廉な天使そのもの。けれど彼はすでに堕天した身。いくらだって欺ける。

「レミエル」

ぞっとするほどの声を発したレンに思わずレミエルが身構える。彼にしてみれば魔界、ひいては魔王であるレンを脅かさんとする者を討っただけなのだ。落ちてきた場所が悪かったのは不運な事故であり彼に非はない。
それでもレンの怒りの矛先はそこにしかなく、ほとんど衝動のままに手元に魔力を集中させた。そしてそれをわかっていたアツロウとクーフーリンはそっとレンの服の袖を掴み、耳打ちをした。

「主、どうか落ち着かれよ。彼の堕天使には主がわざわざ力を使うまでもない」
「…どういうこと?」
「なーに、簡単簡単!今からオレが言うことをそのままアイツにやって見せれば最低向こう一ヶ月は凹ませられるぜ!」
「…?」

そう言ってアツロウはこと細かく指示を出す。なんとなく釈然としないものの、多少の傷を負わせたくらいでレンの気も済みそうになかったので、一ヶ月以上レミエルを凹ませることが出来るというのはなかなか魅力的に思えてレンはこくりと頷いた。
殊更ゆっくりと振り返ると、威厳ある普段の姿からは想像も出来ないほどしょぼくれたレミエルがいた。
一歩一歩と歩を進め、アツロウたちから言われた通りぎゅっとレミエルの両手を掴んだ。
ぎょっとした風なレミエルを尻目にレンは教えられたまま言葉を紡ぐ。

「スコーンとクッキー、オレが焼いたんだよ。おいしく出来たから、後でレミエルも呼ぼうと思ったのに」
「れ、蓮?」
「せっかく用意したのに…」

それからじわりと涙を浮かべる。アツロウたちに入れ知恵されただけの言葉なのに、口にしていたら感情移入してしまって、涙は簡単に滲んできた。
(えっと、次はなんだっけ……あ、そうだ)

「レミエルなんかだいっきらい…」
「……!!!」

ほんの少し心が痛んだけれど、元々それくらいの罵声を浴びせる気ではいたのでその罪悪感をレンは胸のうちに押し込んだ。
がくりと項垂れて膝を付くレミエルなんて早々見られるものではない。なんだか物珍しげに見ていると、クーフーリンが言った。

「主、ここの片付けは私が請け負おう。盾殿、すまぬが主をよろしく頼む」
「おっけー、とりあえず行こうぜ、な!?」
「う、うん」

なんとなく、唆されたとはいえ、レミエルにひどいことをしてしまったような気がしたが、アツロウがホットケーキを焼いてくれると言うのでそちらに気が行ってしまいレンの脳裏からレミエルのことは弾き出されてしまった。
テラスではまるで殺人事件現場のような惨状で(あながち間違ってはいないが)、そこには未だがくりと膝を付いたままのレミエルを尻目にクーフーリンがやけに手際よく掃除をしているというある種異様な光景が広がっていた。
そこへ毎度おなじみというか、レンへの献上品である人気店のケーキを抱えたロキがしまりのない顔でやってくる。
が、さしものロキもこの惨状とレミエルの様子に首を傾げた。

「あれ、どうした訳?これ」
「そっとしておいてやれ」
「ふうん?ま、いいけど。今日はお茶会終わっちゃった?蓮君が気にいると思ってケーキ買ってきたんだけど」
「…タイミングがいいのか悪いのか計りかねる奴だな」

顎でしゃくり、行け、とロキに示す。
かちゃりかちゃりと片づけを続行するクーフーリンのすぐ傍で、レミエルが今まで聞いたこともないほど大きな溜息を吐いていた。
魔王軍共通でレンのあの言葉はどんな魔法よりも威力を発揮することが実証された日だった。

              


拍手。2010/02/23〜2010/11/18までのもの。

レミエルだってレンが好き。

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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