新雪の君
胸騒ぎがした。
漠然と、けれど、無視できないほどの存在感で、不安が苛む。
でもどうしたらいいのかわからない。
襲い来る不安をやり過ごすには、アスカは子供過ぎた。
だから、彼女が彼を呼び出したことは、仕方のないことだった。

「ねえ加持さん」
「なんだい、アスカ」
「加持さんは、いなくなったりしないわよね?」

唐突に、けれどとても深刻そうに告げたアスカに、加持は首を傾げる。
それに対し、アスカは、だって、と呟く。

「怖いの。嫌な夢を見たのよ。すごく、すごく悪いことが起こってしまう夢」
「夢だろう?」

だから大丈夫だと言う加持の言葉も、アスカには届かない。
父親を見るような子供の目で、時に男を見る女の目で加持を見る、強く弱い光を持つ彼女の瞳は、今はとても不安定な色をして揺れている。

「夢は、現実に起こりうることを指し示すのよ」

重い言葉だった。
アスカにも、加持にも。
沈黙が流れるのを良しとせず、加持の手がアスカの頭に伸びる。
そっと撫でると、少し困ったようにアスカが笑った。

「子供扱いしないで」

彼女の口癖だ。
大人ではないけれど、もう子供ではない。
そう言って子供のように縋り、女のように距離をとる。
不確かでアンバランスな、けれどそれがこの世代の女の子の持つ一番の魅力なのだろう。
だから加持も、途方もない距離をとっておきながら、彼女が目の届く範囲にあることに安堵する。
だからアスカも、加持を追い掛け回してしまう。それが望まれないのだと知っていても。
不毛な関係だった。

「私はもう大人なの。だから私をちゃんと私個人として見て」
「まだ子供だよ」
「子供じゃない!」
「夢に怯えてるのがその証拠だ」

加持の言葉にアスカは口を噤む。
確かに加持の言う通りなのかもしれない。夢に泣くことが出来るのは子供だけだ。
そう溜息を吐くアスカに、加持は逆にそれが羨ましいのだと心の中で呟いた。
嫌な夢を、所詮夢だとやり過ごす弱さより、怖くて泣ける弱さが眩しく思う。

「…それでも、子供は嫌なの」

ときに父親のように、ときに兄のように、けれど男として加持を見ているアスカにとって、子供だから、の一言で全て済まされてしまうのは耐えられないことだ。
そしてそれをわかっているからこそ、加持がアスカを子供と突き放すのだとも知っている。
受け入れられないアスカの想いは、受け入れられない加持の心を揺り動かす。

「加持さんまでいなくなってしまうのは嫌」

「加持さんが好きなの。ほんとの、ほんとに好きなの」

「だから、私を見て」

困ったように眉を顰める加持に、アスカはそうよね、とどこか投げやりに思った。

「ミサトが好き?加持さん」

答えられない質問だ、と加持は思う。
応えられない想いに釘を刺すには、おそらく、ここで加持が肯定すればいいのだけれど。
アスカの髪を一房、手で弄びながら口を開く。

「少なくとも大人の女だな、アスカよりは」
「だから!」
「わかってる。大人だって言いたいんだろう」
「……」

きちんとした肯定もせず、曖昧に答えを濁す加持が、アスカは嫌いだった。
大好きな人だけれど、とても嫌いなところ。
そして、加持はそんな自分を狡い大人だと自嘲気味に思う。
風が吹き、その温度に身体を震わせる。
加持が弄ぶ髪のそこかしこを、本当に風に弄ばれたアスカの瞳は、とても悲しそうな色をして涙を滲ませていた。
風に浚われてしまいそうだと思い、思わず、アスカ、と名前を呼んだ。

「…わかってる。大人だって言い張ってる内は子供なのよね」
「……」
「わかってるわよ、…そんなこと」

加持がアスカの名前を呼んだのを、諌言と取ったアスカはやりきれないといった風情で溜息を零す。
諦めの混じった自嘲に伏せたアスカの瞳が、あまりにも、そう、あまりにも悲しそうだったから。
加持は彼女を少しの間だけ、と引き寄せた。
引き寄せられたアスカは、その衝撃に目を瞠る。

「加持、さん…?」

見開いた拍子に零れた涙を加持が舐め取ると、擽ったそうにアスカが身じろいだ。
視線が重なる。そっと、触れるだけの口付けを、それでもしてしまったのは、加持が大人でしか在れないから。
その様子をぼんやりと他人事のように見つめながら、それでも口付けをされたのは、アスカが本当の意味で子供では在れないから。
体温が上昇するでもない、ただの口付けは、離した途端、二人にとって先程の口付けは夢だったのでは、と思わせた。

「…子供がするようなキスね」
「子供にしたんだよ」
「私にはお似合いよね」
「本当に子供だったらしないよ」
「加持さんのいうこと、たまにわかんない」

子供のするような拙いキスを、子供のようなアスカに。
けれど幼児愛好者でもない加持は本当の子供にはそんなことをする気には到底ならない。
熱を引き出すだけのキスを与えるのは、汚い大人だけでいい。そして汚い大人の男である加持は、汚い大人の女を愛しく思うし、それが当然であると思う。
そして、そうではないアスカを、愛しく思う。まだ真白に、穢れていない彼女を愛しく思う。
その気持ちに気づかないアスカは、ただ落ち込むばかりだ。
大人になれれば、ただそれだけではいけないけれど、とにかく、大人になりたかった。
けれど、アスカの願いは時が経たねば叶えられることはない。

「アスカが本当に大人になったら、続きを教えてやるよ」

やはりと思い、次いで、嘘つき、とアスカは思った。
きっと彼はアスカを置いていってしまう。自分が大人になったときに、きっと彼は隣にいない。ひょっとしたら、誰の隣にもいないかもしれない。この世の全てのものとも隣り合わせではいないかもしれない。
そう漠然と思う。夢は、それが現実に起こりうるのだとアスカを苛んだ。

「…あたしがミサトの年になったら加持さんなんかただのオジサンよ。そのときになってようやくあたしに振り向いたってもう見てあげないんだから」

だから、殊更嫌味っぽくアスカは言葉を吐いた。
そしてその瞳が、やはり、途方もなく悲しそうだったので。

「…じゃあ、先にツバつけとこうかな」

加持は新雪に靴跡をつけることにした。
アスカは苛む夢ごと踏み荒らしてくれればいいと思った。


加持さんとアスカが好き。ただそれだけ。
加持さんをミサトにはあげたくなく、アスカをシンジにはあげたくない。微妙な乙女心(乙女って…
いいじゃないか、もう、加持アスカで(笑

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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