ただの笑い話
踏み荒らしたつもりの真白の雪は、靴跡一つ残らずに、今も変わらずあの頃のまま。

ベッドで眠るアスカを起こさないように隣の部屋へ移動して、慣れた手つきでタバコを手に取り火をつける。
幼いけれど、大人への成長過程にあったアスカの身体は、性行為になんら支障を来すこともなく加持を受け入れた。
それに対して軽い失望と暗い悦びが浮かぶ。
降り積もったばかりの新雪を踏み荒らす子供の喜びは、こんな形で加持の中に残っていた。

愛が必ずしも身体を繋げることに直結する訳ではないことも、身体を繋げることが必ずしも愛に直結する訳ではないことも加持は知っている。
欲望だけで身体を繋げられるのが大人だ。
けれどでは欲望があったのかと自問すると、その答えを加持は自分の中から引き出せずにいる。
愛しくは思っていた。けれどそれは、子供が大人に憧れを抱くのと同じように、大人になってしまった自分が、子供を微笑ましく思っているだけだと思っていた。
それなのに、アスカが大人になったときに隣にいる誰かを想像したとき、加持の脳はそれを拒否した。

短くなったタバコを最後に、と思い切り吸い込む。
口の中にぼんやりと苦味を感じて、それをゆっくりと吐き出した。
この苦味に慣れたのはいつだったか。それさえ思い出せずにいる加持には、アスカと身体を繋げた理由も曖昧なままだ。
ぎゅ、と音がするほどタバコを灰皿に押し付けて、もやがかった思考を振り払うようにもう一本タバコを取り出した。
火をつけるか否か逡巡して、結局火をつけずに口にくわえたまま天井を仰いだ。
ぎし、と古くなった椅子がそれに悲鳴を上げる。
そう言えばアスカは、悲鳴一つあげなかった。押し殺すような歓喜の声は零しても、決して嫌だとも怖いとも言わなかった。
それに対し、加持は初めてではないのかもしれないと思ったが、それはただの邪推だろう。
彼女はきっと、否定の言葉を紡ぐことを良しとしなかったのだ。
それが彼女の愛情の深さと言うのなら、なんて。

「…加持さん、何してるの?」
「っ!」

急にかけられた声に驚いて姿勢を元に戻すと、そこにはアスカが立っていた。
普段の、強く弱い光を持って、彼女は加持を見ていた。
ただ露にされた肌だけが、普段と違う。
自分が剥いだ。そう。加持が剥いだ。衣服を剥ぎ、肌に触れ、真白の雪を踏み荒らした。
そのはずなのに。

「私、帰った方がいい?」

いつものように彼女は尋ねるのだ。
加持がアスカと距離をとろうとしたとき、彼女はすぐにそれに気づく。そして、今も距離を測りかねた加持に、アスカは尋ねるのだ。
身体を初めて割り開かれた後だというのに。

「泊まっていけばいいさ。…ミサトには連絡入れとく」
「…いいの…?」

大人の女は尋ねたりしない。そこにいるのが当然のように居座るか、さっさと帰ってしまう。子供でも大人でもない彼女は、だからこそ普段と変わらないのか。
一度踏み荒らしたくらいでは、穢れることはないとでも言うのか。
靴跡一つ、残らないのか。
それが妙に腹立たしく、それと矛盾して安堵している自分もいた。

「ごめんなさい、加持さん」

謝るなら、自分の方だと苦笑を浮かべる。
乱れた髪を撫で梳かしてやりながら、ああきっと怖かっただろうに、と。
噛み締めていた所為で赤くなっている唇を見ると、肩に爪を立てさせてやればよかったと後悔が募る。
けれどそれは、アスカと身体を繋いだことに対してではなく、いくらでも優しくしてやれた、いくらでも痛みを和らげてやれたという後悔だ。
痛みを与えても、快楽を与えても、彼女は彼女のままであることを願っていた。推し量っていたのだ、彼女の想いを。
そこまで考えてハッとする。

「…加持さん?」

次いで思わず乾いた笑いが口から零れた。
最低だ、と一人ごちる。
自嘲を浮かべる加持に、アスカは困ったように眉を顰めた。
それに気づきながら、それでもアスカに答えるつもりのない加持は、誤魔化すように、

「腹減ってないか?何が食べたい?」

と言った。
その様子にどこか釈然としない表情を浮かべて、アスカはパスタが食べたいと返す。
誤魔化されてくれたことに安堵しながら、そうか、と笑って背を向けた。

「…大人ね」

パスタと鍋を探してしゃがみこんだ加持の背中にかけられたその言葉に、一瞬動きを止める。
けれどそれを知られないように、すぐに動きを再開した。
背を向けている加持は、アスカの表情は見えない。そして、アスカにも、加持の表情は見えなかった。
だから、二人とも、お互いの表情を辿って気持ちを探ることが出来ない。
けれどそれでいいと思う。

新雪を踏み荒らした気で、自分の靴跡で汚した気で、喜んでいる大人を、彼女は知らないままでいい。
踏み荒らされて尚、新雪の無垢さを宿し、けれど本当は怯えていた彼女を、男も知らないままでいい。

だって、そこに愛情があったなんていったらもう、ただの笑い話。

 


そこ=加持さん中。
笑い話じゃすまねえよ、と尤もらしく突っ込んでみる。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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