家に帰ると、玄関まで出迎えたシンジがちょっと困ったような笑顔を浮かべた。
不思議に思って視線を辿ると、手を繋いだままだということに気づく。それに気づいて離そうとするけれど、カヲルの手は離れない。
表情を伺えば、なんで外そうとするんだい?とでも言いたそうな顔。はあ、と大きなため息をついた。「ただいま、ご飯何?」
「ハンバーグだよ。いらっしゃい、カヲルくん」
「お邪魔させてもらうよ」
テーブルの上に並んだたくさんのおかず。シンジはハンバーグ、と言っただけだけれど、ポテトサラダにコーンスープ、タルタルソースの乗ったエビフライにパスタ、となんだかやけにメニューが豪勢だ。それもアスカの好きなメニューばかり。
カヲルが家に来たからか、とアスカは口には出さずに納得した。返事もせずに帰ったアスカの機嫌を取ろうとシンジが作ったことにアスカは気づかない。
けれどそれを知っているカヲルは二人を見比べて薄く笑った。
「ご飯よそってくれる?」
「オーケー。って海老ピラフ?」
「そう。炊飯器で作れるんだよ」
「へえ」
何の特技もなさそうな、と言っては悪いのかもしれないが、とにかく平凡を絵に描いたようなシンジは実は意外と器用でこの家の家事はすべて彼が取り仕切っていると言っても過言ではない。料理に関してだけは、アスカもシンジのことを素直に認めることが出来た。
おいしそうな匂いのするピラフをお皿に盛って、食卓の準備が整う。
カヲルがいるだけだというのに、いつもとは違う食卓の雰囲気がした。それは決して悪い意味ではない。
ネルフでは出来なかった談笑を交わし、食事を終える。
片付けくらい手伝ってあげるわ、と言い方は不器用ながらも手伝いを申し出て、アスカは皿を洗い出した。
シンジがテーブルを拭いている。カヲルはというと、一応客人だと言うのにアスカの隣にたって洗った皿を拭いていた。
「…何やってんの」
「皿を拭いてる」
「あ、そ」
一応客なんだから、別にテーブルに腰掛けて待ってればいいのに、と心の中で呟いた。
アスカの心は、安定していたのだと思う。
少なくともこの時は。
けれど、忍び寄ってくる何かは、確実にアスカの心を蝕んでいた。
アスカのあずかり知らないところで。
それに気づいていたのはカヲルだけ。
それは彼が、人ではないからこそ気づけた変化。
ひょっとしたら、使徒であるカヲルが近づいた所為での悪影響。
壊れ物のようなチルドレンたちでも、ひときわ壊れやすそうだと思った。けれど目的と関わりのない少女に、何故近づいたのかはカヲルもわからない。
「星、見えないね」
片づけを終えたアスカに、カヲルが声をかける。
何が?と振り返ったアスカの手を、カヲルが掴んだ。
シンジはお風呂のお湯を溜めに行っている。部屋には二人だけだ。
「な、何すんのよ」
「ねえアスカ。もしこの世が本当はただの暗闇で、空に浮かぶ月も星もただの電球で、人と思っているものすらただの人形だったら、君はどうする?」
カヲルの問いに、アスカは少し困ったようにして、それから、
「どうもしないわ。だって、所詮全部まやかしじゃない。今だって」
と、どこか冷めたように言った。
少しの動揺はあったけれど、それはアスカの本心で、諦めで、それこそが彼女の中の闇に直結する問題だった。
「じゃあもし僕が、人でなかったら、君はどうする?アスカ」
「は?」
思っても見なかったカヲルの問いにアスカは目を見張る。シンジはまだ戻ってこない。
人でなかったら?ではなんだと言うのか。
「そうだな…もし、僕が君たちが戦うべき使徒だった、とかなら、君はどうする?」
「使徒…」
「戦う?殺す?」
「…そんなの、」
その先に続く言葉を、アスカは持っていなかった。少なくとも今その時は。
そしてそれを助けるように、風呂場から戻ってきたシンジが声をかける。
「あれ、二人とも何やってるの?」
「ああ、星が見えないねって話。大したことじゃないよ」
カヲルは相変わらずの笑みを浮かべてシンジに答える。
アスカだけが取り残されたように顔を強張らせていた。
パチエヴァ5が元なので、アニメやら漫画やらの設定結構無視ってます。
だから弐号機のパイロットとしてカヲルくんが来てないのでアスカもそんなに敵意剥き出しじゃない。
…ちなみにまだまだ続きます。
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