if...
手を繋いだ。窓から空を見た。ふと互いを見た。
不思議と笑うことが出来た。

カヲルは今、アスカの部屋にいる。
ミサトがいたなら、苦い顔の一つでもするか、男連れ込むなんてやるわね、とからかいの言葉をかけられたかもしれないけれど、今この家にはシンジとアスカとカヲルしかいない。
病院に運ばれたアスカを連れて帰ってきたのもカヲルで、アスカについているとシンジに言ったのもカヲルだ。
アスカは、一応年頃の男女なんですけど、とも思ったけれど、実際シンジと二人きりの時だって多い。今更だ、とどこかぼんやりとそのやり取りを見ていた。
カヲルが着ているおろしたてのパジャマもシンジのものだ。
買い置きしておいたそのパジャマを渡すだけ渡して、そのシンジは別室ですでに休んでいる。カヲルとアスカが同じ部屋で寝ていても気にならないらしい。これがヒカリやマヤだったら眉を顰めて怒るだろうに。

薄いタオルケットをかけ、横になる。
小さな子がするように手を繋いで、空を見た。
星の見えなかったあの日と同じように、空は薄曇でやはり星の瞬きは見つけられない。
けれど空は明るい。それは月の光だけではなく、人口の光の所為でもある。
ただ、音だけがなく、僅かな衣擦れの音や、呼吸をするだけの音をも拾うほどだった。

「…昼間は鬱陶しいくらいうるさいのに、夜は静かね」
「僕は静かな方が好きだよ」
「あんたは夜の方が似合う」
「それは褒め言葉かい?」
「さあ?」

ぎゅ、と手を握りこまれる。
瞬きだけで返すと、見たこともないような優しい顔をしてカヲルが言った。

「もう少しこっちへおいでよ」

言うが早いか、カヲルの手が伸びる。繋いだ手はそのままだと言うのに器用な奴、とどこか見当違いなことを思いながら引き寄せられるままに抱きしめられた。
それを不快に思わない自分に多少の動揺と、やはり、という納得をする。
腕枕をされて眠るということは片手で足りる数しかアスカの記憶にはない。もちろん、カヲルの方も人に、誰かに、こんな風に触れるということは初めてのことだ。それをアスカは知らないが。とにかくアスカはなんだか物珍しい気持ちと、よくわからない安堵感に目を閉じた。

生き物の鼓動がする、とアスカが呟いた。
この時、アスカは無意識にカヲルを人と呼ばなかった。
まだ知らないはずの事実を、どこかで感じていたのかもしれない。
それにカヲルは何も言わず、アスカの髪を梳いた。その手が余りにも優しかったから、アスカはほんの少し、涙を流した。
一番欲しい言葉をくれたカヲル。誰もしてくれなかったことをしてくれるカヲル。そこでようやく、アスカは自分が寂しかったのだと気づいた。誰かを、求めていたのだと気づいた。
泣き顔を見られたくなくてカヲルの胸に顔を埋める。こんな風にカヲルに触れたのは初めてなのに、何故か落ち着くような感覚がした。

「…アスカ」
「ん、…なによ」

うとうととしていたところを話しかけられて、幾分気分を害したようにアスカが目を開ける。
これ以上ないほどの零距離。頭ごと抱えられるように抱きしめられて、耳元にカヲルの唇が触れる。

「…大好きだよ」

突然の台詞に眠気が吹っ飛んだ。それはもう、物の見事に。
きゃあ、と小さく悲鳴を上げてカヲルから距離を取ろうと腕を伸ばそうとしたけれど、先だってそうした時に無駄だったように、今回もそれは出来なかった。

「逃げないでよ。傷つく」
「…うー…!」
「シンジくんもシンジくんだよね。僕も一応生物学的に男なんだけど」
「あ、あたしだって女よ!」
「なのになんでこんなに無防備なんだろうね?」

顔が熱かった。電気をつけてみればまるで茹蛸のように赤い顔をしてるだろう。
落ち着く。どきどきする。恥ずかしい。どうしよう。
ぐるぐる回るアスカの思考回路を見透かしたようにカヲルは笑い、

「何にもしないよ。本当なら、人にこんな風に触れるつもりなんてなかった」

と、まるで独り言を呟くように言った。

知らなかったこと。知っていたこと。知らないふりをしていたこと。
自分が弱いこと。誰かに救って欲しがっていたこと。その誰かは身近にいたこと。
そしてその人は、その、誰かは。

本当は。

アスカに向かって君は特別だと言葉を吐いた少年は、今もアスカの目の前で曖昧な笑みを浮かべている。
窓から入り込む僅かな光がアスカとカヲルを照らしていた。
最初会った時、作り物のように見えたカヲルの顔。接しているうちにそうでない部分を見ていたから気にもならなかったけれど、この時のカヲルの顔はまさに作り物めいた、それこそ人形のような表情をしていた。

「アスカは聡いから、すぐに気づくと思ってた」
「…何を」
「僕が、何者であるかを」

カヲルの表情に変化は見られない。
先日の質問がそのまま今の彼の答えだ。アスカが、心のどこかでそうではないかと感じながら、それでも蓋をし続けてきた彼の真実。
弐号機の、エヴァのパイロットであるなら、それに対するアスカの答えも一つしかない。

「あたしに、あんたを倒せって言うの?」

アスカを、闇の淵から救い出しておいて。
特別だと、縋らせておいて。
こんなにも優しく、抱きしめておいて。

そのくせ倒せと、殺せと、言うのか。

「それは、シンジくんの役目。僕が決めた」
「シンジの…?」
「…生と死はね、僕にとって等価値なんだ。だから別に使徒というものがこの世に害をもたらすのだと言って誰かが僕を殺そうとしてもそれでいいと思うし、僕がアダムに還るということはすべてのリリンの死に繋がってしまうから、シンジくんにそれを止めてもらわなければならないと思ってる」
「リリン…?アダム…?」
「君は知らなくていいことだよ」
「それで、あんたは満足なの?」
「…死こそが自由だとも思っている。誰にも何にも囚われない為の手段だとも」

何の感情も読めない声で、カヲルは言った。
彼はきっと、アスカには計り知れない何かの為に在るのだろう。
それに対して、アスカは思わず叫んでいた。

「嫌よ、あたしは、」

言ってから、パイロット失格だと自分を責めた。
けれど正直な気持ちだ。確かに使徒は倒すべき敵だ。人類の敵だ。けれどでは、果たして本当にカヲルは「そう」なのか。
人と同じ見目を持ち、人を害そうとする素振りも見受けられない。それは見つけられていないだけなのかもしれないけれど。もしも今、カヲルが死んだら。大切な友達だとカヲルのことを思っているシンジはもちろん、アスカだってひどい傷を負う。

「あんたがもしも使徒でも、あたしには、無理よ」
「どうして?」
「一番欲しかった言葉をくれたあんたを、あたしは殺せない。あんたを殺させることもしたくない」
「その所為で弐号機を降ろされるとしたら?」
「…っ!それでもよ!」

たとえカヲルが今まで対峙してきた使徒と同じように襲ってきても、アスカにはもう、彼を倒すことは出来ない。彼が倒されるのを、黙って見ていることも出来ない。
倒すと言うのは、殺すと言うことだ。ゲームではない。今までだって使徒を屠って来た。それと同じ。
弐号機を降ろされるのは嫌だ。エヴァに乗ることだけが存在意義だ。それだけは譲れない。けれど。
カヲルは、殺せない。死なせたくない。何が一番最良だろう。どれほど頭が良くてもこんな難問解けやしない。

「…ねえ、なんでそんな話、あたしにしたの?」

ふと思いついて訊ねてみる。
カヲルは少し困ったように眉をひそめて、

「なんでだろう。…僕も疲れていたのかな。君は僕たちと違うけれど、君は僕と同じようにいろいろなものに疲れていたから」

そう言ってため息を吐いたカヲルの表情は、今まで見た中で一番、人間くさい表情だった。
繋いだ手を離し、カヲルの頬に触れる。
人と同じ体温だった。

「あんただけ自由になるなんて許さない」

それは、アスカなりの懇願だった。
カヲルは死こそを自由と言った。だからアスカは自由になんてさせないと言った。そこには死なないでと言う思いが詰まっている。
それをカヲルは正確に把握して、先ほどそうしたようにぎゅう、とアスカを抱きしめて、大好きだよ、と言った。

           

「おはよう、アスカ、カヲルく…」

なんだってシンジはこんなに朝早く起きられるんだろう、とアスカはいつも思う。
家事の一切を任されているからか。母親に起こされた子供よろしく(アスカにはもちろんそんな記憶はないが)もぞもぞとタオルケットの中でもがいて、知らないふり。けれどもう一つの声でそれは阻止される。

「アスカ、ほら朝だよ」

仕方なく、起きたわよ、と適当に返事をする。学校があるならともかく、今日は確か休日のはずだ。別に惰眠を貪っても文句を言われる覚えはない。
うー、だの、んー、だのと散々抵抗して、それから本当に仕方なさそうに目をこすり、起き上がる。シンジを見ると、何故か口を開いたまま硬直していて、寝起きのアスカは首を傾げた。

「おはよう、アスカ。シンジくん固まってるから」

よくわからない。何がどうして固まられなければならないのか。
(何よ、そんなにあたしの寝起きは見るに耐えないものだっての?)
心の中で文句を言って、それからふと元いた場所を確認する。現状も確認する。
どうやら腕枕で眠った挙句、カヲルに抱きついて寝ていたらしい。寝乱れた髪を掻き揚げ、それから伸びをする。よく見てみれば随分パジャマも着崩れていた。
この点子供ではないと自称するくせに、女であるという部分や男の生理というものをアスカはあまりわかっていないと言える。寝起きで頭が回らないと言うことを差し引いても。

「わ、わわっ!」

「……へ?」

慌てて部屋を去ったシンジに思わず間抜けた声が上がる。
背後ではカヲルがくすくすと肩を揺らして笑っていた。

「何笑って…ってきゃあ!」
「どうしたの?」
「な、な、なに、」
「ああ、朝だから。僕もシンジくんも男だからね」

平手打ちをかまそうと振り上げた手は結局振り下ろすことも出来ずに捕まって引き寄せられて。
おはよう、の囁きと共に耳元にキスを落とされた。

         


なんかたまには甘くていいんじゃない?な気分だった…。
地味にはだけたパジャマもゆるよね!と友達に鼻息荒く主張して、そのノリのまま書いたらえらいことに。
ほんとはカヲルくんが使徒なんだよーってアスカに話す話とゆー重たい感じで行こうと思ってたのに!テンションに引きずられすぎた!(笑)

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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