気がつくとアスカはベッドの上にいた。
意識を失っていたのだろうということは簡単に推測できる。湯あたりして倒れこんだまでは記憶にある。そして現在ベッドにいるということは、カヲルが運んできてくれたのだろう。
そこまで思ってちらりとカヲルに視線をやると、いかにも風呂上りと言うようなさっぱりした様子で髪を拭きながらアスカを見ていた。

「服、着た方がいいよ。そのままじゃさすがに風邪を引く」

言われて視線を下に落とせばバスタオルを一枚巻きつけただけの頼りない格好で、アスカは慌ててベッドシーツを被った。

「ちょっと！見た！？見たでしょ！？」
「そりゃあ、だってあのままにしておけないし」
「な、何かしたんじゃないでしょうね！？」

シーツで身体を隠しながら顔を真っ赤にして叫ぶ。
別に何かあったって不思議ではないのだ。使徒とは言えカヲルは男で、アスカは女。そして今いる場所はそういう目的の場所なのだから。
軽いパニックに陥りながらアスカが言うと、カヲルは少し寂しそうに笑った。

「前にも言っただろ？僕は使徒なんだ。人に、そんな簡単に触れられるものじゃない」

カヲルとしては単に身の潔白を説明しただけなのかもしれないが、アスカはまるで冷水を浴びせられたかのような衝撃を受けた。
使徒だから、人には触れられない。たとえそういった衝動を抱いたとしても。それでは、余りにも。

「…使徒、だから」
「そう。どんなことになるかもわからない。だから何もしてないよ。したいと思わなかった訳じゃないけど」

だから安心して、と言うカヲルの、無感情な笑みに無性に苛立って、アスカは彼の腕を取って引き寄せた。

「ねえ」
「どうしたんだい？」
「あんた、」

一瞬の沈黙。
アスカはこれから口にしようとした言葉の意味に戸惑い、カヲルはただアスカの言葉を待っていた。
沈黙を破ったのは、意外にもカヲルだった。

「アスカ、タオル肌蹴かかってる」
「いいわよ、もう」
「衝動が理性を凌駕したらどうするんだい」
「抱いてみなさいよ」

普段あまり見開かれることのないカヲルの瞳が瞠目する。

「…抱きなさいよ！何怖がってんの！？馬鹿みたい！」

言うまでもなくアスカの頬は真っ赤だ。恥ずかしさを必死で押し隠そうとしても隠し切れずに瞳が潤む。その瞳のままぎろりと睨むと、一瞬気圧されたようにカヲルは息を飲んだ。
理性だの衝動だの使徒だの人だの、そんなことはどうだっていい。
アスカが自分のすべてと引き換えにしてでも望むなら、カヲルは共に生きたいと言った。
アスカは彼が自分を特別だと思ってくれるのなら彼のすべてを望むと言った。
それで充分だ。
使徒である事実を一番恐れているのはカヲルなのだと思う。
けれど、使徒だから、とすべてを諦めたように笑うのだけは許せない。

「あんた、あたしと生きるって言ったじゃない…！」
「アスカ」
「意気地なし！人として生きたいんでしょ？使徒であることに怖がって前に進めないんじゃ、どこへ逃げたって苦しいままだわ！」

叫んだアスカをカヲルが抱きしめる。
そうだね、ごめん、と言うカヲルはひどく優しい声音でアスカを包んだ。
剥き出しの肌に触れるカヲルの体温は心地いい。人ならざる者が持つ体温と言うには優しすぎるぬくもりだ。

「あんたは深く考えすぎんのよ。ちょっと普通と違ったって、そんな人間いくらでもいるわ。見た目がまったく違う訳でも、言葉が通じない訳でもない。誰があんたを人じゃないって言えるの」
「うん」
「あんたは、人よ。あんたはもっと自分に我侭でいいはずだわ」

最後はほとんど涙声だった。
カヲルの前だと驚くほど感情が素直に吐露できる。これがもしもシンジ相手ならもっと違った言い回しになっただろうし、きっと涙を見せることもしなかった。

「見せてみなさいよ。あんたの、人らしい衝動に任せた感情を」
「後悔しない？」
「あそこを出る時、あたしはあんたに全部あげたのよ」
「そうだね。僕も君にすべてを渡した」

羽のように軽い口付けを何度か繰り返して、それから深く貪るように口付けた。
使徒である自分を放り出した、人のカヲルをアスカはそっと抱きしめた。
そこに言葉はなかった。

色っぽい話をガッツリ書いていいのか悩んだのでとりあえずこんな感じでここは終わらせてみる。
最中の話はすっ飛ばす気満々ですが、気が向いたらこっそり書くかもしれません（笑）