あなたの元にまいります。
一指し舞いをお届けに。

薄絹の衣を身に纏い、髪紐を解いた。
風になびく長い髪もそのままに、彼は歩を進める。
手には先ほど拾った落椿。首がぽとりと落ちるように丸ごと落ちた、赤い花。不吉だとも言われるその花は、けれどとても美しくやたらと人を惹き付ける。
手に取ったのはただの気まぐれだ。落椿の癖に色身もそのままで、あまりに綺麗なままそこに落ちていたから。

君主の寝室へ入ることが許されている人間は少ない。凌統はその数少ない中の一人だ。
随分と前から許されていたそれは、凌統にとってずっと自然なことだったから、物心ついて分別がつき、将となっても、とても特別なことなのだと知るにはしばらくの時間を要した。
孫権が君主になる前からのものだったから、君主となったとき、凌統はとても困惑したものだ。
ただでさえ君主の家系の者の寝室に入り浸るという例は少ないのに、家系ではなく、本当に君主になってしまった状態で今までのようにそこに行くことは許されるのかと。
そういうことにおおらか過ぎるその人物は、凌統がそう言っても、結局、良いではないか、と一言で片付けてしまったのだけれど。

「凌統！」

ぼんやりと歩いていると、大きな声で名前が呼ばれる。
薄く笑みを湛えて名を呼び返せば、夜だというのに太陽を彷彿とさせる笑顔が返された。

「何やってるんですか、孫権さま」
「迎えにきたのだ、お前が来るのも久しぶりだからな」
「それはそれは」

言いながら近づいていくと、手に持っていた椿に気付いたようで、孫権は不思議そうな顔をした。
土産にしては縁起の悪い、酒の肴に愛でるには少なすぎるその花を、彼はどう取ったのか。
珍しいな、と口にして、椿を持つ凌統の手を取った。

「落ちてたんです。あまりにも、綺麗だったものでね」
「落椿か」
「ええ」
「お前によく似合う花だな」

孫権は、いっそ潔いまでの最期を遂げる花を、凛と美しい花だと思う。
花弁は何も混じらぬ赤。まっすぐな赤。それは孫権が幼少時から愛でてきた凌統のようだと思った。
一方、花が似合う、と言われた凌統は少しばかり複雑だ。宮中の女や姫ならばその言葉に頬を染めるかも知れないが、如何せん自分は男だ。けれど、その潔い散り様を凌統も好んでいたのも事実で、曖昧に、どうも、とだけ返した。
潔い花。そこが好きだ。喩えられたことは嬉しくも思う。ただ、その潔さを、孫権を相手にした時に自分が持つかと言われれば、それは否と答えたけれど。

場所は変わり、寝室へと移る。
寝台の上に長い髪を惜しげもなく散らばせて、凌統は自分にのしかかる孫権の顔を仰いでいた。
たくさんの女をその手の中に収めながら、孫権は時折、こうやって凌統に触れる。純粋に共寝をすることもあれば、体を繋げることもあった。
顔が降りてきて唇を吸われる。何度か口付けを重ねて、ふと思い立ったように唇を離してから孫権は寝台の脇に置いておいた椿を手に取った。
何だろうと見つめていると、散らばった髪の耳元にそっと置かれる。

「孫権さま？」
「今度、簪を作らせよう。美しい、この花のような簪を」
「そんなもん、女にやるもんでしょう、普通」
「似合うお前が悪い」
「…もう、いいでしょう、そんな話」

飾り立てられたって自分は男で、組み伏せられていたってそれは変わらないのだ。
だからそんなものはいらない。
恐れ多くも幼い頃から傍にあったこの愛情の方がずっと大切だ。簪を送るのなら、後宮の女にでもやればいい。
そんなものの為にこうしている訳でもない。

「何かしてやりたいと思っただけだ、そう拗ねるな」

身体を這う指先に眼を閉じて答えた。

ぽとりと落ちた赤い花。痛いくらいに凛とした。
花ほど潔くなれなくとも、あなたの為に舞いましょう。

赤い椿を髪に挿し、あなたの下で何度でも。

娼婦の椿姫をイメージしてくださ…げふ！げふ！
これはラブなのか？とりあえず椿を使いたくて書いたものの、最早意味不明もいいところ。
おそらく椿＝椿姫＝娼婦＝妾＝舞姫（ちょーせんとか）と妄想連想していったものと思われます。

2010/10/27　改訂