いつか、子供に戻って
小さな頃、初めて出会った同じ歳の子供は、哀しいほど無垢で痛いほど眩しい笑顔をしていた。
周りは大人ばかりで、年の頃が近い人間と言えば兄と妹だけだった自分にはとても貴重な存在だった。

もしもこの世が乱世ではなく、凌統が将ではなく、自分が君主でなかったら。
こんなにも死と隣り合わせの生き方はしなくてよかったのかもしれない。

いつだって生きた心地がしなかった。
君主である孫権は当然本陣にいることが多い。前線で戦うことの多い凌統とは対極にある訳だが、その分自分は安全で、凌統は危険に晒されることが多いと言えた。
怪我を負って引き返すこともままあって、色味の引いた顔を見る度に最悪の想像をしてはそれに怯えた。
もちろん君主である孫権にはその感情を外に出すことが許されない。
不安げな顔をしていては、戦っている者の士気に関わるのだ。
だからいつだって生きた心地がしないまま表面だけを取り繕って君主の顔を貼り付けてきた。

その日は特筆して何かがあった訳ではなかったと思う。
戦がない時には平常の、取り立てて何かある訳でもない日常があっただけだ。
いつものように凌統を招き、酒を飲み交わす。
甘く口当たりの良い酒を好む凌統の為に取り揃えた酒の中に見たことのない瓶があった。
不思議に思って開けてみると甘ったるい匂いがした。
酒の管理は孫権の仕事ではないとはいえ、取り寄せたものくらいは覚えている。自分が好んで飲むものとも凌統の為のものとも思えない酒に、確かにこの時嫌な予感を抱いていたのだ。
けれど適度に酔った凌統はそれを口にしてしまった。
飲まずにおこうと言った孫権に、彼は毒見しますと言ってそれを飲んでしまった。
孫権から酒を取る時の凌統の顔がいつになく微笑んでいたので、不審に思ったことを遠くに追いやってしまったことがいけなかった。

「…っ!」

甘いけれど、すこぶるキツい。そう感想を漏らしてすぐ、凌統は口を押さえた。
赤らんでいた顔が、色を失っていく。崩れ落ちる寸前抱きとめた凌統の体はかたかたと震えていた。
二、三度咳き込んだ瞬間、手の隙間から血が零れていくのを見た。
生きた心地がしなかった。
人を呼び、医者を呼び、事態を説明する頃には凌統は死人のような顔で気を失っていた。

しばらくの後、毒を混ぜ込んだ酒による暗殺が目的だったのだろうと呂蒙が渋い顔で説明するのを、遠くで聞いた。
もっとしっかりしていれば。もっと立場を考えていれば。毒見などという言葉が本当に必要な立場にいると理解していれば。
うまく働かない頭で必死に考える。
寝台に横たわる凌統を見ると、自分の頭を殴り倒したい気持ちになった。

「警備のものを増やしましょう。殿は別室で眠っていただいて、凌統は…動かさない方がいいと思います。ある程度は吐き出させましたが酒の所為で吸収した量も多かったみたいですし」
「…私もここに残る」
「いや、ですが……わかりました。警備のものは戸の外と周囲に配置させますので。私は犯人を捜します」
「頼む」

呂蒙が出て行き、部屋には小さく呻き声が聞こえるだけになった。
外には何人か警備の人間がいるらしく人の気配がしたけれど、部屋の中はしんと静まり返っていた。

ああ、生きた心地がしない。

つい数刻前まで笑顔で酒を飲み交わしていた凌統がこんな目にあっているのは誰の所為だ。他の誰でもない自分の所為だ。
毒殺という危険を、何故鑑みなかった。君主である孫権には常に死の危険があり、将である凌統にはそれを防ぐ義務がある。
それを孫権は望まないけれど。

「お前が将でなく、私が国を預かる身でなければよかったのに」

呟くように孫権がそう言うと、気を失っていたはずの凌統がゆっくりと目を開けた。

「凌統!」
「そんなこと、言わないでください」
「……」
「孫権さまが、あの酒、飲まなくてよかった」

もういい、体に障る、やめてくれと言うのに、凌統はゆるく首を振り続ける。
浮かべている弱弱しい微笑など、凌統には似合わないと思う。けれどそうさせているのは孫権自身だ。何も言えることはない。

「もうね、孫権さまは孫呉の君主で、俺は将なんです。どんなことがあったってどんな状況だって変わらない。乱世が終わったとしても、やっぱり変わらないんです」
「…わかっているさ」
「でも孫権さま、」

掛け布の隙間から手が伸びる。反射的にその手を取ると、凌統はどこかうっとりとしたように重ねた手を見た。

「いつか、こんなことのないような世の中になったら。孫権さまが君主でなく、俺が将になる前に戻って、子供の頃みたいに、昼寝でもしましょう」

それまでは、もう少しこのままがんばりましょうよ。ね?
浮かべた笑顔をそのままに、凌統はまた気を失った。
彼が夢見る未来はくるだろうか。くるかもしれないし、そんな日は一生来ないかもしれない。
けれどそれを自分も夢見て、凌統が将であるというのなら、自分は君主として、生きていこう。
ただ穏やかに笑っていられる日を夢見て。

ふう、と一つ溜息をこぼすと、突然重ねた手が孫権の手を弱く握って、やはり生きた心地がしない、と孫権は一人ごちた。

           

翌朝、毒物を仕込んだ犯人が見つかった。
年端もいかない子供だった。
戦で親を亡くし、国を恨んだ子供の犯行だった。

ああ、早く乱世が終わればいいのに。

               


親を亡くした子供とゆーのはまさにリントンそのもののような気がするのできっと孫権さまは子供を擁護してくれると思う。
リントンは手厚い看護のおかげで翌日には元気になってると思いますよ(丸投げしましたね)(ええ)

2010/10/27 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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