知っているけど知らない。
その日吉良が溜まり場であるロフトに足を踏み入れると普段以上に物が散乱していてその中央には膝を抱えるようにして寝転がっている加藤の姿があった。
散らかったものの中にはビールの缶が数本。それと一緒に薬のPTPシートが転がっている。シートの裏を確認して、それはいわゆるヤバい薬、ではなく市販のよく目にする風邪薬だったのだけれど、シート一枚分まるっとなかったから、もしかしたら全部飲んだのかもしれない。しかも、おそらくだかそれをアルコールで摂取したのだろう。下手をしたら自殺志願かと思われる行為だが彼はそういう無茶をする人間だった。

「おーい」
「…んー…」
「なんだ、生きてんのか、一応」

問いかけてみて反応が返ってくるということは、そこに命があるということだ。
床で何も羽織らず寝ていたらさすがにまずいだろう。
風邪を引いたのか引きかけているのかは知らないが、せめてベッドで眠って欲しい。そんな中央で存在を主張されていては邪魔以外何物でもない。
上半身だけを抱えて起き上がらせると、不意に加藤の目が見開いた。

「きら」
「…なんだ」
「吉良」

何が楽しいのかへらへらと笑いながら吉良の名前を連呼する。意識が混濁しているのだろう。市販の風邪薬でも多量に、しかもアルコールと摂取すればドラッグのそれと同じだ。吉良を吉良と認識しているだけマシかもしれなかった。
ぎゅう、と腕を回してくっついてくる。アルコールの所為か眠っていた所為か、普段は冷たいはずの加藤の肌は熱かった。
余りにぎゅうぎゅう締め付けてくるので一瞬縊り殺されるのかと思って引き剥がそうともがいたけれど、加藤はと言えばただ必死で縋りついているだけのようなので、そのうちに吉良も諦めて力を抜いた。
支えている吉良が力を抜けば当然崩れ落ちる訳で、けれど吉良の重みを受け止めたまま床に背中を打ち付けても加藤は相変わらずへらりと笑っていた。

「…何がしたいんだ」

ほとんど呟きに近く口にすると、加藤はことりと首を傾げ、また笑った。
普段の彼ならこんな仕草はしない。もっと眉間に皺を寄せて、顎を心持ち上に上げる程度だ。
吉良の名以外何も口にせず、ただぎゅっとしがみつく腕の力だけが強い。

「相当ラリってんな、オイ」
「吉良ー」
「黙れ馬鹿」

煩い口を自身の唇で塞いでやると、待ってましたと言わんばかりに舌が絡む。その舌の動きも、吉良を引き寄せる腕も、やはり普段とは違いどこか甘えたような印象を受けた。
甘えたかったのだろうか。吉良は親からの愛情を否定して生きてきたが、彼は元々愛情と呼べるような優しい感情を親から受けたことはなかったはずだ。
あっけらかんとまるで人事のように笑って、そんなもんクソ食らえと言った。
本当は欲しかったのではないか。本当は甘えたかったのではないか。それは吉良の思い違いかもしれない。けれどそうではないかもしれない。
この時は何故か、彼が甘えたがっているように見えて、そしてそれを自分に求めているように思えたのだ。
だから。どうせ正気に返った時には覚えていないだろうと思ったのもある。とにかく甘やかしてやろうと思った。自分たちには到底似合わないと思いながら。

見た目より柔らかく細い髪を優しく撫でて、耳や首筋に啄ばむように口付ける。
我に返ったらおしまいだ。きっと笑い出したくなる。もっと、もっと獣のように貪るような行為の方がずっと自分たちらしいのに。
ただ自分たちには縁遠かった、けれど知識としては知っている優しさというものと愛情というものを彼に注いでいく。

「あ、…」

けれど甘やかな言葉を吐くことには抵抗があった。愛しているよと言ってやりたかった。何故かはわからない。答えもなく、またそれを茶化してくれるいつものような彼もいない。
そして自身の持つ感情が果たしてただの馴れ合いなのかそれ以上のものなのかも判別出来ない吉良にとってその言葉は偽りと同義だと思った。だから言いかけた言葉は、あ、で止まってしまった。
代わりに額に口付ける。怪訝に思うほど加藤の思考は働いていないだろうが、誤魔化すように、或いは謝罪するように殊更優しくそれをした。
やはり似合わない、と内心苦笑をもらしながら。

  

  

「ってえええ…」

目覚めは最悪だった。
隣で眠っていた加藤が跳ねるように起き上がって、その振動と地の底を這うような呻き声の所為で起こされたのだから、これで快適な目覚めを迎えたとはどう考えてもあり得ないだろう。
ゆっくりと起き上がって見てみると加藤が両手で頭を抱えて蹲っている。
正直無理もない話だ。風邪薬にアルコールという自殺未遂な組み合わせに加えて散々身体を揺さぶられたのだから余計に脳や身体が辛いのは当然と言えば当然だった。

「つーか何?俺何してた訳?つーかなんで裸?なんで隣に吉良?」

加藤だって寝起きだろうに相当に焦っているらしく一人でぶつぶつ呟きながらぐるぐると思考の渦で溺れていた。
余りにその様がおかしくて、笑いながら自分の存在主張の為にヘッドロックをかけてみる。
案の定ひどく驚いたらしい加藤は裏返った変な奇声を上げた。

「な、何すんだよ!」
「酔いはさめたかよ、酔っ払い」
「酔い?あーそー言えばビール飲んだね、うん。風邪引いたから薬飲もうとして、そしたら他になんも飲みもんなかったからー…ってあれ?」
「馬鹿かお前は。ラリって手に負えたもんじゃなかったぞ」
「マジで?」

頭を拳骨でぐりぐりと押さえつけてやりながら吉良はまるで自分は被害者だと訴えんばかりの声色を作って、それはもうひどかった、と重ねて言った。
加藤の勢いがそがれた一瞬の隙を突いてそのままもう一度ベッドに横たわる。今度は今度で色気もへったくれもない呻き声が聞こえてきたけれど気にしない。

「痛い思いするよりは気持ちいい方がいいかと思って俺なりにやさしー手段で大人しくさせたつもりだけど?」

人体の急所に適度な力を込めて一撃。ラリった人間になら簡単にそれが出来たけれどしなかったんだから有り難く思え。
そう尊大に言い放ってやれば、加藤は釈然としない様子で

「そりゃどーも!」

とやけくそ気味にそう言って吉良の腕を思いっきり噛んだ。
一瞬一生ラリってた方が扱いが楽かも知れないと脳裏を過ぎったけれど、やはり彼らしい彼の方が、…そこまで思いかけて思考停止。
自分の思考が危うくラリった方向へ行きかけた、と内心の焦る気持ちを誤魔化すように、未だに吉良の腕に噛み付いたままの加藤の耳を仕返しとばかりに甘く噛んだ。

 


ほんとはもっとラリってる加藤さんが書きたかった。でもリアルすぎて痛いって突っ込まれるのが怖くてやめてみた。
ちゅーかこの人たちの間に在るのは紛れも無く愛情だと思って書いてるんですが、どちらもそれで納得してくれない。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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