「ねえボス、植物って育てんの大変?」 月岡からもらった(というか半ば押し付けられたらしい)という植物の種を持って桐山の元へやってきた充はしばらく月岡に対しての愚痴をこぼしたあと、おもむろにそう口にした。
彼がお世辞にも植物の栽培に興味があるような種類の人間ではないことは、桐山も充本人も熟知していたし、そのとおり充もそれほどまでに熱心に植えたいと思っている訳ではないようで、桐山はそれを少し不思議に思った。
植えるのか?とたずねると、充は驚いたような顔をして、次いで少し困ったように笑った。
「そういうつもりじゃなかったんだけど…、植えてみてもいいかな。ボス、植え方とか、育て方、知ってる?」
ああ、と頷いたシーンは思い出せるのに、そう言った彼の笑い顔が、何故か今は思い出せない。
学校の裏庭に植物の種は植えることにした。
充いわく、「不良が人目につくところで花育ててたらメンツ丸つぶれじゃん!」だそうだ。
桐山には充のそう言った言い分もよく理解出来なかった。充は桐山にとって不可解な言動をとることが多かったけれど、そんなものだと認識してしまえばそれ以上気にとめることはなくなった。
ある程度植物の栽培に必要な日当たりの良さも考慮に入れて適当な場所に植える。
植え方知ってるんだ、と聞かれたので本で読んだ、というと、充は大げさに驚いて、さすがボスだね、と笑った。
事細かに会話を思い出せても、笑った顔だけがぼやけて思い出せないんだ。
「なんの花なのかな。ヅキ結局教えなかったんだよな」
「それは」
「あ、待った、今言うのナシな」
聞いたら楽しみ減るじゃん、というので、そういうものなのかと訊ねると、充は手についた土を払いながら笑い、
「花が咲いたとき教えてよ」
と言った。
もし卒業するまで花が咲かずにいたら一緒に学校へ世話をしに行くんだからな、と彼は言ったはずなのに。
とある島、とある場所。
プログラム会場となった場所をごろごろと屍が埋め尽くす。
自分が手にかけたはずなのに、放送を聴き彼が死んでいるのを確認して、何故彼が死んでいるのだろうと不思議になった。
まだ、花の名前を教えていない。
「充」
思い出せない。
植えた花も、植えた場所も、何故植えるに至ったかも、そのとき何を話したかも思い出せるのに、彼の笑い顔だけが思い出せない。
思い出せない事実に少し神経を焼かれながら、何度か思い出そうと記憶の糸を手繰った。
結果、それ以外のものはすべて思い出せた。それだけは何をしても思い出せなかった。
そして。
薄れていく意識。
死ぬことは恐ろしくはなかった。元々そう言った感情が欠落していた。別に不都合はなかったし、何にも感情を動かされることはなかった。
だからそれと同じように何の心残りもないはずだった。
ぼんやりと浮かぶ植えたはずの種。
笑っているはずの顔。
唇が、みつる、と動いた。
桐山が死んだ。
勝利者を連れた船が島を離れ、時が経ち、屍体は回収される。
生き残った七原と典子が政府との新たなゲームを始めてしばらく経った頃、桐山と充が植えた種が花咲いた。
城岩中学校の裏庭でたった一輪、ささやかな風に乗ってその花は揺れていた。
桐沼。
植物を植えようとするような不良なんざいねえよ(そんな身もふたも無い)。
桐山にとって充が少しでも特別であったらいいのにと思って書いたもの。
前に書いたこの話の基の小話から考えるとだいぶ変わってる。
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