月と太陽
正義が勝つのではない。勝ったから正義と呼ばれるのだ。
そして、だからこそ正しき義こそが勝利を掴むと誤解を呼び、現実との差に力なき正義は膝を突く。
兼続がそれを知った時にはすでに遅かったのだけれど。
月も太陽も無くした只人は、ではどうすれば生きてゆけるのだろう。

人は月がなくては生きてゆかれない。
人は太陽がなくては生きてゆかれない。
兼続にとって月は三成だった。太陽は慶次だった。
心落ち着かせることの出来る月。道に迷った時、行くべき道を照らす日輪。
どちらが欠けても人は生きてゆかれない。
兼続は人だった。

心を落ち着かせるように、自らの行くべき道を探るように、墨を磨る。
濁った墨汁しか作れないのは開け放した戸の先に見える空には何もないからだ。
月をなくし、太陽をなくし、愛したものをなくした。
夜空を見上げても何も見えない。青空を見上げても何も見えない。
ならばいっそ、目など見えなければよかった。幾度己が眼を抉り取ろうと思ったことか。

武将である兼続には義務がある。主を支えていく義務。国を豊かにする義務。
けれど人である兼続は、武将と言えど只人でしかなく、面識ある者が死すれば哀しくも思うし、愛する者を失えば心を痛める。
兼続は人をよく愛する人間だった。
その中でも彼らは特別だった。
月と太陽が人にとって特別なように、彼らは兼続にとってとても特別な存在だった。

「三成は月のようだな」
「月?俺がか?」
「ああ、おかしいか?」
「いや、ならば俺はお前が安らかに眠りに附くことが出来る世を作ろう」

月は安らかな夜の誘い。

「慶次はまるで太陽のようだ」
「俺がお日さんだって?」
「そうだ。髪のことじゃないぞ?存在がだ」
「そんじゃあ名前負けしないようにしっかりあんたの道を照らしてやらなきゃいけないね」

太陽は暖かな道しるべ。

三成を失って、兼続は眠ることが出来なくなった。
どうしたって夜の静寂に温度を求めてしまう。僅かな灯と月だけが知っていた他愛ない談笑を思い出してしまう。
あれほど強く人を見据えていた瞳の光が失われていった。

慶次を失って、兼続は前を見て歩くことが出来なくなった。
数多ある道の中、正しい道を選び取るには導が無さ過ぎた。こっちだよ、と手招きする声を探してしまう。
あれほどぴしりと伸ばされていた背筋が丸くなっていった。

戦乱の世が、すべてを奪った。
けれどそれは、己の浅慮からなる報いだ。戦国の世でなければ確かに彼らを失うことはなかったが、彼らを彼岸に押しやったのは誰でもない兼続自身だ。
一向に美しい色にならない墨を放り出し、そのままぱたりと床に背を預けた。

死を願うなと言った、かの太陽の言葉を忘れた訳ではないが、そう願う自分を兼続自身どうすることも出来ずに悶々としている。
生きなくてはならない。それが義務だとわかってはいる。けれど義務だ、と思う時点でそれを望んでいないことは明白だった。
三成がいて慶次がいた頃は違った。生きることは自分の権利だと思っていた。生きて、彼らと見た夢を実現させる為に兼続はあった。
夢を奪われ、無二の存在を奪われ、けれどまだ彼岸への道を辿ることは許されない。
幸村が言った。生きてくださいと。
景勝が言った。お前は俺を置いていく気かと。
幸村も景勝もたくさんのものを失った。それでも前を向く幸村を、景勝を見て、どうして自分はそうあれないのかと思い悩んだ。
まだ此方には兼続を必要としている者がいる。幸村も景勝も此方にいる。けれどそれでは駄目なのだ。
大切だ。それは間違いない。どうしようもない自分をまだ必要としてくれていることには感謝している。兼続にとって愛しい者たちだ。

(けれど、人に代わりはいないのだ)

三成の代わりはいない。慶次の代わりもいない。
もちろん幸村にも景勝にも代わりはいない。この世に生きる者すべて、唯一の存在なのだけれど。
三成と慶次を、きっと愛しすぎていた。依存と言っていい。彼らを失ったことが、兼続からすべての原動力を奪ってしまった。
正しき義を掲げても、力が及ばなければ利にも屈する。
そして自分は力及ばず月と太陽を失い、孤独に屈してしまった。
愚かなことだ、と自嘲気味に口の端が上がる。

むくりと起き上がり、戸に手をかけて空を見る。
晴天とは言い難い薄曇りの空では太陽を見つけることは不可能に思えた。夜となり闇が世界を支配してもこの空模様では月を見ることも叶わぬだろう。
兼続にとっての月と太陽は空をどれだけ伺い見てもその姿を現してはくれない。
月が姿を消し、真の闇に包まれても、三成がいればそれでよかった。
太陽が姿を消し、日の光と無縁の世界になったとしても、慶次がいればそれでよかった。

(…もう涙も枯れ果てた)

どれほど彼らが大切だったか、涙も流し尽くして枯れ果てて、悲しみに泣き喚くことすら出来ずに胸の空虚を持て余す。今はもうただただ己の無力さに舌を打つことくらいしか兼続には出来なくなっていた。
この世界の月や太陽を引き換えにして彼らが戻るのなら、いくらでも差し出そうとするだろう。民が泣こうが、主が苦しもうが、兼続はそうしてしまう確信があった。
他他の愛する者より、本当に愛した彼らを求めて。そう思う兼続は武将ではなく、陪臣でもない、只人である直江兼続だ。
理性がそれを制止する。只人なれど、己が身は武将であり臣下であり、主の為民の為尽力しなければならない。それが生き残ってしまった自分の務めだと。
雲海が立ち込める空を眺め、兼続は目を細めた。

夜空に浮かぶ月の向こうに三成を見る。
晴天に輝く太陽の向こうに慶次を見る。
あるがままの月や太陽を見た記憶は随分と遠い。
思い出を拾い集めるように空を見つめても、やはり空には僅かばかりの欠片しか見つけられなかった。

「…いっそ、あの月も太陽も、…なくなってしまえばよいのに」

月があるから望んでしまう。あの心地よさを。石田三成という存在を。
太陽があるから望んでしまう。あの力強さを。前田慶次という存在を。
それを彷彿とさせるものがある所為でいつまでも女々しく苦しみと悲しみに囚われてしまっているのだ。
たとえそれで生きてゆかれなくなったとしても、このまま心が腐り病んでしまうよりは、と願ってしまう自分を抑えられなくなっていた。

支える腕がない。こっちだと自分を呼ばわる声がない。進めと背を押す優しさがない。こちらを振り返って早く来いと言う強さがない。
兼続がそれを望めば、幸村も景勝もそれをくれただろう。けれどそれでは意味が無い。それは三成でなければならず、また、慶次でなければならなかった。

神がいるなら叫びたかった。
彼の人たちを返してくれと。

けれど空には何も無く、兼続はただひたすらに空を睨み続けた。

              


ひたすら悶々としている兼続が書きたかった。愛とか義とか連呼してる兼続も好きだけど、長谷堂の戦いの後みたいにぐだぐだしてる感じの兼続が好きだ。
みんな大切だったろうけど、みっつんと慶次は兼続の中で別格だったんだよと言いたかった模様。

2010/10/27 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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