契り
指の腹を斬る。一点の曇りもないまっさらな刃を指の腹に宛て、すぅ、と引くと少しすればぷくりと血玉が出来た。
我知らず浮かんだ笑みはとても歪んでいたけれど、目の前に座っていた紅葉色の髪をした男もまた自分と同じような歪んだ笑みを浮かべていたので、おそらくこの場には似合いの表情だったのだろう。

「…足りんな」
「ああ…そうだな」
「手のひらも切るか」
「ああ」

大人しく頷き、利き手ではない方を傷つける。見れば彼も同じく利き手とは逆の手のひらを斬っていて、こんな狂人紛いのことをしていても現実を完全に外界へ押しやることが出来ない自分たちが滑稽だと思った。
傷口から溢れてくる血潮をぼんやりと見ていると、そのうち滴は腕を伝い畳へ零れ落ちていく。
それを見た男は、やや苛立ったように、勿体無い、と言って肘の辺りにまで伝っていた血を丁寧に舐め取った。
男の見目が女性的なことも手伝って唇に付いた血はまるで女の引く紅のようだった。くつくつと喉を鳴らすように笑うと、傷ついた手のひらを男の手が掴んだ。それから糸を編むように指の一本一本を絡ませて傷口をひたりと合わせていく。
血と血が混ざり合う。戦場で流れるものと同じはずなのに、何故か美しいもののようにそれを見る自分はやはりどこかが狂っている。

「あたたかいな…お前の血はあたたかい」

うっとりと男が言うように、確かにあたたかく心地がいい。目を細めて重なり合った手のひらを見た。
血の契り。彼の血を己に。己が血を彼に。義兄弟の契りなどといったような、美しいだけのものではなく、これは酷く不純な契りだ。身体の交わりよりも不純な契り合いだ。
戦乱の世で互いに違う主を持ち、同じ戦場に立つなどそうそうあることでもなく、日々は忙しなく過ぎていく。忙殺とはよく言ったものだ。忙しない世界に急かされて心は少しずつ朽ちていく。
そうして急かされるまま全力で日々を生き抜けば、ようやく時間が取れた時には季節はいつの間にか移り変わっていて、自分ひとり置いてきぼりを食らっている。
互いを知るすべは温度のないただの紙切れしかなく、薄い紙切れに書かれた墨の痕を指でなぞっても温度は感じられない。筆の動きや文字で感じられるものは僅かな断片のみで、ただ飢餓感のみが募る。

重なり、混ざり、溶けてゆく。互いの血が侵食しあい互いを食い荒らす。命が命を食い荒らすのだ。
そうしていつか、彼の中に流れる血液全てが己が血になり、己の中に流れる全ての血液が彼の血とならんことを願う。
それを同じだけの情熱で望みあう。望み、望まれ、愛するが故に凶行に走った。

「まぐわうだけでは飽き足らぬ飢餓を埋めておくれ」
「熔けて混ざり、決して忘れぬ契りを」
「私はたとえお前が死んでもお前を愛するよ」
「ああ」
「そして私の中に流れるお前の血が私と共に生きるのだ」
「当然だ。そして貴様が死んだとしても同じこと」
「そうだ」

どちらかが死んでしまっても、どちらかの中で生きる。戦乱の世にあって、それはいつ起こりうるとも知れない二人の結末。
けれどどちらもが死ぬ場合を除き、自分たちはたとえ愛する者がどんな惨たらしい死を迎えても生きてゆかねばならない。生きねばならぬ義務がある。
けれどそうなれば今度こそ、その残されたどちらかは忙しない世界が刻む時の中で心が朽ち果ててしまう。
記憶というものは曖昧だ。あれほど不確かなものはない。必死になって掬い上げていても手のひらで作った囲みから流れていってしまう水のように微かなものしか残りはしない。そしてその残ったほんの少しの水さえもいずれ蒸発してしまうように全てを忘れてしまうのだろう。
だから思い出などと言うあやふやなものではなく、もっとわかりやすく互いを縛る。生きろと。

流れ落ちていく血を舌で拾う。真新しい傷口から溢れる血を含み、唇を合わせ互いの口内へ送り合う。深く絡ませ、味わうように。
鉄錆びた血の味はやけに甘く、これこそが国の為、民の為、正常な振りを続ける栄養となるのだと言ったら笑い話くらいにはなるだろうか。
だが、事実だ。
だから二人は美しくも愚かしい狂った契りを繰り返のだ。

              


血の契りってなんか卑猥だよなあと思って書いたもの。
どうやらちょっと狂った感じの兼続と三成が好きみたいです。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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