失くすものすらない僕ら
思いだけでも、力だけでも守れない。
それでも、守りたいものがあるんだ。

彼の叫びは遠い異国の響きでオルガの耳に届いた。
守りたいから抗い、失いたくないから戦う。
ああそうか。子供のような真っ直ぐさで戦うから彼は強いのか。守るべきものがあるから強いのか。
ならば自分たちが勝てない訳だ。何度相対しても勝てない訳が、少しだけわかって安堵のような悔恨のような感情が渦巻く。
そんなことではいけないのだけれど。
自分たちには守りたいものどころか失くすものすら何もなかった。

       

敵を仕留められないまま、薬切れとエネルギー切れで仕方なく帰還したオルガたちを待っていたのはアズラエルからのお仕置きだった。
言ってわからないのなら身体に教え込むのだとばかりに、薬物中毒の身体には一番堪える薬物の供給ストップ。しかも薬切れで帰還したままの状態でそれを受けたものだからたまったものではない。
耳鳴りがして手足がびくびくと痙攣する。意識を手放しさえすればまだ楽なものを、薬によって強化された身体はそれすら簡単には許してくれず、ただ闇雲に死にそうなほどの苦痛だけをオルガに与えた。
おそらく、他の二人もそうだ。ソファに凭れてそのカバーに爪を立てているシャニも、床に這い蹲って白目を剥きかけているクロトも、虚ろな意識の中でこれ以上ないほどの苦しみを味わわされている。
もちろん、死に至る直前で薬は与えられる手筈になっている。けれどそれも研究員たちのさじ加減とデータ頼りの曖昧なもので、いつ本当に死がやってくるかわからない。
自分たちには多額の金がかかっているから、余程のことがない限り廃棄されることはないけれど。一体の生体CPUを製作するのにかかる時間と金は計り知れないから次を作るにもすぐには出来ないのだという一縷の希望に救いを求めていた。
死の間際で引き上げられる苦しみを甘んじて受けるより他、自分たちが生きる術はないのだ。

いっそ死ねたら楽なのか。死と隣り合わせの恐怖の中、自分自身に問いかける。
死にたくない。みっともなく生に執着して、こんなになってまでも命令されるままGを駆るのは本能だった。
生きたいと願う、本能。

失敗すれば苦しい思いをする。成功すればそれなりに珍重される。そこにオルガたちの人権はない。生体CPUとはそういうことだ。
経歴も、ラボに至るまでに歩んだ道も、すべて抹消されて、自分たちに残ったのはただ生きたいと願う気持ちだけ。
自分たちにはそれしかない。
それこそアズラエルが口にする、思想や理念に基づいたご大層な戦う理由も、失いたくないと思うような大切な何かもオルガたちにはない。
あるのはただ、極端なまでの生存本能。唯一失わずにいる自分という存在しか持っていない。
だからこそ戦うことに躊躇することはない。生きる為に必要だから戦うだけで、何かの為に戦ったことなど一度もない。
クロトの言葉を借りるなら、出ろと言われれば出て撃つだけだ。

生きる為の唯一の方法がGに乗るという手段であって、たとえその所為で今のように死にそうなほどの苦痛を受けたとしても、生きる為にはそれしかなくて。
だから強いて何かの為、と言うのなら、それは自分の為。
だから、あの白い機体のパイロットのようにはあれない。
こうありたいという意思すらとうの昔に奪われた。
死にたくないからGに乗り、殺されたくないから撃ち落す。
そうあることでしか生きられない。オルガだけでなく、それはシャニもクロトも同じだ。
いずれ薬物投与のステージが上がり、精神が侵されていけば、こんなことすら考えられなくなる。
失くすものすらないオルガたちの、唯一持っている自分という存在が、心が、消える。
人間を使った本当の意味での生体CPUの出来上がりだ。
アズラエルが一番欲しがっている、感情もなく、命令を遂行するだけの駒。けれど無人でGを操作出来ないから、人が必要で、人であっては感情が邪魔だから、人を使った部品がGに必要だった。そして作られた、生体CPU。
誰か、どこかの奇特な人権団体かの人間であれば、可哀想に、と一言くらいの同情はもらえたかもしれない。そんなもの、欲しくないけれど。

朦朧とした意識が闇に沈む感覚がする。
気絶か死か。それを判断する術はない。
無理矢理に視線を動かせば、シャニもクロトも既に意識がなかった。時折苦しそうな呻き声がするから、彼らに訪れた眠りは死ではない。
オルガは彼らが意識を手放すまで自分の意識を決して飛ばそうとしない。生か死かを見定めるまで、決して本当の意味で目を閉じたりはしない。
一番ステージが低いオルガは、薬物中毒のレベルも禁断症状も比較的低い。だからこそシャニやクロトが意識を手放すまで自我を保てるのだけれど、それをいつからか自分に課せられた義務だと思っていた。
生きているならば放っておく。馴れ合いはオルガも彼らも好むところではない。
けれどもし、死に至ってしまったのなら、自分の身体がどんな状態であれベッドで眠らせてやりたい。それさえ出来ないのなら、せめて目を閉じさせてやるくらいはしてやりたい。
どの道、碌な死に方はしないはずだ。
だからこそ戦場ではない場所で息絶えるのならせめて。

ゆっくりと目を閉じて意識を手放す。
己を待つ眠りは生か死か。暗闇に沈む意識の中であのパイロットが浮かんだ。
彼のように戦えたなら、まだ救いはあっただろうか。

           

失くすもののない自分たちが最後に失くすのは、命か、心か。
それを知る者は誰もいない。

               


本もCDもゲームも、彼らにとって何の意味も価値もない。
意味ある持ち物は自分の命だけ。
目を閉じさせてやりたいと思うことがすでに馴れ合いだということにオルガは気づかない。
それでもみんな、誰かが死んだとき、悪態をつきながらも目を伏せさせてやるといい。

2010/10/27 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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