君を守る為の武器
金と紫のオッドアイ。真っ当な人間からは生まれるはずのない色味の瞳にシャニは生まれた時から奇異の目を向けられ、災いを運んでくると蔑まれてきた。
気付いた時には親はおらず、ただ悪意と僅かな好奇の目で見られていた。薄汚い格好で食べ物を盗み、それが出来ない時は捨てられたゴミから食べ物を漁った。
誰も庇護する者のいない状況で生きていくには弱いままではいられなかった。
最初の武器はただの棒切れだった。
拳だけでは必死に手に入れた僅かばかりの食べ物すら奪い取られるだけで何の役にも立たないと気付いたシャニはそこらに落ちていた棒切れを掴んで食べ物を奪おうとした自分と同じような境遇の孤児を殴った。
怪我をさせてはいけないとか、殺してはいけないとか、そんな常識も知らなかった。ただ生きる為に武器が必要だった。

「シャニ!」
「…え?」
「お前、何やって…」

見事な金髪に翡翠の瞳。こんな掃き溜めのような場所には似合わない清廉な容姿を持った少年が眉を顰めさせてシャニを止める。
シャニと同じく孤児であるはずなのに、彼はシャニの知らない常識を必死に守りたがっているようだった。
同じ孤児仲間である彼がいつも食べ物を奪われてばかりいるのは知っていた。
けれど、奪われてはまた食べ物を探すばかりで、それを力で防ごうとしなかったから、シャニは彼に力がないのだと思っていた。
だからシャニは彼と自分の食べ物の為にこうして武器を取ったのに。
それなのに、その時シャニを止めた腕の力は強く、どんなに離そうともがいても振りほどくことも出来ないほどだった。
彼なりに、普通の常識を守りたかったのだろうか。

「…どうして」
「どうしてじゃない!殺しちゃ駄目だ!」
「違う、どうしてこんな力があるのに…オルガはこれで生きようとしないの?」
「…は?」

生きる為には食べ物や水が必要で、それを手にするにも守るにも力が必要で、力がなければ死んでいく。ただそれだけのことだ。
シャニのしようとしたことは、世間一般であれば悪いことなのかもしれない。けれど、こんな荒んだ世界ではただの常識だ。
それを止めようとするオルガがわからなくて、それが出来るだけの力を持っているくせに奮わないオルガがおかしくて、シャニは不思議な気持ちで彼を見つめた。

「俺が手に入れた食べ物だよ。どうしてそれを奪おうとした奴を殴っちゃいけないの?もし奪われたら、オルガの分の食べ物だって減るんだよ?」
「けど、これはやりすぎだ!」
「やりすぎって何?どれくらいがちょうどいいの?誰も、そんなの教えてくれなかったよ?」

思った疑問を次々に口にしていくと、オルガは少し困ったような顔でシャニを諭すように言った。

「だって、仲間だろ?…俺たちと同じ、孤児だ」

仲間?孤児という同じ境遇であるかもしれないけれど、今殴った少年は別にシャニの友人でもないし、まして仲間だと思ったこともない。
オルガは好きだ。綺麗だし、気付いた時には同じ地区の孤児として一緒に生きていた。言うなれば兄弟のようで、それを、それと同じ目線で見ることなど出来る訳がない。

「じゃあオルガは、俺とそいつみたいな、顔を知ってる程度の奴が同時に殺されかけてたら、どっちを助けるの?」
「それは」
「俺じゃないの?俺を助けてくれないの?」
「そりゃ、お前を助けるさ、けど!」
「ほら、同じじゃないじゃん」

シャニの言葉は、子供がゆえのまっすぐさがあった。単純でこれ以上ないほどにシンプルだ。
生きたいから食べる。食べたいから盗む。手に入れたものが奪われたら相手を害する。そうして手に入れたものを食べて生きていく。オルガは大事。自分も大事。けれどそれ以外は必要ない。
それだけだ。
そして、こんな掃き溜めにいるしか出来ない子供が守ることの出来るものなんて微々たるものだということもシャニはわかっていた。
だから、もしオルガが同じことをしたら、同じことをする前に食べ物を恵んでやることだってするだろう。
けれど、そうでないものに対して、どうして寛容であれと言う?
それでもオルガは自分を犠牲にしてでも誰かを救いたいと思っていたのかもしれない。力を行使しないのは、その自己犠牲の精神に因るものだったのかもしれない。
シャニはオルガと食べ物を分け合う時だって、シャニよりずっと少ない量で充分だと笑っていたことをずっと不思議に思っていた。成長期と言うのなら、自分よりオルガの方がそれに当てはまるのに、と。
あれだって、ひょっとしたら、シャニの為に自分を犠牲にしていたのかもしれない。

「…わかった。いいよ、オルガは今のままで」
「何を」
「汚いこと、全部俺がしてあげるから」
「シャニ…?」
「食べ物も水も毛布も、全部俺がなんとかしてあげる」

抱きしめて、痩せ細った身体を優しく撫でながら言ったシャニの言葉に、オルガは何か言いたそうにしていたものの、結局何も言わなかった。
それでも倒れたままの少年を気にし続けるオルガの目を片手で隠して、オルガに耳を塞ぐように告げる。
言われるまま素直に従ってくれたオルガに少しばかりホッとして、それから棒切れを握りなおし、思い切り振り上げたそれを少年の上に叩き落した。

(ほら、これでもう大丈夫)

オルガが少年を気にする必要もない。少年がこれから無事に生きていけるかどうか、あのままだったらオルガはずっと気にし続けるだろう。また大人しく食べ物を奪われてやるつもりかもしれない。
これでいいんだ、となんだかやけに清清しい気持ちでシャニは笑った。
オルガの目を隠していた手のひらに水分を感じたけれど、それでもシャニは笑った。

「オルガはね、目も耳も塞いで、俺だけの為に生きてくれたらいいんだよ」

   

それからどれだけの月日が流れただろう。
シャニの言いつけを守り、オルガは目と耳を塞ぎ続けた。時折物凄く哀しそうにしていたけれど、それでもシャニの願いをオルガは聞き続けた。
初めて手にした武器の棒切れは、今はナイフに変わり、シャニは生きる為に必死で戦っていた。
その分、オルガの悲しみも苦しみも気付けなかった。
ただシャニは必死に、オルガと共に生きていた。

寝床にしていた廃屋に、ある日数人の屈強そうな男を伴って、一人の男が現れた。
聞けばGの稼動に必要な生態CPUを作る実験の被験体となってほしいのだと言う。
もちろん実験に協力してくれればそれなりに衣食住の保障はしましょう。それにその実験が成功すれば軍の正式な人間としてそれまで以上に優遇することも可能です。
その男の言葉は、どこか裏があるようにも思えたけれど、それでもシャニにとっては有難いものだった。
ただ。

「…それ、俺だけじゃ駄目なの?」
「シャニ!?」
「そうですねぇ…出来ればお二人共に力を貸していただきたいんですけど」
「出来れば、なら、俺だけでいいよ。オルガにはそんなことさせない。でも俺が二人分働くからオルガも連れて行って」
「おやおや…また無理難題を」

男は困ったような表情だけを作り、状況を面白がるように笑っていた。
ぎろりと男を睨むように見据えていたシャニの服の袖を何かが引っ張る。不思議に思って振り返ると、オルガが何かを決意したようにシャニを見つめていた。

「……俺もやる」
「え?」
「もう、目も耳も塞ぐのは充分だ。…もうお前一人、がんばらなくていい」
「…美しい友情ですね、…いや、愛情、の方がこの場合は近いのかな?」

至極愉快そうに言う男の言は癪に障ったが、オルガはどれほどシャニが止めても聞かなかった。
もういい、大丈夫だ。ありがとう。
それだけ言って、頑なにその意志を曲げなかった。
だからシャニは、仕方なくオルガの言葉を聞いて、共に生態CPUになる為に掃き溜めから出た。
それだって、全てはオルガを守りたいが為だった。

実験は順調に進み、金と時間をかけられ、掃き溜めにいた時よりずっと贅沢な暮らしをさせてもらった。
餓えることもなかったし、寒さに身を震わせることもなかった。
オルガももう目も耳も塞がなくなって、哀しそうに眉を顰めることをしなくなった。
それなのにいつだって怖ろしくて、その怖ろしさから逃げたくて、オルガを守り通したくて、今度はナイフより強い武器を求めた。
それで彼を守れると本気で信じていた。
いつか、彼が屈託なく笑ってくれるのだと思っていた。

   

実戦投入されてから一度だって満足な成果を挙げられずにいたシャニたちは、言外にこの任務を遂行できなければ廃棄処分だと言い渡されて、戦場に出た。
何度となく煮え湯を飲まされてきた機体に必死で食らいつく。
生きる為に必死で、生きる為にそれを倒さなければならなくて、けれどその機体は、あの日自分が屠った少年よりずっと強かった。

   

武器を取らなきゃお前を守れないよ。
だけど、武器を持って戦い続けていたら、お前を抱きしめられないんだね。
知らなかった。

「シャニ!」

生きていくだけで手一杯で、そんなことも知らなかった。
ごめんね。
もう、お前を守れないや。

                  


久しぶりに種更新。
守れるものが少ないなら、守れるだけのものを必死で守って生きていく。
でも守られた人がそれゆえ感じる悲しみなんて知らなかった。
知ってたら、抱きしめてあげられたのに。

2010/10/27 改訂

                             

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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