君と一緒に
夜、コンビニにでも行こうと部屋を出、階段を下りると、何やら異臭が漂ってきた。次いで一瞬ぐらりと眩暈がする。
何事だと思って見ると、テーブルに向かって真剣な表情をしている唯がいた。

「おい、お前…何やってんだ?」
「ほえ?」

テーブルの上には瓶やガラスの容器が並べられていて、近寄ると異臭が強くなったから、おそらくこれが原因なのだろう。
唯が何をやっているのかなんて、荒垣にはさっぱりわからない。ただ、爪に何かを塗っているようなのは理解できた。
そう言えば、唯の爪はいつだって何かしらの飾りがつけられてたように思う。

「えっと、ネイルアート、やってるんです」
「へえ…」
「あ、あの、大丈夫ですか?多分すごい臭いだと思うんですけど」

大丈夫か、と言われれば耐えられないことはないという程度だ。あまり好ましい匂いではない。これを換気扇のない自室でやっていたら唯だって耐えられないだろう。
そこでようやく、ラウンジに誰もいない理由と、唯がこんなところで1人でいる理由に気付く。

「他の奴らは避難したってことか」
「というか、珍しく誰もラウンジにいなかったんです。だから」

会話をしながらも唯は手元から目を離さない。人と会話をしている時に相手の目を見ない唯というものが珍しくて、荒垣はその動作を見つめた。
ガラスの容器に入った液体に筆をつけ、それから小さな器に入った粉の上に筆を乗せる。筆先に丸い珠のようなものが出来て、今度はそれを爪に乗せた。
それを何度か繰り返していくのを見ているうち、それが何を象っているのか荒垣にもわかった。

「花、か?」
「はい、お花です!」
「器用なもんだな」

一瞬、荒垣を振り返って見せた笑顔はやけにうれしそうで、何がそんなにうれしいのかと思う反面、微笑ましいと思う。
唯は褒めると素直に喜ぶ。哀しい時には泣き、うれしい時には笑う、そんな当たり前の感情表現がもう随分前から自分には出来なくなっていた。だからこそ、それを出来る唯がとても稀有な存在に思え、それと同時に彼女を好ましく思う。

「…ゆ、」
「出来たぁ!…あれ、先輩?」
「いや、なんでもねえよ」

名前を呼ぼうとした。それはわかる。けれど今自分はその後何を言おうとしたのか。そして自分は今、何を考えたのか。
唯が阻まなければ、取り返しの付かないことを口にしていたような気がして、戸惑う。
満足そうに爪を確認して頷いている唯は、おそらく気付いていない。気付いて欲しくないと思う反面、気付いてくれと願う自分がどこかにいた。
自嘲のような笑みが浮かび、同時に小さく、溜息がこぼれた。

「ところで荒垣先輩、どっか行くとこじゃなかったんですか?」
「ああ、コンビニ」
「あ、じゃあ唯も行っていいですか?」
「別に…構わねえけど」

ああまた。
自分なんかに関わるなと言いながら、関わりを甘受してしまう。
脳内では警鐘が鳴り響いているのに、実際自分が口に出来たことと言えば、道具を片付けている唯に、早くしろよ、と急かす言葉だけだった。

  

夏が終わり、秋にもなれば夜は肌寒い。そろそろジャケットの必要な季節だ、とぼんやり思いながら夜道を歩く。
隣で一緒に歩く唯も同じことを思ったのか、上着着てくればよかったかも、と呟いた。

「寒いのか?」
「大丈夫ですよー」
「身体冷やすなよ。女なんだから」

心配して言ってやれば、ころころとうれしそうに笑う。
じゃあ、と何かを思いついたように唯は言った。

「手、繋いでいいですか?」

言うが早いか、手が触れる。思ったより冷たい感触に、自分とは違う体温に、唯と自分とは違う存在なのだと、そんな当たり前のことに今更気付かされた。
そうだ、決して交わってはならない。彼女は自分とは違う生き物だ。わかっているのに、どうしてこの手を離したくないと思うのか。

「冷てぇな」
「末端冷え性なんです」
「しょうがスープでも飲んどけ」
「じゃあ作ってくださいよー」
「今度な」

なんでもない会話。他愛ないやり取り。手のかかる妹のようにも思うのに、決して妹に対して向けるものではない彼女への想いがあった。
すっと距離が縮み、繋いだ手の指が絡んだ。ぴたりと寄り添うように腕が組まれる。
内心の動揺を悟られないように、荒垣は息をついた。

「手、繋ぐだけじゃなかったのか」
「してみたかったんですよね。恋人つなぎとか、腕組んだりとか」
「俺相手にすることじゃねぇだろ。好きな奴にでもしろ」
「…わかってますよ」

だからなのに、とふてくされたように、どこか哀しげな様子で唯が口にした言葉は、思いの外強く荒垣の心を揺さぶった。
何か言わなければいけないと思うのに、言葉が出てこない。仕方なく、代わりに絡めた指に力を込めた。
密着しているところから同化していくように、違う体温だったものが、同じ温度になっていく。
触れたところから溶けて爛れて1つになって、彼女になりたいと思った。彼女のように、彼女の隣で生きたいと願った。そんな願いなど、叶わないとわかっていて。
揺さぶられた心が、ただ狂いだしそうなほどに、彼女を求めていた。

     


ポイントは3Dアートしてる時のあのシンナー臭に耐えてでも唯の傍にいたい(無意識)荒垣先輩です(そこ!?)
いえ…あの、ごめんなさ…っ!

2010/10/28 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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