「ねぇ、唯の好きな人って誰?」 部活帰りに立ち寄ったワックで、部活の仲間と一緒になって訊ねてみると、ハンバーガーに齧り付こうとしていた唯は途端に顔を赤くして慌てたように笑顔を作った。
「え、ど、どうしたの、理緒ちゃんたち、いきなり…」
訊ねてから答えるまでの間と、不自然などもり方。赤くなった頬が明らかに『います』と言っていた。
どうしてこんな質問をすることになったのかと言うと、元を正せば部活仲間のおせっかいからだ。友近への恋心を自覚したのとほとんど同時に失恋した理緒に部活仲間は合コンへ行ってみないかと誘ってくれたのだ。
理緒は合コンというものにさして興味もなかったが、それが彼女たちなりの気遣いなのだということはわかっていたので断るにも断りづらく、ちょうど隣にいた唯に理緒は助けを求めたのだ。
『えっと…あ、ゆ、唯が一緒なら行こうかな』
『えぇ?ゆ、唯だめだよっ、無理!行ったら怒られちゃう!』
『え、誰に?』
『怒られるような相手でもいるの!?』
と合コン話から一気に話題を掻っ攫った唯の彼氏持ち疑惑の検証の為だった。
「あ、そう言えばさ、前に合宿で聞いた時はいるって言ってなかったっけ?誰かまでは言わなかったけど」
問い詰める部活仲間と問い詰められている唯をぼんやりと見ながらそう口にすると、途端に矛先が理緒に向かってきた。
「ちょっと岩崎!そういう大事なことなんで言わないの!?」
「え、大事なの?」
「もー!この天然ボケ娘が〜!」
まあまあ、と詰め寄る女の子を宥めて唯に向き直る。
自分が天然ボケなら、唯はもっとボケボケだ、と思うけれど、今はそんなことを追及する時ではない。
思い出したら気になり始めたのだ。理緒だって、恋心を自覚してからというもの、それなりに恋の話には興味が出てきた。それが他でもない唯の恋愛であるなら、知りたいと思うし、応援もしたい。
自分がまさかこんな風に人の恋愛に首を突っ込みたがる時がくるとは思わなかったけれど。
「言いたくないなら無理して言わなくてもいいけど、唯の恋だったら応援したいからさ、どんな人かくらい教えてよ」
「う…」
「ほら、白状しちゃいなさいよー」
「うう…!」
追求されることに慣れていないのか耳まで赤くしてジュースのストローを口に咥えたまま視線があちこちに移動する。
自分よりこういったことに慣れているという思い込みがあった所為か、なんだかその仕草が可愛くて笑ってしまった。
「わ、笑わないでよ、理緒ちゃん…っ」
「ああ、ごめんごめん、なんか慌てるあんたってなかなか見れないから」
一瞬頬を膨らませて、それから観念したのか、唯はぽつりと言った。
「…いる、よ?」
「いや、それは流れ的にわかってるから!」
「あ、ほんとに?」
「あーもう!ここにも天然ボケ娘が!大丈夫なの、テニス部!」
「あははは!」
学校帰りにワックに立ち寄って、声をあげて笑って、こんな恋の話が出来るならきっと大丈夫だろう。ぎすぎすした雰囲気のあの頃より、ずっと楽しい部活仲間との語らいではないか。
唯も一緒になって笑っていたけれど、ふと笑いを抑えて、優しい表情をした。
「…優しい人だよ」
「曖昧すぎるっ」
「んと、背が高くて…動物が好きで…料理がうまくて…あとなんだろ?」
「いや知らないから」
「あ、そうだよね。えっとね、…そう、声がカッコいい…と思う。それでね、すごく優しい瞳をするの」
「へえ」
なんとなく、ああこれが恋する乙女の表情なんだな、と思う。
思いを馳せるように目を細めて、指折り数えながら挙げる形容詞だけでは、理緒には唯が誰のことを言っているのかもわからないけれど。
「一緒にいるとあったかくて、好きにならずにいられなかった」
あまりに幸せそうに笑うから、部活仲間と一緒に思わず顔を見合わせて溜息。
まさか唯からのろけを聞かされると思わなかった。
問い詰めたのは自分たちだけれど、こんなにも真摯に答えてくれるとは思っていなかった。それは顔を見合わせた部活仲間も同じらしくて、呆れたような、微笑ましく思っているような、どこか複雑そうな顔をしていた。
「…ごちそうさま!」
「ほえ?もういらないの?」
「唯ののろけ話でおなか一杯!あ、ポテト、唯と岩崎にあげる!あたしそろそろ帰るわー」
「あ、ありがと。またね」
「?ばいばーい!」
部活仲間を見送って、しばらく唯と二人でしけったポテトを食べながら他愛ない会話を交わしていると、携帯が鳴った。
ごめんね、と言われて、それに笑顔で返し、ポテトを咥えながら外の景色を見る。気付けば青みがかってた夕焼け空は茜を超えて紫が混じっていた。
少し長居し過ぎたかなと思って唯を見ると、嬉しいのか困っているのか判断に迷う表情をしていた。
「大丈夫ですよ、そんなに子供じゃないです…え、そんなの悪いです、だめ、…え?ち、違いますよっ」
電話先の声は理緒の耳には届かない。
ただ、慌てたように言葉を紡ぐ割に、嬉しそうな響きがあるから、もしかしたら先ほど唯が言っていた好きな人かもしれなかった。
「…え?えっと、ワックですけど…あ、ちょ、荒垣せんぱ…っ!」
電話が切れたのか、はあ、と大きな溜息を吐いて唯はテーブルに突っ伏す。
ぽんぽんと頭を叩きながら、どうしたのか問うと、迎えが来るらしい。
「なんか、その、いつも帰る時間より遅いから、何やってんだって…」
「なんていうか、…過保護だね」
「…心配してくれるのはうれしいけど」
「嬉しいんじゃん。確かにもう遅いし、いいんじゃない?私もそろそろ帰らないと」
「え、行っちゃうの?」
ゴミを片そうと立ち上がりかけた理緒の服を唯が掴む。不安そうな顔に思わず笑って、デコピンをお見舞いしてやった。
「迎えに来るの、好きな人なんじゃないの?」
「……う」
「お邪魔虫になるのも、これ以上ののろけ話も遠慮しとく。じゃあね!」
「あっ、理緒ちゃん!」
唯の手を振り解いてさっさと立ち上がる。
適当に分別してトレイを片付け、自動ドアを出ようとしたところで背の高い男の人とぶつかった。
「あ、悪ぃ…」
「あ、こっちこそごめんなさい」
自動ドアを潜り抜けて、なんとなく振り返って見た店内では先ほどぶつかった男の人が唯に話しかけている。
唯はと言えば、一生懸命、本当にうれしそうにそれに返していて、傍から見ていても身体全部で好きだと訴えているようだった。
「いいなあ」
友近とあんな風になりたいとも思わないし、あんな風に可愛らしい態度で友近に応対する自分なんて想像も出来ないけれど、なんとなくうらやましい。
恋する唯はいつも以上に可愛く見えて、唯のように素直になってみたい、とぼんやり思った。
「……あたしもがんばろっかなー」
友近も、好きな女の子相手なら、夜道を心配して迎えに来てくれるようなことをするんだろうか。
心配性な彼氏さん。
唯の帰りが遅くて心配で電話してしまった荒垣先輩。電話は、迎えに行ってやろうかと行ったものの、断られたので男と一緒にいるのかとか聞いたんだと思います。
でもそのくせ唯が男といるなんてこれっぽっちも思ってなかったりする荒垣先輩。
理緒ちゃんは好きです。なんか不器用なトコが。キタローで友近と接した後にハム子で理緒ちゃんコミュ進めると、おま、叶先生より理緒ちゃんだろ!女見る目ないな!と友近に突っ込みたくなる。
2010/10/28 改訂
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