おかえりなさい
人は強くなければ生きてゆかれず、また優しくなければ生きてゆく資格がないという。
彼女には生きてゆけるだけの強さがあって、彼女は生きてゆく上で最も大切な優しさを持っていた。
ならば彼女は生きなければならない。生きなければ許さない。
…絶対に、そうでなければ。

「死を封印…いえ、隔離ですか…。思い切ったことをしますね、唯様」

唯の出て行った扉を見つめテオドアは溜息を吐く。
ほとんど独り言に近く呟くと、手を組んだまま名残惜しむように唯の座っていた椅子を見つめていたイゴールがこちらに視線を寄越した。

「…唯様の身体は…負荷に耐え切れるでしょうか」

ギョロリとした目がテオドアを捉え、次いでイゴールは余り表情の変わらないままに答える。

「思いの強さ…絆の力…ユニバースのカード…。それらをあわせても五分五分と言ったところでしょうね」
「……」
「耐え切れたとしても、大きな犠牲を払わざると得ないでしょう。ですが五分あるだけでも奇跡だと思いませんか?」
「…わかっております」

決して勝ち得ぬ絶対の者から世界を救おうと言うのだ。本来なら彼女一人の犠牲でどうにかなるものでもない。ユニバースの力を得たとして、万事が万事解決するとも思えない。
たとえ僅かな命の灯火でも残ればそれこそ奇跡と言っていい。
ベルベットルームを出て助けに向かうことも出来ない自分に苛立ちを隠せなかった。たった一人で戦っているだろう彼女の為に今の自分が出来ることと言ったら祈ることしか許されないのだ。
強く優しい客人よ、どうか生きてくれ、と。
我知らず縋るように扉を見つめたまま動けずにいると、イゴールが少し淋しそうな声を出した。

「五分の奇跡が起きたとして…彼女がお客人としてここへやってくることはもうありますまい…」
「…そうですね」

記憶の問題でなく、彼女はもうここへは訪れないだろう。
彼女にとってベルベットルームは必要がなくなるのだ。そうすれば扉は消えるだろう。そして、二度と彼女と自分が会うことはなくなるだろう。
わかっていたはずなのに、何度となく連れ出してもらった街の記憶や彼女の香りに包まれた部屋を思い出すと胸が痛くなった。
生きていてくれればそれでいい。そう願う心は嘘偽りのない真実だ。
けれど、抱いた想いが罪であっても、自分は彼女をこの手に抱きたかった。出来るなら永遠に彼女の為に在りたかった。
罪を重ねる訳にもいかず、時を止めることも能わず、彼女を送り出すことしか出来なかったことが悔しい。
距離を置いた自分に、彼女はそれでも何度となく外へと誘ってくれたけれど、自分はと言えば本心を隠して断り続けることしか出来なかった。
ただの一度も、愛していると言えなかったけれど。
胸中で渦巻く恋い慕う想いを押し込んで痛切に願う。
想いを叶えられないのならば、せめて、彼女は彼女の世界で幸せに日々を生きてほしい、と。
知らず噛んでいた唇が切れて鉄の味がしたけれど痛みも感じないほどに胸が苦しかった。

「お前はあのお客人に少し入れ込み過ぎたようですね」

不意に言葉をかけられ、戸惑いながらもどうにか笑みを浮かべる。
そんなことはありませんよ、と言おうとして開いた口は余りに乾いていて言葉さえ出てこなかった。
このままではいけないのだろう。
いずれやってくる新たな客人を迎える為の準備をしなければならないことはわかっている。彼女と自分は決して交わらぬ運命の元に生きていることもわかっている。
もう訪れることのない彼女の為にその準備を滞らせてはならないことくらい、嫌と言うほどわかっていた。
それでも、結末を見届けるまではせめて、と口には出さずも願ってしまう。
そう、せめて、彼女が彼女の望んだ平和な日常に還るまでは、と。
テオドアの願いが通じたのか、イゴールがぽつりと呟いた。

「…せめて、あのお客人が日常に還るのを見届けるまでは、新しいお客人の為の準備は控えておきましょうか」
「イゴール様…!」

弾かれたようにイゴールを見やると、彼はやはり唯の為の椅子を見つめたままだった。

「なあに、心配は要りません。きっと彼女なら死をも飲み込んで、必ずや日常へ還ることでしょう」

イゴールの表情は普段と変わらなかったけれど、声に僅か憂いが見えた。
彼もまた、願っているのだろう。テオドアが祈るように、彼女は生きるべき、と。
客人に合わせて形を変えるベルベットルームがそのままであること、それを変える気配がないこと、扉がまだ、そこにあること。
それはまだこの場所が彼女の為にあることを示している。自分もイゴールも、まだ彼女の為に存在しているのだ。
結末を迎えれば彼女の為のベルベットルームは消えてしまうけれど。

「…唯様…」

力と資格を持つ、愛すべき客人よ。誰が為でもなく、貴女の為に私は祈る。
死んではなりません。生きなければ許しません。生きて、貴女の望んだ世界へおかえりなさい。

そして出来るなら。
扉の消えたポロニアンモールの路地裏で、一時私の為に哀しんでください。
もう会えないのだと哀しんでください。
そうしたら私は、消えてしまった貴女の為の扉の奥で、伝えたくとも伝えられなかった言葉を叫びましょう。

たとえそれが、貴女の耳に届かなくても。

              


ニュクス戦後、ユニバースを手に入れた後のベルベットルーム。
3月3日卒業式前、ポロニアンモールの路地裏行って扉が消えていた時のあの淋しさったらないよねっていう。
一応うちの主人公さんはED後も生存設定なのでそう取れるようにも書いてみましたけど、これで死んじゃったら相当痛くて、(佐倉さんだけが)楽しい話になる気がします。

2010/10/28 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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