真夜中のともだち
ほんの僅かに血が繋がっているだけの親戚は、時に赤の他人よりも遠く、心を通わせることが難しい。
両親を亡くしてから唯は親戚中を盥回しにされた。目まぐるしく変わる生活環境に両親の死を哀しむ暇もなかった。
自分が厄介になることで親戚に迷惑がかかることを知っていた唯は、少しでも気に入ってもらえるよう出来る限りのことをした。良い子であろうと努力して、少しでも愛されようと必死だった。
厄介者として扱われて、名前さえ呼んでもらえなくても、唯は自分を育ててくれる人たちが好きだった。

「そうなの?」
「うん。唯ね、嫌いな人って、今まで出来たことない」
「へえ。それは素敵なことだね」

ただ、どうやってもその思いが報われることはなかったけれど、と呟くと、途端に彼は顔を曇らせた。
それに曖昧に微笑んで続ける。
最初に預けられた親戚の家。しばらく経って生活にも慣れた頃、夜中に親戚の叔父と叔母が話しているのを聞いたんだ、と。

あの子には、何か良くないものが憑いている。

その数日後、唯は他の親戚に預けられることになった。気味の悪い化け物を見るような目で彼らは唯を遠ざけた。
それからどの親戚の家に預けられようと同じことの繰り返し。元々数少ない親類縁者は唯を忌避するようになり、引き取り手も減っていった。
どうにか気に入ってもらおう、少しでも好いてもらおう、とがんばっても、唯にはどうしようもないことで敬遠されてしまう。

良くないものが憑いている。怖ろしい。

そんなことを言われたって、唯にはどうにも出来ないことだ。
親戚を憎むと言う考えのなかった唯は、ただただ悲しみに暮れ、無駄とわかっていても好かれる努力をし続けた。

「腹が立ったりしなかったの?」
「それはなかったなあ。ご飯食べさせてもらえて、眠るベッドが与えられてるだけでも幸福だったと思うし」
「そっか…」

気付けば高校生になり、何人目かの親戚がまた同じように話しているのを聞いた。

夜中にあの子の部屋に行ったのよ。そうしたら、気味の悪い化け物があの子の傍に立っていたの。何かあってからでは遅いわ。早く、早くあの子をどこかにやってしまいましょう。

悲しみよりも諦めの気持ちが強かった。親戚の言う『良くないもの』は唯には見えない。親戚以外の人間にも見えないようだったので友人関係は良好だったものの、自分に感知出来ない何かを怖れられるのは哀しかった。
そんな時に月光館学園を勧められ、寮住まいも可能と言われて一もなく二もなく頷いた。
形ばかり名残惜しそうに言葉を綴る親戚の真意を知りながらも、唯は微笑みながら別れを告げた。
頭を下げ、今までありがとうございました、と。
けれどその言葉にも親戚からは何も言葉は返ってこず、少しの痛みと共にその家を出た。
哀しかった。淋しかった。両親の代わりになって欲しいとまでは思わなかったが、せめて少しでも好いて欲しかった。
別れを告げた時、別離に涙してくれたのは学校の友人や教師だけだった。

「…それは知ってる」
「だよね」
「うん、…僕はいつも君の傍にいるから」

影時間にばかり現れる少年に唯は微笑んで返す。
オルフェウスを初めて喚んだ時。暴走したペルソナは確かに怖ろしい外見をしていた。ひょっとしたら、あれが親戚の怖れたものだったのかもしれない。
けれど唯は怖ろしいだけではない何かをそれから感じ取り、それと似た空気を、この少年からもまた感じ取っていた。

「…ファルロスは唯のなんなんだろうね?」
「君の親戚の言葉を借りるなら、良くないもの、じゃないかな?」
「そうなの?」
「どうだろう。よくわかんないや」

それでもあの時、あの怖ろしい外見をしたペルソナは、唯を守ってくれた。ファルロスとあのペルソナが、いつからか唯の中ではイコールで繋がっている。
もしもファルロスが親戚の言う『良くないもの』でも、彼は自分を害さないだろう。屈託なく友達になろうよと言って笑ったファルロスをそんな怖ろしいものだとはどうしても思えなかった。
横並びにベッドに座るファルロスの顔を窺うと彼は少しだけ、淋しそうな表情をしていた。

「僕は、君を害そうとする者が嫌いなだけだよ」
「え?」
「ふふ、なんでもないよ。今日は帰るね」
「え、もう?」
「うん。またね。僕の大切な君」
「あ…」

それきりファルロスは何も言わず、唯の傍から消えてしまった。
突然にやってきてはそれと同じだけの唐突さで消えてしまう少年。少年の姿が仮初めであることを唯は感づいていた。彼は人ならざるもの。あのペルソナと、おそらくは同様のもの。けれどなぜか少しも怖ろしいとは思わなかった。
ずっと一人きりだった彼。彼はどんな気持ちで自分を見守り、共に過ごしてきたのだろう。友達になろうよと言った時、どんな気持ちだったのだろう。
彼を怖ろしいと言って唯を敬遠してきた親戚を責める気はない。もちろん、彼を責める気もない。たとえ化け物の姿が彼の本当の姿であったとしても、それは変わらない。
忌避される原因となったのが彼であっても、両親を亡くした空虚を抱え、哀しむ暇さえ与えられず、泣くことも出来なかった唯の傍にいてくれたのは彼なのだ。それを唯が知らなかっただけで、彼はいつだって傍にいてくれた。
実際にそれを知ったのは最近だったけれど、それでも、いつだって誰かの気配があったことを唯は知っている。それがファルロスだと今ならわかる。そんな彼を責めることなどどうして出来ようか。
誰もいなくなった部屋で唯はころんとベッドに寝転がった。
今はもう、誰も唯を敬遠したりしない。唯以外の人間が彼を見ることもない。彼はもう一人ではない。自分と友達になると約束したのだ。

「ずっと、変わらなければいいのに」

影時間にだけ出会う、少し変わった友人として。
いつか破綻してしまいそうな漠然とした予感がして、唯はそっと身を震わせた。

     


ファルロスとの会話。
唯の中ではファルロス=タナトス≠宣告者な感じ。まあファルロスがまだやってきてる時点で宣告者とかニュクスとか知る訳ありませんけどね!(笑)

2010/10/28 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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