不毛な両思い
今まで、これほど緊張したことがあっただろうか。
全校生徒の前に立って時にだって緊張もしない自分が、たった一人の少女を前に未だかつてないほどの緊張感を抱いている。
唯を誰もいない屋上に呼び出したのは自分のくせに、やけに心臓がうるさい。覚悟を決めてきたはずなのに、と表情には出さず、小田桐は自分の情けなさに心の中で舌を打った。

先だって、教師が言った。小田桐も所詮は悩める青少年と言うことか。女に骨抜きにされて、と。
無能と言っても案外とそういった面では鈍才という訳ではなかったらしい。
あの教師の言う通り、確かに自分は彼女に惹かれているのだから。

間違ったやり方でも、否定せずに見守ってくれた。
たった一人で被疑者リストの製作をしていた時だって、手伝うよと言ってくれた。
時折向けられる、陽だまりのような笑顔を見る度、心は傾いていった。
深く心に染み渡るような優しい労わり方にどれほど救われたかわからない。
彼女ほど聡明で優しく、心の美しい女性を小田桐は知らない。
惹かれるなと言う方が無理な話だろう。小田桐だって普通の人間なのだ。

「七瀬君。…いや、七瀬…さん」

意識して言い替えた呼び慣れない彼女の呼称は、やはり奇妙な違和感があった。けれど、これくらいで戸惑っていては、この先に続いていく言葉など到底口に出来るはずもない。
軽く深呼吸をして唯をまっすぐに見つめる。

「どうやら僕は、君に…惹かれているようだ。」

きょとんとした顔でこちらを見つめる唯は、心底小田桐の言葉の意味を図りかねているようだった。
その姿に苦笑を禁じえない。

「端的に言えば、好き…ということだ」

噛み砕いて説明をしてやれば、ようやく彼女は驚いたように声を上げた。
大きな瞳が零れ落ちそうなほど見開かれていて、よほど予想外だったと見える。
自分ですらこの感情を抱いたばかりの時はひどく狼狽したものだ。自身にこんな感情があったなんて、と。

「僕だって人並みの感情はあるさ。まあ、驚くのも無理はないがな」
「驚くよ…そんなの…」
「だろう?僕だって驚いているんだ。こんな風に人を想えるなんてな」

口にしてしまえば何と言うことはなくて、妙に清清しい気持ちで小田桐は笑った。
それに自分はただ彼女にこの思いを知ってほしかっただけだ。叶えたい訳ではない。
彼女にも自分にも、まだやるべきことは山積みで、自分はまだ、彼女に相応しい人間にすらなれていない。
ただ、知って欲しかった。
唯に救われ、唯を大切に思う、この気持ちを。
答えに迷っているのか唯は目を伏せる。決定的な言葉を聞きたくなくて小田桐は背を向けた。

「返事はいい。今はただ、伝えたかっただけだ」
「え?」
「いつか、いつか僕が…自分自身に満足できる日が来たら、もう一度言わせてくれ。そして返事はその時に返してくれればいい」

そう。そうすれば、その間、自分は夢を見ていられる。
いつか、彼女に相応しい人間になる為に必死で生きていける。
彼女の隣にいて、彼女に微笑みかけてもらえるような人間になれるように。

「話はそれだけだ。戻ろう」

一方的にそれだけ言って、立ち去ろうとした小田桐を、唯の焦ったような声が呼び止める。
振り返れば、射抜くような視線が小田桐を見つめていた。
どきりと鼓動が跳ねる。どんな表情をしていても美しい彼女は、やはりこの時も美しく、小田桐の心を捉えた。

「返事はいらないって言ったよね」
「え?ああ…」
「じゃあこれは返事じゃないよ、唯も、ただ言いたいだけ」
「…?」

一歩彼女が歩み出て、小田桐との距離を詰めた。
手を伸ばせば触れられる距離だけれど、手を伸ばす勇気のない小田桐には余りにも開いた距離だ。どこか、彼女と自分との心の距離を現すようなその距離を破ったのは唯だった。
そっと小田桐の手を取り、両手で包み込むようにする。
彼女はわかっているのだろうか。ただそれだけの動作で、小田桐の心がどれほどかき乱されているかを。

「…小田桐くんといると、楽しいよ。好きとか、ほんとはよくわかんないけど、小田桐くんに対しての好きはゆかりちゃんや順平くんに対する好きとは違う気がするの」
「七瀬、さん」
「へ、返事じゃないよ?言いたかっただけ!…じゃあねっ」

言い逃げするつもりが、逆に言い逃げされて、小田桐はその場に立ち尽くした。
バタン、と扉の閉まる音が妙に響いて、それから数瞬の後、笑いがこみ上げてくる。
なんてことだ。こんな結果なんて予想しなかった。
唯がいなくなった無人の屋上で、走り去った唯の、かすかに見えた赤い耳たぶよりも赤くなった頬を隠しもせず小田桐は笑った。
おそらくは誰も見たことのない、少年らしい年相応の笑みだった。

「不毛な両思いということか…」

やけに爽やかな風が吹き抜けて、思わず空を仰いだ。

     


P3Pで小田桐コミュの内容が選択肢の違いでえらく萌える内容になったのでつい。
不毛な両思いだーと思ったので(佐倉さんの主観)思わず書いてしまった。
でもこの人たちは付き合ったとしても、結局今までと何一つ変わらないんだろうなーと思ったり。
デートとかするのにも相当時間がかかりそうですよね。

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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