そして、立ち上がれ
悪夢のような満月が過ぎ、朝が来て、夕方になって、天田がいなくなった。
いなくなった天田を心配して滅多になく声を荒げるほど狼狽している風花に、唯は困ったように笑みを乗せる。

「とりあえず、落ち着こうよ、風花ちゃん」
「そうだよ、ねえ、ちょっと落ち着こう、風花」
「そんなっ…!」

天田の行き先に当てもないのに寮を出て何をするのだろう。そしてたとえどうにか彼を探し出したとして一体どうするのだろう。連れ戻して何になるのだろう。
唯にはわからなかったが、風花は今すぐにでも寮を出て天田を探したいらしかった。
唯の心の奥底、冷たい自分が、そんなのは自己満足だと吐き捨てる。
探してあげた事実が欲しいだけだ。それを天田が知ることがなかったとしても風花の中で、自分は彼を探してあげたという事実が欲しいだけだ。
風花の優しさを素敵だと思う。そんな風花を唯だって好きだと思う。けれど、そんなのは自己満足以外何物でもないとも思ってしまう。
そして、それでもしも探し出せたとしても、風花では駄目だ。庇って守ってあげることしか頭にない風花では天田の闇は取り除けない。
人一人を殺そうとした人間がどれほどの闇を抱いているか、そしてその所為で招いた結果にどれほどの苦しみを味わっているか。それは当人にしかわからないし、真綿でくるむような優しさで彼を包んでも彼は闇から抜け出せない。それは自力で抜け出さなければ意味がない。
優しくしたいのなら、それを信じて待ってやることの方が優しさではないのかと唯は思う。

「私たちがもっと天田君をわかってあげるべきじゃないの!?天田君…居場所がないんだよ…私、私わかるもの…っ」
「……風花ちゃんは優しいね」
「唯ちゃんだって天田君とあんなに仲が良かったじゃない!どうして…っ」

冷たく冷え切っていく心を自覚しながらも、唯は複雑な思いで目を伏せた。
唯だってこんなことで風花とケンカをしたい訳ではない。けれど理解が出来ないのだ。庇って、助けて、風花はどうしたいのだろうかと。
天田はそれを望むだろうか。天田は、そんな慰めが欲しくて寮を飛び出した訳ではないだろうに。
おそらく、自分でもどうにも出来ない感情の波を持て余して出て行ったのだ。
乗り越えれば帰ってくる。乗り越えられなければ、所詮それまでの強さしか持たなかったということだ。あれほど、死の淵に立たされていたにも関わらず荒垣が必死に願ったと言うのにそれが届かないのなら、今たとえ彼にどんな言葉をかけたとして何の無駄でしかないのだろう。
けれど、彼は強い。それだけは唯は信じることが出来た。必ずどれだけ時間をかけてもこの場所に戻ってくる。彼なら、きっとそうなってくれる。願いでも祈りでもなくそう信じていた。
だからこそ様子を見ることもしないで、誰かが助けてあげれば済むと思っているような風花の物言いは唯にとって違和感があった。
それは唯が、今まで一人でほとんどのことを切り抜けてきたからかもしれない。
唯だって天田のことは憎からず思っている。本当は優しくて、子供らしいところのたくさんある、可愛い弟のような存在だ。そして、共に戦ってきた大切な仲間でもある。
いくら大事な仲間が銃弾に倒れる原因を作ったのが彼だったとしても唯は彼を憎まない。責めもしない。
そんなことは荒垣だって望まないだろうし、唯だって望まない。
けれど、これ見よがしな優しい言葉を吐いて彼の可能性を信じもしないのはおかしい気がした。

「…誰かがいないと立ち上がれないなら、それまでだよ」
「唯…ちゃん…」
「考える時間は誰にだって必要だよ。一人で考えることも立ち向かうこともやめちゃったら、天田くんは、いつまでだって子供のままだよ…」

集まった者すべてが口を噤み、目を伏せた。
天田は大人になることを望んでいた。子ども扱いされることを何より嫌がっていた彼に、唯は彼を大人でも子供でもなく、一人の人間として接してきた。
彼を子供扱いするのなら、自分たちは確かに手を差し伸べなければならないだろう。
けれど、彼はそれを嫌がっていたはずだ。こんな時ばかり都合よく子供扱いされることを望むのなら、自分は彼を軽蔑する。
何の力も持たない子供であることを彼は拒んだ。年齢的に子供であったとしても、武器を取り、戦うことを決めた彼を無力な子供扱いするのは失礼ではないのだろうか。
天田は、子供らしからぬ覚悟を持って荒垣と対峙したのだろう。ならばその覚悟を決めた強さが今度は彼を救うことをどうして信じてやれないのだ。

「風花ちゃんの優しさは、きっととてもあったかくて素敵だと思う。でもその優しさは、天田くんから強さを奪うよ」

どうしても立ち上がれなくなったら、その時、ほんの少しだけアドバイスしてやればいい。
居場所がないからと苦しんで自殺してしまうほど、彼はきっと弱くない。
今だってきっと、苦しんで、悲しんで、悩んで、一人でがんばっている。がんばっているのなら、待ってやるのが優しさだと唯は思う。

「話し合いは、もうやめましょう?天田くんはきっと戻ってきます。唯は、探しに行きません」

いっそ冷たいほどの声音できっぱりとそう言って、唯はラウンジを後にした。
ラウンジに残された他の人間は、今まで見たことのない唯の様子にしばし呆然としていたようだったが、美鶴がそっと溜息と共に呟いた。

「…優しさの形にも色々あるということか…」
「…え?」
「山岸の思う優しさと、七瀬の優しさは、…いや、違うな。七瀬の思う、天田にとって相応しい優しさは信じて待つことだと言うことさ」

悩め。苦しめ。そして立ち上がれ。
それは必ず自身を強くする。
そうして帰ってきたら、その時は、よくがんばったね、と抱きしめてあげる。

       


天田少年と唯ちゃん。
究極の青田買いだよなーと思います、天田コミュを恋人で進めると。
風花はやさしいなーと思うけど、守るだけが優しさじゃないだろうと思って書いたもの。
普段の唯ちゃんからするとちょっと冷たいというか、印象が違うかもしれません。てゆかちょっと自分でも違和感が(笑)。

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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