初めての出会い
命を救う為には、権利がいるらしい。

両親が死んで、親戚の家に預けられた。
正式な引き取り先が決まるまで、と唯と一臣は二人して同じ家に預けられたが、そのうち離れ離れになることはわかっていた。
けれどそんな時でも、子供はポジティブだ。
一緒に暮らせなくても電話や手紙で話すことは出来る。休みの日には遊びに行けばいい。
一臣にはそういった子供らしい前向きさは余りなかったが、唯はその子供らしく、彼女らしい前向きさで健気に一臣に笑って見せた。
自分たちを預かってくれている叔母が毎夜自分たちの新しい引き取り手を捜しているのにも気付いていたけれど、唯と二人でいられるこの時間が少しでも長く続けばいいと思っていた。

  

「お兄ちゃん」
「どうしたの?」

ある日、学校から帰ってきた一臣を、唯が不安そうな顔で出迎えた。
何かあったのだろうか。玄関先まで唯が出迎えるのは珍しい。もしかしたら、自分たちを一時的とは言え預かることに乗り気ではなかった叔母に手をあげられたのかもしれない。

「何か、あったの?」

唯の不安が伝染したように一臣も神妙な面持ちで訊ねる。
しばらく躊躇うように視線を彷徨わせていた唯は、やがて意を決したように一臣の手を引いた。

「猫さん…ひろったの。お兄ちゃん、たすけて」

   

唯が拾った猫は、割り当てられた部屋の片隅で段ボールの中、即席で作られたタオルのベッドで丸くなっていた。
よく見ると後ろ足に怪我をしている。事故にでも遭ったのだろうか。これでは歩くことも難しいだろう。
野良の動物が歩けないということは、同時に生きることが難しいということだ。自力で餌を手に入れなければならない野良にとって、身動きが出来ないということは即座に死に繋がる。
ガリガリに痩せ細った体は一臣が見ても健康とは言い難く、このまま外に放り出せば幾日もしないうちに死んでしまうだろうと思った。

「どうしたらいい?どうしたらたすけてあげられる?」
「……」

唯の小さな手が一臣の服の袖を掴み、いっぱいの涙を溜めた瞳が一臣を見つめていた。
傷口はひどく膿んでいて、怪我の程度はわからない。どうにかして怪我を治してあげたいと思うのは、唯ばかりでなく一臣もだ。
けれど、子供でしかない自分たちには病院に連れて行くほどの金もなく、また、猫の手当ての仕方など知るはずがなかった。

「猫さん、死なないよね…?」
「とりあえず、出来ることをしよう」

叔母はこの時間、パートに出かけていて家にはいない。いたらおそらくこっぴどく怒られることはわかっていた。けれどそれでも助けたいと猫を家にあげた唯の気持ちを思うと、胸が苦しくなる。
もし両親が存命していれば、優しいあの両親のこと、こんなこそこそと猫の為に奔走することはなかっただろうにと。
台所へ入り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。人肌程度に牛乳を温めて、猫の元へ持っていった。

「どう?飲める?」

猫はゆっくりと起き上がり、不思議そうに匂いを嗅いでいたけれど、やがて牛乳に口をつけた。
元気よく、とはいかないものの、それでも必死に生きようとする姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
次は怪我の手当てだ。人間の消毒薬を猫に使っていいものかわからず、軽く水で濡らしたタオルで傷口を拭くだけにとどめた。ガーゼを当てて包帯でくるくると巻いてやる間、猫は嫌がりもせずにそれを甘受していた。
この処置の仕方が正しいのかすらわからなかったが、ただ猫が元気になってほしい、その一心で唯も一臣も必死だった。

    

それから数日間、学校も授業が終わり次第走って家に帰り、猫の面倒もみた。
叔母に見つからないように部屋の隅で匿うように過ごした。
けれど、猫の餌の袋を捨てる場所を子供の自分たちは間違えてしまった。

「どういうことなの」

叔母が鬼のような形相で自分と唯を睨みつける。
外に捨てに行けばよかった猫餌のゴミを、家のゴミ箱に捨ててしまった所為で、猫はあっけなく叔母に見つかってしまった。

「ごめんなさい。でも、猫は怪我をしていて」
「そんなことはどうだっていいのよ。あんたたち、自分たちがどういう立場かわかってるんでしょうね?人の家に厄介になってる身で、一体何を考えてるんだか…!」
「で、でも!猫さんあのままじゃ死んじゃう!」
「さっさと捨ててきなさい!」
「いや!お願い、怪我が治るまででいいから!
「うるさいわね!」

縋りつく唯を振り払った叔母の手が猫に伸び、首根っこを掴む。からからと音を立てて窓が開けられた。
何をするの、と言う暇もなく、猫は叔母の手によって外に放り投げられた。

「猫さん!」

自分たちに割り当てられた部屋は二階だ。普通の健康な猫ならば、うまく着地することも出来ただろう。
けれど投げられたあの猫は、ふぎゃ、という泣き声を最後に何も言わなくなった。
慌てて窓に駆け寄るものの、猫は身動き一つせず地面に横たわっている。
怪我をした猫が、無事に着地出来るはずがない。最悪の予想をどうにか打ち消したくて、一臣は唯と共に階段を駆け下りた。

「猫さん、猫さん大丈夫!?」
「あ…」

猫はぐったりとしていて口の隙間からだらしなく舌が飛び出ていた。
猫を抱えた唯がぼろぼろと涙を零しながら聞いた。

「ねえ、猫さん動かないよ。ねえ、お兄ちゃん、どうして…!?」

そっと猫の身体に手を添える。ガリガリに痩せた身体は骨ばっていて、足が不自由なこの猫は、おそらくそのまま地面に身体を叩き付けられたのだろう。呼吸をしている様子がなかった。
死んでしまったのだ。
唯だってわかっているのだろう。けれどそれを認めたくなくて、そうではないと一臣に言って欲しくて訊ねていることはわかっていた。しかし一臣には唯の望む言葉はわかっていても、それを口にすることは出来なかった。

命を救う義務を教えられて育つのに、そんなものは幼稚園児でもわかるのに、自分たちにはその権利がなく、救える命を踏みにじる大人がいる。
行き場のない憤りに胸が焼け焦げるようだった。
唯の瞳からはひっきりなしに涙が溢れ、抱えた猫の顔にぽたりぽたりと落ちていく。
どうして自分たちは子供なのだ。どうして自分たちは無力なのだ。どうして猫の命一つ守ってやれないのだ。
悔しくて唇を噛み、一臣も堪えきれず涙を流した。

「きゃああああ!」
「……え?」

悲鳴に顔を上げ、声のした方へ視線を動かす。
唯は一臣よりも早くそれに気付いたらしく、ひっ、と声を上げる。叔母が猫を放り投げた窓から、そっくりそのまま、猫と同じように落ちてきていた。
状況が飲み込めないうちに、叔母は自分たちのすぐ傍の地面に叩き付けられる。
唯は怯えるように猫を強く抱きしめ、一臣は呆然と叔母と叔母の落ちてきた窓を交互に見た。

「え…」

窓から見える部屋の奥に何かが見えた。人ではない何か。けれど一臣の足はその場に縫い止められたように動かない。
人ではない何かは、一臣の視線に気付いたようで、こちらをじっと見ている。頭の中に、声のようなものがこだました。

『女…唯ト一臣…泣カセタ…』

『許サナイ…女…死ヲ以ッテ償ウベキ…』

言葉を受けた一臣は慌てて叔母を見る。叔母は息をしていなかった。まさか、と思って再度窓を見るけれど、人でない何かはすでに姿を消していた。

それが、今思うと、タナトスとの初めての出会いだった。

           


キタハムの本編前的なお話。まあ、半分ほど実話ですけど、猫の話。
タナトスはキタローとハム子両方の中に半分ずつ入っているものと思ってください。

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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