ありがとう
叔母が死亡したことにより、唯と一臣の別れは早まった。
別々の親戚の家に引き取られることになり、手紙と電話でのみ、唯を知ることが出来た。

それから数年が経ち、あの日見た、人ではない何かを見ることもなく時が過ぎ、自分たちは高校生になった。
以前よりずっと、自由に何かをすることが出来るようになった。
怪我をした猫を病院へ連れて行くことくらいは出来る年だ。あの時のように自分の無力さに打ちひしがれることはなくなった。
バイトも出来る年だし、それなりに貯金もしている。高校を卒業したら、今度こそ唯と二人で暮らすんだとそれだけを思ってここ数年過ごしてきた。

二年への進級を前にした春休み、現在厄介になっている親戚夫婦に呼び出された。
何でも、とある学園の寮へ入る手続きが済んだから、そちらへ行けということらしい。
それに不満もなく一臣は頷いた。
PCと少しの着替えと携帯電話さえあればどこにでも行ける。
そして場所は問題ではなかった。学校がどんな場所だとか、どんな環境だとかも興味がない。
というか、この世のほとんどのことに関心がなかった。一臣にとって唯一関心があるのは唯のことだけ。そしてこの場合、唯のいる場所と唯のいない場所、その違いでしかなかった。
親戚の家を盥回しにされることにも慣れていたし、いずれこの家も出て行くことになるだろうと思っていた一臣にとって、寧ろ親戚夫婦の提案は、彼らの顔色を窺わなくて済む場所に行けるという点では有難いものだった。
その日のうちに唯に電話をして転校することになったことを告げる。唯は驚いたようだったが、少しだけ声が嬉しそうだった。
どうしたのかと訊ねても、唯は答えない。それを不思議に思いながらも特にそのことには触れず、いつも通りの会話をして電話を切った。
電話を切る間際、もうすぐびっくりすることがあるよ、と言った唯の言葉の意味を知るのはもう少し先のこと。

   

春休み最後の日、案内にあった寮へ辿り着くと、なぜか少女が出迎えた。
男子寮ではないのかと訊ねると、今日から住むことになるこの巌戸台分寮は女子男子共に住んでいるらしい。
手違いだか何かで男子寮に空きがなく、空きが出るまでの間この寮で過ごせと言うことらしい。
どこだって構わないと思った。だって、ここには唯がいない。線引きはただひとつ。唯がいるかいないか。ここは唯がいない場所。だからどうだっていい。

「別に…どうでもいいです、どこでも」

住めればいい。学校へ行ければいい。学校だって本当は行くのが面倒だけれど、いずれ働いて唯を養う為にも高校の資格はあった方がいいから行く。それだけだ。
赤髪の少女…美鶴は特に気分を害した風でもなく、部屋に案内してくれた。

「この部屋だ」
「…どうも」

部屋を開けると、そこには段ボールが二つ置かれていた。
段ボールは親戚の家を出る時に送ったものだ。着替えを出してPCを設置して、持ってきたカバンから携帯を取り出せばそれで終わり。どこも変わらない。
カバンをベッドの上に置いて段ボールの中身を取り出そうとして、ようやく一臣は美鶴が扉のところに立ったままなのに気付いた。

「何か?」
「君は七瀬と言ったな?」
「そうですけど」
「君と同じく今日からこの寮にやってくる女子がいる。偶然にも君と同じ苗字だ。出来れば仲良くしてやってほしい」
「それって…」
「七瀬唯という。彼女も手違いでこちらに入寮することになった。着くのは夜になると聞いているが」

自分が神様に感謝したことは今までひとつきり。
唯の対にしてくれたこと。
そして今はもうひとつ。

「妹です、多分」

思わず満面の笑みを浮かべる。
おそらくあの時の電話で言った、びっくりすること、はこのことだ。一臣を驚かせたかったのだろう。そう思うと、ただただいとおしかった。

           


キタハムの本編直前的なお話。
結局唯ちゃん出せなかった…でもここで区切らないと区切る場所がない…(がくり)

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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