君の感触
唯と初めて出かけた日。寮のラウンジでぼんやりとしていた荒垣に彼女はご飯でも行きませんか?と声をかけてきた。
断るさした理由もなく、出かけて、食事を終えた帰り道。

「…、…っ」
「お前、歩くの遅いな」
「そ、そうですか…?」

唯なりにがんばって歩幅を合わせようとしているのだろう。纏められた髪の毛が揺れる速度がいつもより小刻みだ。
足を止めて立ち止まり、彼女が追いつくのを待ってから注意深く歩幅を観察して合わせる。
呼吸を整えながら上目でじっと見つめる唯に、どこか居心地悪く思いながら、なんだ、と問うと、ふんわりとした笑みが帰ってきた。

「先輩、優しいんですね」
「優しいっつーのは最初から気付いて合わせてやる奴のことだろ」
「ううん、真田先輩とかだと、さっさと行っちゃうもん」
「…まあアキはな」

それから、唯にあわせた速度で寮へ帰るまでのんびりと歩いた。
その時はまだ、彼女は自分にとってSEESのメンバーで、リーダーであるというだけの存在だった。

  

それから何度か食事へ行き、また帰り道。
なれた彼女の歩幅に合わせて寮へ向かって歩く。ゆっくりと歩を進めるのにもそのすぐ隣、頭一つ分以上下に唯のふわふわとした髪があるのにも慣れた。
それが少しだけ、怖かった。

「先輩」
「なんだ?」

ふいに声をかけられて唯を見ると、ほんの少し赤く染まった頬が街灯の明かりに照らされていた。
少しだけ首を傾げて続きを促すけれど、唯は何も言わない。気のせいかと思って歩き出そうとすると、何かが引っかかった。
見れば服の袖を唯の指が摘んでいる。遠慮がちに、けれど、幼い子供が迷子になりたくなくて掴んでいるような必死さが垣間見えて荒垣はそれに気付かないふりで前に向き直った。
しっかりものでもなく、シャドウを前に一歩も引かないリーダーでもなく、か弱い女の子の素顔を見た気がして、気付かないふりでもしなければ、抱きしめてしまいそうだった。
その時にはもう、荒垣の中で彼女は特別な女の子になっていた。

   

ある日、いつものように声をかけてきた彼女に話をしようと持ちかけた。
ソファに座り、それぞれコーヒーとカフェオレを口にしながら荒垣は唯に促す。
何でもないことでよかった。ただ、彼女の声を聞いていたくて、彼女の微笑みを見ていたかった。
それくらいなら赦されるだろうかと、それは確かに自分への甘さだったけれど、願った。少しでも彼女といる時間を大切にしたかった。

「えっと、じゃあ楽しい話でも」
「そうだな、…それがいい」

学校の部活でのこと。生徒会のこと。寮へ帰るまでの帰り道で起こったこと。彼女の日常。
なんてことのない日常だ。彼女が彼女らしく生きている日々の話。それでも、それだからこそ、荒垣は満ち足りた気持ちで相槌を打つ。
我知らず顔が笑みを象り、心が穏やかになっていった。
それに気付いた唯が一瞬息を詰め、照れくさそうに笑って見せたのだけれど、荒垣には彼女の笑みの理由はわからなかった。
ただ、そのはにかんだ笑みに思わず手が伸びてしまった。
ふわふわした、いつも隣で揺れていた髪に触れる。思っていた通り柔らかくて、ふんわりとしていた。
衝動の赴くまましばらく髪を撫でたところで、ふと我に返り、慌てて手を引っ込める。
けれど気まずい気分の荒垣とは対照的に、唯は荒垣が触れた髪にそっと手を伸ばし、何か大切なものがそこにあるかのように優しく触れて嬉しそうに微笑んだ。

「…頭、撫でてもらっちゃった…」

駄目だ。完敗だ。
こんな些細なことで、こんなにも嬉しそうにされてしまっては、歯止めが利かなくなる。
だって、こんな可愛らしい生き物を、自分は彼女以外知らない。

「…チッ」
「荒垣先輩?」
「んだよ、いーから話せ、続き」
「あ、はあい」

唯が綴る言葉を聞きながら、荒垣は唯の髪に触れた手のひらを感触を思い返すように握っては開いた。

           


記念物なので甘めに!と言い聞かせたら、デビサバとは逆に甘くなりすぎた気がします。
荒垣先輩はなー、勝手にエロくなったり勝手に甘くなるんだよなー。軌道修正が大変。今回はエロくならなかったのでまあいいか。
honey×honey7万HIT記念なのでフリーです。

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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