セキニン問題
夏休みのほんの少しだけ前。
とある噂が流れ、一つの事件が起こった。教師による生徒の暴行事件。
確かに事件は未遂に終わったが、被害者である彼女を思うと胸が痛かった。
もっと早く助けられたら。あの教師が何を考えていて何を狙っているかなんて、自分は気付いていたはずなのに。
そう。初めて見た。彼女が泣くところなんて。
後悔ばかりが胸に渦巻く小田桐に、それでも彼女はありがとうと言った。綺麗な涙を流してありがとうと言った。
胸が締め付けられるようだった。
それから大した時間もかけず、彼女はいつも通りの彼女に戻った。
強いんだな、と思ったけれど、その強さを哀しくも思った。誰かに縋ることを怖れているようにも思えたから。
本当は怖かっただろうに、もっと大声を上げて泣きじゃくったって、誰も咎めないのに。
きっと強く在りたくて、彼女なりに精一杯生きていた。弱さを隠して。彼女が必死で隠している素顔を見たいと思ったのは、小田桐が彼女を好いているからに他ならなかった。

数日後、生徒会の定例会で配るプリントを確認しながら学校の階段を昇っていると、窓を開け放してあるのか、心地よい風が吹いていた。
夏の蒸し暑さにはまだ少し遠い、梅雨時の湿った不快なものでもないさらりとした風に小田桐は足を止めて思わず目を閉じた。
心地よさに浸っていると、背後から軽やかに階段を昇る音が聞こえる。目を開けると、段飛ばしに階段を駆け上がる見慣れた背中が見えた。

「松永君!」
「え?」

振り返った彼女は、まるで先日の事件などなかったかのように晴れ晴れとしている。
だから小田桐も、段飛ばしに廊下を駆け上がるのは危険だといつものように注意を口にしてしまった。
言ってから後悔する。いつだって口にしてしまってから、もっと何か違う言葉があったのではと後悔していた。けれどこの時の後悔は普段の比ではなかった。
気休めでもいい、何か優しい言葉をかけられたら。そう思って黙り込んだ小田桐にかけられたのは、祥子の笑い声だった。
それも、普段の優等生らしく人当たりの良い笑みではない。年相応の、明るく弾んだ笑い声だ。

「今日も真面目だね、小田桐くんは」
「…それくらいしか取り得がないからな」
「そうかな。私、たくさん救われたよ」
「え…?」

数段上の彼女を見上げて瞬きをする。数瞬の間が空いて、ふわりふわりと髪を揺らす程度だった風が、攻撃性を孕んだ突風に変わり、小田桐と祥子の間を吹きぬけた。
わ、と髪とスカートを押さえる彼女が、なぜかやけにスローモーションに見えた。
けれど目を逸らせずにいたのは一瞬で、持っていたプリントが辺りに散らばってしまった為に急いでしゃがみこんで床に落ちたプリントに手を伸ばす。
気まぐれな突風は一度で満足したのか、その時にはもう、先ほどまでと同じ優しい風に変わっていた。

「あ、私も手伝うよ」
「ああ…すまない」

プリントを拾う小田桐に駆け寄って、祥子が一緒に拾い始める。
ただプリントを拾っているだけなのに妙に距離が近い気がして、小田桐は内心動揺していた。
そしてその動揺に気付いているのかいないのか、彼女は更に小田桐を動揺させる言葉を吐く。

「ねえ、さっき見た?」
「?何を」
「下着…見えた?」

生徒会役員の分しか刷っていないプリントは大した労もかけずに小田桐の手元に収まった。
祥子は立ち上がり、楽しげに笑顔を作ったまま、未だ動けずにいる小田桐を見下ろしている。
沈黙は肯定だと慌てて思い当たり、どうにか見ていない!とだけ返す。
その様がおかしかったのか、祥子はぷっと吹き出して小田桐の頬を指差した。

「顔、赤いよ?」
「そ、それは松永君がそんなことを聞くから!」
「小田桐くんはそれよりもっとすごいの見たのにね」
「な…っ!」

ぼん!と顔から火が出そうだ。
どうにか眉間に皺を寄せて怒ったような表情を作ってみるけれど、彼女は相変わらず笑んだまま。綺麗に綺麗に笑んだまま。
慌てているのは小田桐だけで、これ以上何かを言うと逆効果になりそうで、彼女から目を逸らし、視線を辺りに彷徨わせる。別に先ほどは実際見てしまった訳ではないが、彼女の言う『もっとすごいもの』は確実に見てしまった記憶があったので何も言い返すことは出来なかった。

「…責任取ってね。こっちは自覚させられたんだから」
「え?」
「あはは!期待してるから!」

そう言って彼女は制服のスカートを翻し、階段を軽やかに駆け上っていった。
取り残された小田桐は顔を真っ赤に染めたまま、先ほど祥子と二人で拾ったプリントを抱えて、彼女が駆け上がっていった階段をただ見つめていた。
最後に見えた彼女の微笑みは確信犯のような、けれどあどけない微笑みだった。

           


umineco.storeのウミネコさまへ相互お礼として書かせていただいたもの。
ウミネコさまのお宅の松永祥子ちゃんを主人公として小田主を書かせていただきました。
祥子ちゃんの強さとか、けど弱い部分とか、小悪魔確信犯な部分を書きたかったんですが…どうなんでしょう。
人様のお宅の子を書かせていただくのは楽しくて良い勉強になるんですが、難しいですね…。

2010/10/31 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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