友達じゃなくなる日
いい友達だった。
馬鹿なことやって一緒に笑って、困った時には力になってくれて、いつだって笑顔にしてくれた。
いつだって柔らかく笑ってばかりの唯の隣にいると、抱えていた悩みなんかいつの間にかどこかへ行ってしまう。
いつだって彼女の存在に救われていたし、だからこそ彼女に頼られる自分になりたかった。
ある時男子の間で流通していた写真を見つけた。たまたま目にしたそれには明らかに盗撮と言えるアングルで唯の姿が写っていた。
頼られたいという下心がなかったとは言わない。それでも彼女に降りかかる災厄をどうにか振り払ってやりたかった。
しばらくして盗撮の犯人を見つけ出し、ネガやら何やら奪い取ることに成功した。代償に少しばかり怪我を負ったけれど、やけに誇らしい気持ちでいっぱいだった。
自分は唯を守れたのだ、と。
それは自己満足でしかなかったと思う。それでも、もう大丈夫だと告げた順平に、唯は安心したように、けれど少し申し訳なさそうに笑って、傷の手当てをしてくれた。
自分の幼稚な自己満足に、それでも彼女はありがとうと言ってくれた。
動機が動機だけにどうも気恥ずかしくて、殊更何でもない風を装ってその場を取り繕ったけれど、やけにうるさく鳴り響く心臓の音が煩わしかった。
それは彼女に対して今まで感じたことのない感情の種が芽吹いた瞬間だった。
けれど友達だった。いい友達で、いい仲間で、それ以上でも以下でもないはずだった。

それから唯は荒垣と出会い、自分はチドリと出会った。
それと同時に芽吹き始めたばかりだった小さな感情の種は成長を止め、そして互いに違う相手に対しての新たな種が心の中で芽吹き始めていた。
唯は荒垣に惹かれ、順平はチドリに惹かれた。
その間、どちらも互いに深くは関わらなかった。それは二人の間に芽吹き始めただけで放って置かれた感情の種の所為だったかはわからない。ただそういった話をしたくなかったし、唯の口からも聞きたくなかった。
そうこうしている内、新たな種からは美しい華が咲き、あの時芽吹いた種のことなど忘れてしまいそうになっていたある日のこと。
美しく咲いたどちらの華も長くは続かず、最悪の結末に因って散ってしまった。
咲いた華が美しかった分だけ痛みはひどく、事実を受け入れるには余りにも狭量な器しか自分たちは持たなかった。
けれど悲しみにいつまでも涙している訳にもいかず、痛みと悲しみを内包したまま日々を過ごした。そうするしかなかった。
シャドウは日に日に増殖を繰り返し、世界を蝕んでいく。彼女はリーダーであったし、自分もまたシャドウと戦うメンバーだった。

ある日、順平はたまたま唯と昇降口で一緒になった。
貼り付けた笑顔でどこかぎこちない挨拶を交わし、けれど立ち去るには理由が見当たらずにそのまま共に下校する。
そのまま寮に帰ればいいのに、二人とも何も言わず、ただゆっくりと帰り道から逸れて歩いた。
どこか目的地があった訳ではない。
駅に差し掛かった時、一瞬、唯の歩みが鈍くなった。その理由は考えるまでもなく順平には理解することが出来た。駅の裏手、あまり治安の良くないその場所で、唯と荒垣は初めて出会った。
自分だって花屋の前に差し掛かった時、チドリとの出会いを思い出して足を止めてしまった。
やはりまだ思い出すのは辛い。
歩みを止めてしまった唯に心配になって見つめると、辛そうな顔をしていたのが嘘のように、小さく笑んで返される。その笑顔を見ていられなくて、自分もこの場にいたくなくて、気付けば隣にあった唯の手を引いて駅を引き返していた。
こんな風にして手を繋いだのは初めてだったけれど、どこか苦い気持ちが纏わりついて苦しかった。

なんとなく辿り着いた公園のベンチに座って息を吐く。
繋いだ手は離すタイミングを失って今もしっかりと繋がれたまま。今更慌てて離すのもおかしい気がしたし、手を離すのを惜しむ気持ちもあった。
けれど、もしかしたらこれは傍目から見れば恋人同士のように見えるのかもしれない。それにしては漂う雰囲気は甘いものではなく、どこか重苦しいものだったけれど。

何か話そうとして開いた口は何の音も発せずにひたりと閉じてしまう。何かを話そうとすると、耳障りのいいだけの慰めの言葉しか出てこない気がした。
そんな言葉を言ったところで悲しみや痛みが取り除かれることはないだろうし、自分だってそんな風に上辺だけの慰めを口にされたら反発してしまうだろう。
会話もないまま時間だけが過ぎていく。夕焼け色の空はいつの間にか闇に飲み込まれてしまった。
身体が冷えて、繋いだ手も冷え切って、けれどお互い帰ろうと口にすることはなかった。
唯は俯いたまま、順平は空を仰いだまま、ともすれば余りにも無関心に見えたかもしれない。
ただ手のぬくもりだけが慰めの意味を持っているかのように優しく何かを伝えていた。

くしゅん、と小さくくしゃみらしき声が聞こえた。
気まずそうにこちらを窺う唯に順平も思わず笑顔が浮かぶ。
どこかほっとした様子で、困ったように笑いながら、寒いね、と唯が言った。
それが順平には気温のことだけを言ってるのではないように聞こえて、思わず唯の身体を引き寄せてしまった。
言葉で慰められないからって、こんなのは駄目だ。そうわかっている。けれど。
引き寄せた身体を力を込めて抱きしめる。戸惑ったように唯が自分の名前を呼んだけれど、腕の力を抜くことは出来なかった。それは、唯を慰める為というより自分が何かに縋りたかったからかもしれない。

「…ごめん、悪ぃ、でも、」
「順平くん…」
「…ッ…!」

それ以上は言葉にならなかった。
寒いね、と言った唯が、笑っているのに泣きそうに見えて、自分まで泣きそうになってしまった。
悲しくて、苦しくて、痛くて、悔しくて、どうしたらいいのかわからない。心の中で綺麗に咲いたあの華は、無残にも美しいまま散らされてしまった。
あれが運命であったとは思いたくない。
けれど、仕方ないのだと割り切りをつけて生きていかなければいけないこともわかっていた。
その矛盾が余計に苦しくて、頑是無い子供のように泣き喚きたい衝動に駆られる。
自分の心がそう叫んでいるように、吐き出せない感情が唯の中にもあって、それでも必死に日常を送ろうとしているのなら、なんて悲しいことだろう。感情表現が豊かな彼女が、必死に感情を押し殺すなんて、悲しすぎる。
きっと幸せだった。その幸せは続くはずだった。枯れもせず、散りもせず、美しい華は幸せへと形を変えて、永遠にあるのだと思っていた。
永遠なんてないことを、知っていたのに。

「泣いていいよ」

いいこいいこ、と小さな子供にするように唯の手が頭を撫でる。悲しいのも辛いのも苦しいのも、彼女だって同じはずなのに。
慰めなんていらないと格好良いことも言えない自分は、ただ唯を縋るように抱きしめたまま、散ってしまった華を思って泣いた。
唯もそれに釣られたのか、僅かにすすり泣くような声が聞こえる。
思わず身体を離して唯の表情を窺い見ると、一瞬驚いたように目を瞠って、それから照れくさそうに目を伏せた。
瞬間、鼓動が跳ねる。
放っておいた感情の種が、今更、しかもこんな時に成長するだなんて、都合が良すぎるし、虫のいい話だ。
けれど、どうしても理性では抑えられない感情の波が渦巻いて止まれそうにない。

「順平くん?」

ごめん。でも。
こんなことをしてはいけないと脳裏で警鐘が鳴り響く。これではチドリに対して余りに不実だし、唯に対しても失礼だ。けれど誰でも良かった訳ではない。あの日芽吹いた感情の種があったからこそだ。それが、どれほどの釈明になるかはわからないけれど。
押し付けた唇に唯が硬直する。数瞬の後、震える手で唯は順平の身体を押し離した。

「あ…」

真っ赤に染まった耳にと可哀想なほど震えた手のひらに、自分の愚行を思い知る。
けれど、唯はそれ以上の距離を取らなかった。取れなかったのかもしれない。優しい彼女に縋るにはやり方が汚すぎたし、縋ってしまった自分がどうしようもなく情けなく感じる。
順平が取り繕う言葉を探している内に、唯は何度かゆっくりと呼吸を繰り返して、距離を取る為に伸ばしていた手を下ろした。

「唯っち…?」
「順平くんは…優しいよね」
「え?」
「一緒にいると、きっとあったかいよね」

そう言ってそのままくたりと身体を預けてくる。
あんなに怯えたくせに、と責めることは出来なかった。代わりにぱたりと涙が零れてくる。
誰だって淋しいのは嫌で、苦しいのだって悲しいのだって痛いのだって嫌だ。最初にそれが辛くて縋ったのは順平で、ならば自分に言えることは何もない。
ただ抱きしめた彼女の身体が思った以上に華奢で頼りなく、抱き合いながら涙する自分たちはとても弱いのだと思い知らされた。
散った華を想いながら、それでも目の前のぬくもりに縋ることしか出来ない。
大切な友達であったはずの心優しい彼女に、友達に対してすべきではないことをしてまでも、泥沼のように抜け出せない悲しみの渦から逃れたかった。
そうでもしなければ、ただ生きていくだけのことさえ投げ出してしまいそうだった。

あの日芽吹いた感情の種が、一番あってはならない形で成長しようとしていた。

               


順ハムの可能性を探ってみようの回。
チドリと荒垣先輩が生存ルートでは無理だよ!でも両方お亡くなりルートだといけるかもしれない!とひねり出した結果。ハッピーにならねええええ!orz
公式カプは間違いなく荒ハムだ!と思うんですが(え)、せっかくなら没にせずに順平ルートも残して欲しかった。そしたらもっとさ、わかりやすく悩まず順ハム書けたかもしれないのに!

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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