愛してると口にしないと不安になる。
好き、なんて言葉をすっ飛ばして情熱的に過ぎるほど、繰り返し繰り返す『愛してる』。
それ以外に表現方法なんて、知らない。「隼人」
「なんだアホ牛」
(ああ、きれいなひと。)
声も髪も瞳も、彼を構成するすべてはとてもきらきらしていて、その内にある気高い精神が滲み出るように輝いて見える。
だからこそ、十年前から迷惑をかけてばかりだった自分の隣にいてくれる事実が信じられなくて、ランボは何度となく繰り返してしまう。
「愛してる」
「黙れ」
「えー」
言葉は安売りしてはいけない。いつだったか誰かに教えられたけれど、これは安売りではないと思う。
だってそれを口にする相手は一人で、いつだって気持ちを込めて口にしているのだ。
擦り寄っていくと食らわされる拳。口元には彼と初めて出会った時から変わらない、同じ銘柄のタバコ。タバコと同じくらい自分のことも構ってくれたらいいのに、と心の中で溜息を吐いた。
「痛いぃ〜!うああああん!」
「痛くしたんだ。いい加減黙れ」
「…でも愛してる」
「頭沸いてんのか」
「子供の頃から殴られ続けた所為かも」
「そりゃ悪かったな」
そっけない態度。けれど彼は部屋から出て行かないし、ちゃんとランボの傍にいてくれる。
きっとその所為だと思う。
子供の頃からずっとそんな調子で、ひどい扱いをする癖にちゃんと優しくして。まるで飴と鞭。鞭の量は多少多いかもしれないけれど。
だからその優しさに甘えて、甘えっぱなしで、未だにランボもこんな調子なのだ。
「愛してる、隼人」
「お前、オレの話聞いてたか?」
「うん。でも言わせてよ」
「嫌だ」
そこまで嫌がる訳がわからなくてランボは悩む。
多少鬱陶しいのではと自覚はしているが、嫌だと即答されてしまうと、やはり彼が自分の傍にいてくれるのは、目の離せない子供を見ているというだけなのかと不安になる。
「そんなに嫌?」
「嫌だ」
「なんで」
上目で訊ねると眉間の皺が濃くなる。目を合わせもしないで、獄寺は明後日の方を向いたまま溜息を吐いた。
やっぱりオレが嫌いなの!?と泣きながら訴えると、成長しねえな、と彼が言う。何故かそこには笑顔が浮かんでいた。
くしゃくしゃになった顔を隠しもせずに、もう一度、なんで?とランボが訊ねると、今度は溜息ではなく舌打ちが返ってきた。
「顔合わせりゃ愛してる。傍にいれば延々と愛してる。帰るときにも愛してる。いい加減うざい。口癖みてーに言いやがって」
「うああああん!!」
「うそ臭いんだよ」
心底うざったそうに言う獄寺に、本格的に泣き出しそうになったけれど、その言葉に押し留まってランボは首を傾げた。
誠心誠意込めて、この気持ちも言葉も嘘ではないと言い切れる。なのに。
「嘘じゃないよ」
「嘘に聞こえる」
このままでは堂々巡りだ。
どうにかしたいけれど、どうにかするにはランボの知識は不足し過ぎていてどうしたらいいのかわからない。
言葉に詰まった自分に、年齢の差か知識の差か、獄寺の方が先に声をかけた。
「たまになら、信じられる。けど何度も言わりゃ軽く聞こえんだよ」
「真剣なのに」
「言葉は相手がいるもんだ。受け取るオレの身にもなれ」
「…?」
「考えてみろ。オレがお前に毎日毎日愛してるとか言ったらどう思う」
言われて考える。きっと嬉しい。けれど、それはきっと最初の内だけだ。
時間が経つにつれて、それは本心なのか、そうでないのか悩むだろう。きっと、いやおそらく、愛してると言わない不安よりそれは大きい。
ではどうしたらいいのか。きっと獄寺は答えを持っている。けれどそれを訊ねても答えは返ってこないだろうし、それでは意味がないのだということはランボにだってわかった。
うんうんと散々唸り倒し、ひとつの提案を口にする。
「じゃあキスしてもいい?」
キスも愛情表現だ。少なくとも唇を触れ合わせるそれをランボは愛情表現だと思っている。
真剣な顔で訊ねると、獄寺はランボの言葉に何も言わず、また視線を明後日の方向へ向けた。
経験から知っている。それはお許しが出たのと同義だと。
抱きついて、顔を摺り寄せる。タバコの匂いと、やはり十年前から変わらない香水の香りがした。
「隼人、隼人」
「うぜえ、アホ牛」
「あい、…あ」
「……」
愛してる、と言いかけた口を噤んで、苦笑する。
(愛してる、隼人。)
言いかけた言葉は心の中で留めて、その代わりにキスをした。
愛してると口にしないと、とてもとても不安になる。
けれど、君が『愛してる』の言葉に不安になると言うのなら。
愛してるの代わりにキスをさせて。
ランボは十年経っても泣き虫でいればいい。
んでうだうだ文句いいながらごっきゅんはランボの相手してあげてればいい。
2010/11/01 改訂
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