言葉もなく、ただ縋るように抱きしめるその腕が、どんな言葉よりも胸に響く。
もしかしたら彼は、冷たく暗い闇の中で、本当は誰かに助けを求めたかったのではないか。
けれど差し伸ばした手を振り払われるのが怖かったのではないか。
その手を取ってくれる人がいなかったのではないか。
神様なんかいやしない。誰も助けてなんかくれやしない。何がキリストだ。何がマリアだ。
こんなにも孤独で、こんなにも愚かで、こんなにも、こんなにも彼は。「お前、本当は、」
優しい人なのに。
残虐なことも、非道なことも、顔色一つ変えずに、いや、笑みさえ浮かべて出来る人。
けれど、言葉と裏腹に僅かに震える手がまるで子供のよう。
ああ、だから千種や犬が慕うのだ。だから骸は彼らを切り捨てないのだ。
だからきっと、クロームを救いたかったのだ。だからクロームは戦場に立ったのだ。
縋るように抱きつかれている所為で表情は見えない。だからいっそ、と獄寺は骸のシャツに顔をうずめた。
彼の右の眼球は、すでに人間本来の意味を成さない。涙を流すこともない。
いつだったか。頭部から出血した彼の頬に血が滴り落ちているのを見た。赤黒いそれは、決して透明なしずくとは言い難かったけれど、獄寺の目には、まるで彼が泣いているように見えた。
それからだ。
こんな風に触れ合うようになったのも、彼を哀しい人だと思い始めたのも。
「…もうそろそろ、限界のようです」
別れを惜しむように、頬をすり合わせる。
どことなく寂しそうに言う骸がらしくなくて、それが少し哀しくて、獄寺はそれを悟られないように、殊更そっけなく、そうか、と返した。
「つれないですねぇ…。僕がここに来るのはお嫌ですか?」
「嫌って言ったら来ないのか?」
「どうでしょう?とりあえず善処はしてみます」
「それは嫌だな」
たっぷり一分ほど間が空いて。
「えっと、それは一体…?」
心底言葉の意味を図りかねているように言うので、思わず大爆笑してしまった。ばしばし、と骸の背中を叩いて、涙が浮かんでくるほど大笑い。
巧みに人の心の隙間を見つけ出して入り込み、身体を乗っ取る事だって出来るのに、こんな時ばかり、骸は鈍い。いい笑いの種だ。心酔していると言っても過言ではない千種や犬、クロームに見せてやりたい。千種やクロームに大きなリアクションは期待出来ないが、犬辺りは、転げまわって笑ってくれるだろう。
「お前、鈍すぎ」
「え?」
「来いって言ってんの。ストレートに言わないと気付けねえの?お前」
抱きしめる腕に力がこもる。呟くように、貴方って人は、とため息と共に骸は言った。
愛という言葉は重すぎて、悲しすぎて、まだ自分たちの間には必要ないけれど。
同情と言うには余りに優しく、友情と言うには甘すぎる感情がそこにはあって、それをぬくもりで伝えようとするように、獄寺も力を込めて抱き返した。
彼が暗く冷えた世界へ戻ってしまっても、ぬくもりを忘れずにいられるように。
「もしお前がいつか手を差し伸ばしたら」
「オレがお前の手を掴んで、そっから出してやるよ」
キリストなんか来なくても。
骸とごっきゅんはこんなん。精神的には逆でもいいと思う骸獄。
ごっきゅんはダメ男が好きだと思う(え)。
2010/11/01 改訂
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