三千世界の鴉を殺し
暗く深い闇の中にいた。一筋の光すらない闇の中で、身体の自由をすべて奪われて、僅かな力と思考を動かすことしか出来なかった。
瞼を開けることすら出来ないのに、瞼の裏には月が映る。

月の女神に愛されたような銀糸の髪と翡翠の瞳。見た目はあんなにも美しいのに、眉間に皺を寄せて縄張りを主張する猫のように威嚇する。有害以外何物でもないタバコを咥えて紫煙を吐き出し、斜に構えた態度を崩さない。
ああけれど。
紫煙の行方を追うその目が、時折切なそうに細められるのを見て、何故か無性に彼を手に入れたいと思った。
こんな血生臭く薄汚れた世界にいるより、もっと綺麗で、気が狂うほど清廉な箱庭に閉じ込めてしまった方が彼には余程似合いの姿ではないか。
けれど彼はそんなものは望まないだろうし、そんな風に閉じ込められるくらいなら死を以って抗うくらいの潔さを持っている。
それは、何にも代え難い美しさではないだろうか。

月が見たい。
彼が見たい。
月に触れられないのならば、せめて彼に触れることを許してはくれまいか。

「こんばんは」

ベランダから窓を開けて挨拶すれば、唐突に目の前に現れた骸に、獄寺は咥えていたタバコをぽとりと落とす。
ああ、驚かせてしまったか、と少し申し訳ない気持ちになりながら、カーペットの上に転がったタバコを拾う。繊維が焦げて、少し黒くなっていた。

「驚かせてしまいましたか?」
「お前、いつも突然だよな」
「何分、今から向かいます、なんて連絡が取れる場所にいないもので」

拾ったタバコをテーブルの上の灰皿の中で揉み消して獄寺に触れる。
彼はいつからか、こうして骸が触れることを嫌がらなくなった。それどころか、時折しがみつく骸の背中をあやすように撫でてくれることすらある。
新しいタバコに火をつけて彼はまた紫煙を吐き出す。まるでこんな風に触れ合うことが当たり前で、疑問などないのだというように平静だった。
寒くて暗いあの場所にいると、人肌が恋しくなってしまう。冷たい月と同じ見た目の彼は、やはり体温も低いのだけれど、彼に触れていると何故だかとても暖かく感じる。

「隼人君は、三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい…という言葉を知っていますか?」
「…都都逸?」
「ええ。この世のすべての制約を断ち切り、君と共にいられたらどれほどいいでしょう」

それは本心であり、本心とはかけ離れた願いでもあった。
マフィアも、ボンゴレも、守護者たる事実も、暗く深い闇のそこに閉じ込められている自分の身体さえ、すべてなくしてしまえたら。
けれど彼はマフィアで、ボンゴレの右腕となるべく日々を送っていて、彼も自分もリングの守護者で、自分の身体は今もチューブに繋がれて、身動き一つするどころか瞼を動かすことさえ出来ない。
クロームがいなければ、自分はこうして彼と会話することさえ出来ないのだ。
制限時間のある逢瀬。
本当に、三千世界の烏を殺してしまいたい。
制約と言う名の朝が来れば、月は見えなくなってしまう。自分は牢獄へ戻ってしまう。

「お前ってさ」
「はい」
「人のこと、言うほど嫌いじゃないよな」
「そうですか?人は醜い。人は汚い。そして世界は汚毒に塗れています」
「嫌いな奴に縋るのか?」
「…隼人君とクロームは人間ですが、とてもきれいだと思いますよ」
「基準がわからねえ」

呆れたように笑う獄寺に、骸も小さく笑って見せた。
世界は汚く、そこに住まう人間はとてもとても汚い。けれど、それだけではないことを知ってしまった。
傷つき、悲しみ、苦しんだクローム。弓張り月のようにピンと張り詰めた彼。そして、気まぐれについてくるかと問うた自分に本当についてきて、愚かなほどまっすぐ自分を慕う犬や千種。
彼らを、骸は人という括りで見ていない。いや、正しくは、滅ぶべきものとして見ていない。

「僕はクロームが好きですよ。なんと言っても、僕の可愛いクロームですから」
「あ、そ」
「犬や千種も大切です。そんなこと、言ってやりませんけど」
「言ったら泣いて喜ぶぞ、犬とか特に」
「嫌です。犬は調子に乗ると後で面倒ですから」
「ふうん」
「でもね、隼人君のことも好きですし、大切です」

マフィアだろうと、ボンゴレのことばかり気にかけていようと、守護者であろうと。

「君は月ですから」

言って、ぎゅう、と抱きしめる腕に力を込める。
獄寺は少し不思議そうに首を傾げながら灰皿に灰を落とした。

「じゃあお前は夜か」

ぽつりと獄寺がこぼした言葉に、骸は目を見開いた。次いで、骸にしては珍しく破顔する。
夜であれば、月と共に在れる。無感情に口にしたその言葉の甘さに獄寺は自分で気づいているのだろうか。

「僕が夜で、世界がずっと夜ならよかったんですけどね」

束の間の逢瀬に終わりが来る。

三千世界の烏を殺すのには相当骨が折れるだろうけれど。
いつか時間など気にせず、制約などなく。
君と朝寝が出来たらいいのに。

                


なんとなく都都逸調べてて思いついた骸獄。
骸は黒曜のみんなと獄寺(重要)を溺愛してればいいよ。

2010/11/01 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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