おやすみなさい
眠れない。不眠症と言う訳ではないのだけれど、極稀に、何をどうやっても眠ることが出来なくなることがあった。
どれだけ身体が疲れていても、ブランデー入りのナイトミルクを飲んでも、無理だった。
学校云々の問題に関しては遅刻しようが休もうがどうだっていい。日本の平均的な中学校でしかない並盛中の授業は獄寺にとって退屈以外何物でもなかったし、唯一そこに通う理由があるとすればツナが通う学校だから、というだけだ。
それでもいつもの時間に眠れないということは多大なストレスを獄寺に与える。
それこそ平均的な中学生であればゲームだの漫画を読むだのと時間を有効(かどうかは人によって分かれるだろうが)活用出来るのだろうけれど。

獄寺の部屋は簡素だ。良く言えばシンプルで整理されている。悪く言えば物が無さ過ぎて生活感が無く冷たい印象を与える。
ベッドにテーブル、ところどころに灰皿が数個。山積みにストックされたタバコ。服やアクセサリ類はウォークインクローゼットに整理されている為、リビングから寝室にかけてまったくと言って良いほど物が無かった。
手慰みに携帯をつらつらと触ってみたけれど、すぐに放り出してナイトテーブルの上に置いてあったタバコを手に取り火をつけた。
眠りたいのに眠れない。眠ろうとベッドにもぐりこんでも目が冴えて、少し眠気が襲ってきたかと思えばまた同じことの繰り返し。
こんな時は。

「こんばんは、隼人君?」

煙を吸い込んだまま止まる。
背後から抱きしめるようにして耳元で囁くのが誰かなんて、声を聞けば確かめる必要も無い。
けれど、彼の現状やこの場の状況に獄寺は怪訝そうに骸を仰ぎ見た。
そのついでに煙を顔に吹きかけてやる。

「…んっとに気配ねえな、お前」
「そりゃあ今までいませんでしたから。ってちょっと煙たいですよ、それ」
「ああ、わざと」
「ひどいですねえ」

灰皿にとんとんと灰を落とし、何しに来たのかと問う。
囚われているはずの人間がこうも易々と外界をうろついていいのか。復讐者の牢獄はそれほど簡単なものではないだろうに。

「え?だって眠れなかったでしょう?」

事も無げに骸は言う。
クロームに入れ替わってもらったとしても彼が外界へ出ていられる時間はとても少ない。だとしたら、わざわざ獄寺の部屋などに来ず、やりたいことをやればいいものを。
そう考えていたのがわかったのか、骸は複雑そうに笑って、種明かしをした。

「実はね、僕幻覚なんです」
「幻覚?」
「毎回毎回クロームに頼んで入れ替わってたら、クロームだって大変でしょう?」

そりゃそうだ、と獄寺は頷く。
獄寺の部屋に骸がやってくるのは今回が初めてではない。部屋にやってくる時から帰る時まで大抵は骸のままだけれど、ほんの稀に、時間の制約を忘れて話し込んでしまった時や眠ってしまった時、クロームの姿になって帰ることがあった。
まあそれはそれでクロームと話すいい機会だと獄寺は思っていたし、インスタントコーヒーを淹れて彼女と話すのは割合面白い。パンクスやゴシック的なアクセサリを好む獄寺と趣味が合うというのもある。
それでも確かにクロームは女の子だし、夜中に現れることの多い骸と入れ替わるのだから、変な噂を立てられたらクロームだって嫌だろう。

「それにね、クロームと隼人君が仲良くなるのはうれしいんですけど、ウッカリ付き合い始めちゃったら困るじゃないですか」
「僕の可愛いクロームが、って?」

半ば茶化すように言えば、骸は対照的に幾分真剣そうな顔で、

「僕の可愛いクロームと僕の大切な隼人君が付き合ってしまったら、僕に引き裂くという選択肢が生まれなくなってしまいます」

と言った。
フィルターに近くなったタバコを揉み消し、新しくタバコを取り出しながら骸の言葉を反芻する。
どういう意味だ、と尋ねるまでもなく、骸は続けた。

「別にね、隼人君やクロームが誰かと付き合うのを止めたりしませんし、三人で付き合うとかならいいんですよ。引き裂けばいいだけですし、三人ならそれも有りかなと。でもクロームと隼人君が付き合ったら僕蚊帳の外じゃないですか。そんなの寂しくて悶絶します」
「お前にも寂しいとか言う感情あったんだな」
「さりげなくひどいこと言ってますよね」

ちっとも傷ついていない言い方で骸が言うので、獄寺も先と同じように、わざとだ、と笑って返す。
会話をしてることで、眠らなければ、という気持ちが薄れたのか、幾分ストレスは減った。
それに骸の性格はともかく、声はひどく優しく耳に届くのでうっすらと眠気がやってきているような気配がする。
会話自体はまったく眠気を誘発させるものではないのに、自覚するとあれほど眠れなかったのが嘘のように睡魔が襲ってきた。

「で、話は本題に戻りますけど」
「うん…」
「…って隼人君、ひょっとして眠くなってます?」
「…うん」
「まあそれならそれでいいんですけど」

獄寺の手元にあったタバコを取り上げて、灰皿に押し付ける。
それに文句を言うより早く、骸は空になった獄寺の手を握って獄寺を抱きかかえたままベッドに倒れこんだ。

「眠りましょう。僕は隼人君が眠れない時に具現化される幻覚で、君が無理なく眠れるようにする為の幻ですから」
「すげえ都合いい幻覚」
「そうでしょう?手の込んだことをする価値があるんですよ、君には」

何もない部屋にどんと置かれた大きなベッド。
本人曰く手の込んだ獄寺の為の幻覚はやけに優しく眠りへと誘う。
(寝入ったオレに憑依してなんかしでかそーってんじゃねえだろうな…)
別に獄寺が寝入っていようと、起きて活動していようと、骸がそうしようと思えば簡単に出来るのだろうけれど、それをしないのだからやはり骸の言うとおりのものなのだろう。
握られた手から、人らしい体温が伝わってきて、ほんの少し、獄寺は笑った。

「オレが眠ったら消えんの?」
「ええ。また本物の僕が来たら同じように小細工していきますけど」
「へー」
「え、気に入りませんか?」
「別に」
「じゃあ遠慮なくまた小細工していきますよ、今度」

髪を梳かれ、本格的にうとうととしかけて、そう言えば小さい頃はビアンキだとかシャマルだとかに手を握ってもらって眠っていたことを思い出した。今思えば幼少の恥以外何物でもないのだけれど、手の温度に安心するという根本的な部分は変わっていないらしい。
飽くことなく髪を梳き続ける骸を常より幾分柔らかい目で見た。

「なんか、ちょっとだけ、寝んの、惜しい。…かも」

獄寺のその言葉に、骸は一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐに優しく微笑んで。

「また来ますよ。何度でも。僕は隼人君に首っ丈らしいですから」
「……」
「あれ、寝ちゃいました?眠気を自覚すると割と寝つきはいいですよね、隼人君」

あと少しで消えるだろう幻覚の身体を思い、骸がため息を吐くと、無意識か獄寺が骸の手を小さく握り返した。
それに苦笑して、それから額にキスを一つ。

「おやすみなさい、良い夢を」

                


ごっきゅんの部屋は何も無いの希望。
多分この数分後、幻覚は消えます。でも一緒に寝る骸と獄が書きたかったんだ!
ちなみに書いてた時間夜中の3時。眠れないのはごっきゅんじゃなく佐倉さんだ…。

2010/11/01 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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