エースに愛された少年
その部屋は照明が落とされ、申し訳程度の明かりさえも篭った紫煙で薄く翳り、視界をほとんど奪われた、まるで静かな闇のような場所だった。

「傘下に戻っていただけると?」

銀の髪の年若い青年は無表情を装っていたが、声に僅かに驚きが混じった。
この青年のボスは実力はともかく、まだマフィアを預かるには年若く、未だ幼い顔つきから抜け出せない見目をしている。それが原因で同盟を破棄し、傘下を離れる者も多い。実力を年齢の数を通してしか見られない輩が多かった為だ。
それを青年のボスは時間が解決する、いつか理解するだろう、とある種楽観的に構えていたのだが、青年はそれを許せず、こうして秘密裏に出向いては根気強く説得を繰り返していた。
向かい合っている恰幅の良い男は相応に大きなファミリーのボスだ。青年の属するボンゴレほどではないにしろ、伝統と格式のあるファミリーという誇りがあるのか、若輩の元に下ることは出来ないと今日の今日まで青年の説得を断り続けていた。
それが何故今になって。
けれど青年は疑問を口にすることはしなかった。

「で、条件はなんでしょう」
「話が早くて助かる。君は優秀な右腕のようだね」

やはり、青年は一人ごちる。上っ面だけのおべっかを使う男の目は笑っていない。往々にしてこういう場合、この手の輩は無理難題を吹っかけてくるものだ。
けれど目の前の男をこちらに引き込むことが出来ればそこから得られる利益は大きい。それがわかっている青年には断ることなど出来るはずがない。そしてそれを男もわかっているのだろう。多少の無理ならば押し通せる、そんな表情を男はしていた。

「君はカードは好きかね」
「…仲間内ではよくやりますね」
「結構。私はね、賭けをしようと思っているんだよ」

言って男がにたりと口元に笑みを浮かべる。ここからが男の言う「条件」なのだろう。青年は表情を消し、視線で続きを促した。

「こちらが負ければうちと、うちに関連するすべてのファミリーがそちらの傘下に加わることを約束する」
「……」
「そちらが負けた場合は君をいただこうか」
「私一人とそちらのファミリーでは釣り合いが取れるとは思えませんが」

青年は確かにボンゴレ十代目の右腕だが、男のファミリーすべてと比較して釣り合いが取れるほどこの世界で認められているとは言い難い。
不思議に思って男を見ると、いかにもマフィアらしい笑みで男は青年に返した。

「若輩ながら君の腕は確かだ。頭もいい。それにうちの息子が君を甚く気に入ってね。とても美しい華だから、ぜび自分の手で手折ってやりたいと」

下卑た笑みにカッと頭に血が上るようだった。右腕としての青年が欲しいというのは建前だ。文字通り身体を賭けろと男は言っている。舌打ちしたい衝動を抑え、心を落ち着かせる。
青年に断る術は無いのだ。ようは勝てばいいと自分を納得させて頷く。

「ああそうだ。君はあくまで景品だ。うちは息子が相手をする。君も誰かプレイヤーを用意しておきたまえ」

本当にこの場で息の根を止めてやろうかと思ったが、どうにかそれだけはやり過ごし、青年は諾と言ってその場を辞した。

     

ダンダン、ガチャ、バタン!
静かな部屋に突如響いた騒音に、のんびりと雑誌を読んでいたランボは飛び上がった。
(な、何!?泥棒さん!?)
けれどその可能性の低さをランボは知っている。ここはボンゴレ十代目の右腕、獄寺隼人の自宅なのだ。ボスに次いで狙われる可能性の高い彼が住むのだから、当然セキュリティの方も万全で、マンション最上階フロアはすべて彼のものだし、エレベーターの前にはガードマンが二人ずつマンションの入り口から各階ごとに配置されている。出入り口は指紋認証、網膜認証が必要だし、エレベータに乗り込めても、各フロアへ降り立つにはそれぞれ違った特殊なカードキーが必要になっている。幾重にも張り巡らされたロックシステムを一介の泥棒如きが掻い潜れるとは思えない。
では誰か。この部屋に訪れることが出来るのは家主以外ではボンゴレのボスであるツナと、ランボだけだ。ツナならこのような騒音は出さないだろうし、ランボはもちろんここにいるのでありえない。ならば扉や家具に八つ当たりして騒音を撒き散らしているのはおそらく家主である獄寺本人なのだろう。
騒音と共に伝わってくる彼独特の空気、冷たいと言っていいほどの鋭利な、高潔ともいえるそれが騒音の正体を獄寺だとランボに知らしめていた。
(何か嫌なことでもあったのかな)
記憶を辿れば、彼は今日はどこだったかの大きなファミリーに交渉しにいくと言っていたはずだと思い当たる。
不機嫌の原因はそこのファミリーに何かを言われたか、帰りに何かトラブッたかのどちらかだとアタリを付け、恐る恐る音の発生源である玄関へ向かおうと立ち上がった。
けれどそれより数瞬早く、ランボのいたリビングの扉が開き、不機嫌さを隠そうともしない獄寺が顔を出した。

「…ランボ。来てたのか」

いつもより深く刻まれた眉間の皺。声もいつもよりずっと低く冷たい音だった。
けれどそれに気圧されるほど付き合いの短くないランボは持ち前のうざさを総動員して獄寺に纏わりつく。
振りほどこうとする彼の手も、やはり不機嫌を露にしていた。

「何があったの?」

何かあったの?ではない。何かがあったことはランボにだってわかるし、それならその原因は何だと訊ねたのだ。
それに獄寺は一瞬面食らったようにして、それから大きくため息を吐き、何かを考えるようにしてからランボに向き合った。

「お前、カード出来たよな?」
「へ?出来るけど…」
「よし、じゃあお前でいい」
「何が!?」

ランボだってマフィアの端くれだ。カードを知らぬ出来ぬでは済まされない。仲間内の付き合いというものもあってよくボヴィーノでもボンゴレでもカードゲームに興じていた。
強いかと言われると即座に首を振らなければいけないほどの腕しかないが。
不機嫌の原因を聞いたはずなのに、とランボが首を傾げると、獄寺は心底嫌そうに言葉を吐き出した。

「傘下を離れたファミリーに交渉に行ってきたんだ」
「うん、知ってる」
「条件次第では戻ってもいいと言った」
「よかったじゃない!で、条件って?」
「カードでの賭け。こっちが勝てば向こうのファミリー全部ボンゴレに下るって」
「…負けたら?」

ランボでさえ見慣れた獄寺愛飲のタバコを手に取り、何度か指先で弄んでから彼は言った。

「オレを寄越せって」

ジッポで火をつけ、ため息と共に紫煙が吐き出される様を、獄寺の言葉を脳内で反芻しながらランボは見た。
ボンゴレの右腕である獄寺を欲しがるマフィアは多い。その獄寺自身がツナに傾倒しているので誘いが来ても突っぱねられていたけれど。こんな形で引き合いに出されるとは。

「言っとくが右腕としてのオレじゃねえぞ。ダッチワイフ扱いだ」
「ええええええ!?」

驚きが先ほどの数十倍に膨れ上がり、思わず獄寺の肩を掴んでしまう。十年前はひどく高いところにあったはずの彼の肩は、今では随分低いところにあって、それだけ自分が成長したのだと今更ながらに実感する。驚きの余り肩を揺らすと身体全体が揺れて、彼はこんなにも細かっただろうか、と場違いなことを考えた。
いや、今はそんなことはどうだっていい。強く美しい彼を、ランボがずっと焦がれてきた彼を、言うに事欠いてダッチワイフだなんて。

「何それ、信じらんない!」
「しかもその賭け、オレは景品だから誰か代わりを寄越せと言ってきた」

吸い込んだニコチンのおかげか、あまりにランボが驚き慌てるので冷静さが戻ったか、獄寺は落ち着きを取り戻し、いつものように紫煙を燻らせながら言葉を続けた。

「だからお前出ろ」
「オレ、弱いよ!?」
「是が非でも勝て。負けたらてめえの命はないと思え」

自慢ではないが、ランボはギャンブルが苦手だ。いや、苦手と言うのは少し違うかも知れない。弱いだけだ。仲間内でするカードゲームは好きだし、リング守護者の面々とも何度か興じたことがあるけれど、それだって負け続きだ。そんな自分には荷が重過ぎやしないだろうか。
ランボの不安に気づいたのか、獄寺はふう、とため息なのか紫煙を吐き出す為なのかよくわからない吐息を吐き出し、あのな、とランボを見た。

「傘下を離れた奴らや同盟を破棄した奴らを戻そうとしているのはオレの独断だ。十代目にご迷惑をかける訳にはいかねえ。リボーンさんは確かに強いけど、こんなことでお手を煩わせる訳にはいかないし、山本や笹川はハナからこういうことに向いてねえ。骸に借りを作ったら後が怖えし、雲雀はそれこそ話も聞きやしねえと思う」
「うーん…なんとなくわかるけど」
「その点お前は適任だ。お前は絶対に何があってもオレを裏切らないし、オレのこと大切だろ?たとえギャンブルが弱くてもさ」
「そりゃあ、」
「だよなあ?今思い出しても鳥肌が立つほどねちっこい視線で見られてきたんだぞ、これで負けたらお前の大事なオレはどうなるんだろうなあ?」
「わわわっ!ま、待って!それ以上言わないで!」
「…やるよな?ん?」

なんと傲慢な、とはランボは言わなかった。
裏切らないという全幅の信頼、大切に大切に思ってきたここ数年の想いを引き合いに出されたのは些か動揺を誘うが、それだけ獄寺が自分を理解してくれているのだと思ってランボは口元が緩むのを抑えるのに必死だった。

「とにかく、お前なら勝つ。たとえ相手がギャンブルの女神に愛された奴だったとしても」
「…なんで?」
「オレが懸かってるから?」

タバコを唇から離し、獄寺がランボとの距離を詰めてくる。後一歩踏み込めば唇が触れてしまいそうな距離にランボが硬直していると、

「勝ったら…そういうこと、してやってもいいけど?」

とまるで悪魔が甘言を囁くように言って笑った。

            

薄暗い部屋は件のファミリーのテリトリーだ。
カジノというには多少こぢんまりとした、おそらく内輪の為のギャンブル施設へランボは獄寺と共に出向いた。
普段より幾分しっかりとスーツを着込み、年齢に因って見下されることがないようにということと、一応の礼節を踏まえて、普段の言葉遣いも奥深くに仕舞いこんだ。

「やあ、待っていたよ」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「君が今日のプレイヤーかね?」
「はい、よろしくお願いいたします」

品定めでもするようにランボを見た男は、すぐに興味をなくしたように視線を獄寺に移した。
男の背後にいる青年(と言っても獄寺よりも随分年は上のようだったが)が不躾な視線を隠しもせず獄寺を見つめている。
おそらく彼こそが男の息子で、獄寺を所望したと言う酔狂な男なのだろう。

「こいつがうちの息子だ。お手柔らかに頼むよ」
「はじめまして、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はプレイヤーとしては未熟ですが精一杯お相手を努めさせていただきますので」

紳士然として微笑むランボを獄寺が複雑そうな顔で見ている。彼にこういった姿を見せたことはなかったし、彼の中でランボはきっと十年前と変わらずうざくて礼儀知らずの子供のまま成長していなかったのだろう。
(あの日釣られたご褒美の話だって、実は嘘だったりして)

「ええ私もそう強い方ではないのでご安心を。イカサマなどは一切せず、どうぞ正々堂々勝負していただければと思います」

狸が、と思ったがさすがに口には出さなかった。
こういう席のギャンブルなどはイカサマをしてナンボだ。それくらいはランボだって知っている。けれど悲しいかなランボはイカサマを見破るのは不得手だし、カード自体も強くは無い。
けれどここで勝たなければ獄寺は、ランボの一番大切な人は、このおぞましい汚濁の中に身を堕してしまう。それだけは許せない。
だから勝たねばならない。
ランボの心中を読み取ったように、獄寺がランボの耳元で小さく囁いた。

「焦んな。お前は勝つ」

と。
それにゆっくり頷いて配られていくカードを見る。
ブラックジャック。たった一度の、けれどとても重い一戦。敵マフィアの壊滅を仰せつかるよりもひどい緊張がランボを襲う。
カードを配る様を見てもイカサマをしているようには見えない。けれどランボ如きに見破られるようなイカサマを彼らがするかといえば答えはノーだ。
オープンされているカードはスペードのジャック。クローズされているカードの数字に因ってはそこで勝敗が決してしまう。下手な数字であればそれ以上ヒットすることも出来ずに相手のカードを見守るしかできなくなってしまうのだ。
相手がディーラー役をやっているということは、相手側は17以上の数字になればそれ以上ヒットすることは出来なくなる。こちらだって17以上はヒット出来ない。危ない橋を渡ることは出来ないのだ。だが、多少危ない橋だとしても渡らなければ勝ちを取ることは出来ない。どうしたものか。
クローズカードを手に取る瞬間、指が震えていることに気づく。祈りにも似た強い気持ちでランボはそのカードを見た。
(え…)
カードの数字はスペードのエース。
開いた瞬間、その場の空気が凍りついた。

「…ブラックジャック。そちらは?」

どんな奇跡が起こればこんなカードが出来るのかと声が出せないほどに驚いたランボの代わりに獄寺が問う。振り返って見つめた獄寺の口元が妖しく笑みを象っていた。
一瞬それに見惚れて慌てて勝敗を確認する。そうだ。ブラックジャックなら、これに勝てるカードは無いはず。
ディーラーをしていたファミリーの男の息子がどうにか搾り出したような声音で、イカサマだ、と言った。
それに対してこちらが何かを言うより先にここのファミリーのボスは息子を諌め、感嘆したように手を叩いた。

「素晴らしい。私も君たちがイカサマをするのではないかと思い見ていたが、まったくそんな素振りは見えなかった。私もカードはよくやるしイカサマを見抜く目も持っていると自負しているのだけれどね。本当に運でそのカードを引き寄せたにしろ、悟らせないイカサマだったにしろ、いい勝負だった」
「では例の件は」
「私は一度交わした約定を覆すほど誇りを失ってはいないよ。近日中に挨拶に伺おう」

男の、さすがは伝統と格式を持つと言う自負がある人間というような潔い言葉に、ランボはあからさまにほっと胸を撫で下ろした。
獄寺は自宅での醜態が嘘のように、柔らかい微笑さえ浮かべて男に頭を下げた。

   

「びっくりしたあ!オレブラックジャックの役作れたの初めてだよ!」

帰る道すがら、車の中で、未だ興奮冷めやらぬといった風情でランボが言うと、獄寺は人の悪い笑みを浮かべた。
その笑みの意図するところを探ろうとするより早く彼は、耳を貸せ、とランボを引き寄せた。
それは、余りにも単純で、だからこそ難しい、アンフェア。

「だからお前は勝つって言ったろ」
「でも、」
「あんな奴に言いようにされるならまだお前の方がマシだ」

その日、オレはスペードのエースに愛されていたことを知った。

                


自分の大好きな曲を口ずさんでいたらなんとなく浮かんだこんなお話。
最後の一行が書きたくて書いた感じです。
因みに息子さんもイカサマはしてましたがそれを獄寺につぶされた感じです。

2010/11/01 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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