自由と孤独
自由になりたいと願った。
力も知恵も持たないくせに、何かに束縛されることが嫌で、自由を願った。
あらゆるものを遠ざけて、あらゆるものを捨てた。
たった一人、自分しかない世界で、自分は随分と長い間たゆたっていた。
子供だった自分は、それが自由であると疑わなかった。

「へぇ」
「あれ、なんか意外そうだな」
「なんかお前って、一人になるの苦手なタイプだと思ってた」

吐き出した紫煙を目で追いながら言う獄寺に苦笑を返す。
確かに今のディーノの周りには必ずと言っていいほど人がいる。それを苦痛に思うことはもうない。束縛されていると感じることもない。
香ばしい匂いのするコーヒーを一口口に含んで、そうだなぁ、と呟いた。

「誰かといることが増えて、確かに孤独は怖れるようになったのかもな。でも一人でいたい時くらい、オレにだってあるさ」
「ふぅん。まあ、オレも一人は嫌いじゃないけど」
「けど、何?」

上目で訊ねると、獄寺は眉間の皺を深くして、大きく息を吸い込む。ゆっくりと煙を吐き出しながら、躊躇いがちに言葉を紡いだ。

「一人でいる時間が欲しいのと、独りになっちまうのは違うだろ?最近、そう思う」

その言葉にディーノは破顔する。
一匹狼、誰にも懐かず、手のつけられない悪童だった獄寺がこんな風に思うようになったのはツナのお陰だろう。
弟の成長を見た兄のような気分だった。
けれど、ディーノのその反応が獄寺は気に食わなかったのか、ち、と舌打ちをしてそっぽを向く。

「…だから言いたくなかったんだよ」
「いいことだろ?お前はツナのファミリーになってよかったんだよ」
「そりゃ、十代目には感謝してもしたりねーけど…」
「ツナに会う前のお前なら、その違いすらわからなかったはずだ」

一人でいるのは今でも好きだ。
一人きりになって、ぼうっとしている時間はやはり心地が良い。
けれど、それは誰かがそばにあるからだ。
本当にひとりぼっちという訳ではない。喧騒から抜け出して息抜きをするだけの仮初めの孤独だ。決して本当の孤独でも自由でもない。

「たった一人でさ、いたとき…、ようやく自由になれたって思ったんだ」
「……孤独の間違いじゃねえの」

コーヒーカップの中を見つめながら言うと、手厳しい言葉が返ってくる。
そうだ。今思えば、あれは孤独だった。
本当の自由とは誰もいないことで、寄りかかる相手も、支える相手もいないこと。すべてから切り離されて、すべてに関与せず、たった一人の世界。
それこそが絶対的な自由であり、そして孤独と呼ぶのだろう。
独白に近く呟くと、灰皿にタバコを押し付ける、ぎゅ、という音がして、それから獄寺が溜息と共に言葉を吐く。
新しいタバコを取り出そうとしている獄寺の視線は己の手を見つめていて、ディーノはどこかほっとする。
あの翠の瞳に見つめられるのは嫌だ。特に、こんな話をしているときは。

「オレも、思ってたよ。家、出てさ、一人でいろいろやってた時、ああオレは自由だって」
「……」
「けど、どっかで淋しかったんだよな。気づかなかったけど、ほんとはきっと淋しかったんだ。十代目と会って、お傍にいさせてもらうようになって、初めて気づいた。オレ、自由じゃなくて、孤独だったじゃないかって」

大人びた表情を見て、一瞬鼓動が跳ねる。顔に出すことはどうにか堪えたけれど、頭を撫でてやりたい衝動は堪えることが出来なかった。
小さなテーブルを挟んで真向かいに座る獄寺との距離はそんなに遠くない。そっと手を伸ばし、珍しい毛色の髪を撫でる。

「なっ!」
「よかったな、…ツナに会えて」

誰にも心を許さなかった頃の獄寺を知っている。たった一人で、たった独りでいた彼を知っている。けれど自分は彼に自由も孤独も教えてやれなかった。それを教えたのはツナだ。
そのことを少し苦く思いながら目を細める。
ディーノの手を跳ね除けようとしていた獄寺は、少し驚いたようにして目を見開き、舌打ちをしながら視線を彷徨わせた。

「お前だって、自由と孤独の違いもわかんなかったくせに」

ぽつりと発された言葉は、想像以上にディーノを抉った。
思わず手の動きを止めると、不思議に思ったのか、獄寺が上目遣いでこちらを伺っている。
自由と孤独の違いを教えてくれた人がいた。力を与え、知恵を与えてくれた。そして今の自分がいる。
獄寺も、今のように感じるようになったのはツナがいたからだ。
誰も、一人では生きていけないのだ、とそんな当たり前のことに感動する。そしてそれに付随するように苦味が胸の中に広がった。

「そうだな。今思うと、あの頃のオレは孤独だったよ。けど、その頃のオレは自由だと思ってた。何にも束縛されない、誰もオレを構わない。それが心地よかった」
「…今は?」
「今は…そうだな、当時のオレに会ったらとりあえず殴ってやりたい」
「は?」
「リボーンに会うまではさ、勘違い野郎だったからな。ちょっとは目ぇ覚ませ!って一喝入れてやりたいっつーの?」

獄寺の髪から手を離し、今度はコーヒーカップに口をつける。それと同時に獄寺は新しいタバコを手に取り、ジッポで火をつけた。
少しの間をおいて、先ほどディーノがしたように獄寺が手を伸ばす。
何をするのかと見ていると、額を思い切り指で弾かれた。

「じじくせぇ」
「おま、ひどくないか?オレまだ若いぞ?」
「遠い目して、昔の自分ばかだったなーとか思いを馳せてる奴なんかじじくせぇ以外なにもんでもねえよ」
「…口の減らねえガキだな」

声を上げて笑うと、獄寺はつまらなさそうに息を吐き出し、とんとん、と灰を落した。
今は、孤独も自由もわかっている。しがらみもあるけれど、自由が欲しいとは思わない。絶対的な自由の淋しさも、それと同じ意味を持つ孤独も自分には必要がない。獄寺にだって、不要なものだ。
誰かがいて、自分が成り立っている。自分がいることで、誰かが成り立っている。
その中で一人でいる時間というものは必要だとは思うけれど。

「孤独も自由も、おんなじだよな」
「ああ」
「今はもう、どっちもいらねぇ」
「大人になったなぁ、スモーキンボム」
「おっさんになったな、跳ね馬」

手を伸ばして、こつん、と軽く叩くと、獄寺は大げさに痛がって、笑った。
しばらく笑いあって、それからふと獄寺が口を開く。

「いつまでも、子供じゃいられねえんだよな」

獄寺にしては小さな声で呟かれた言葉に、ディーノも黙る。
馬鹿やって、自由が欲しいとタダをこねるような、そんな真似はもう出来ない。自分はファミリーを預かるボスだし、獄寺もボンゴレ十代目の右腕になるべく研鑽を積む日々だ。
けれど、自分はともかく、獄寺がそんなことを言うのは何故が胸が痛くて、ディーノは目を伏せた。
いつまでも、子供でいてくれたら。ツナに会わずにいてくれたら。孤独と自由の区別もつかない子供でいてくれたら。自分にそれを教えてくれたリボーンのように、自分が獄寺にそれを教えられていたら。。
テーブルを挟んだ、近いようで遠いこの距離を縮めることが出来ただろうか。
どこか遠い目をして溜息を吐くように紫煙を吐き出す獄寺をディーノはただ見つめた。

                


ディーノさんと獄寺。
なんとなく単行本見返してたらちょっと書いてみたくなったんですけど、書きたかったものが書けているか不明。

2010/11/01 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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