仮定論への逃避行
もしも、であれば、過ぎた事象に対する仮定は何も生み出さない。
けれど、そうとわかっていても仮定を想像してしまうのが人の悲しい性ではないだろうか。

そんな人の悲しい性に振り回されている男がここにもいる。
凌統は自身の生まれの根本から否定しかねない仮定論をつらつらと並び立てては杯を呷っていた。
凌統の脳裏は今、たらればの仮定に埋め尽くされている。今後に対しての仮定ではなく、何も生み出さない過去に対しての仮定。それも、自分の力や意思では変えられない事柄に対してのもしもであるから、余計に無意味なことだと言えた。
もちろん凌統自身も、それが無意味であるとわかっていたし、現在自分を取り巻く環境がそんな有り得ない仮定に逃げなければならないほど不幸だと言う訳でもない。
ただ、そうであったら、今よりもっと円滑に物事は進み、今のように心が潰されることは無かったのではと思うのだ。
そして結局また、たらればの仮定の渦に翻弄されてしまう。
仮定論に勤しみ始めたのは酒の所為かもしれなかったが、その思考から抜け出せなくなったのは重ねた酒量の所為だけではなかった。

唐突だが、凌統はこれまで自分の容姿や生まれに対してコンプレックスというものを抱いたことがなかった。
そもそも卑屈になるということがどういうことか、理解していなかった。
凌統の性根が根本のところでまっすぐだったことや、周りの人間の愛情に因るものが大きく、厳しく強い父と際限なく優しい兄のような存在、そして良い友がいた。だから卑屈になる必要がなかった。ぬるま湯に浸かっていたと言われればそれまでかもしれないが、ただ凌統はとても人間関係に恵まれていたのだ。
そんな凌統にも恋う人が出来、想いを通じ合わせるようになって、初めてコンプレックスというものを抱いた。

深酒の原因であり、こんな無意味な仮定の想像に勤しむ原因は友人であり情人でもある男―…陸遜の所為だった。
彼は決して一般的に見て背が低い訳ではないが凌統と並ぶとやはりその差は歴然としている。長身の人間の多い孫呉の武将の中ではいっそ小柄と言っていいほどだった。要するに凌統の方がずっと背が高いのだ。最初はそんなこと気にはならなかったし、長身は今まで自分にとって有利にしか働いたことはなかった。
けれど、彼が誰か、誰でもいいのだけれど、とにかく女性と並んでいるのをみると、なんとも居た堪れない気持ちになってしまう。
酒の入った頭はそんないつもは蓋をして見ない振りをしている余計な記憶を引っ張り出してきてしまって、そこからもう少し自分の背丈が低ければ、と仮定が浮かび、自分が女性であれば、と派生していった。
そしてもし自分が女性であったとして、陸遜の家は名家であり、自分はたとえ女性であっても凌家の当主であることは変わらないからやはり添い遂げることは叶わないのだろうと。
家に縛られず、性別に縛られず、立場に縛られない関係にはどうしても行きつかなくて空になった杯を齧る。
まったくくだらないと凌統自身思っている。そんなことを考えたところで何も変わらない。すべてが無意味でどうしようもない事柄だ。今更武将でなく男でない自分も考えられないし、彼も自分も当主である以上女性を娶り子を成し家を存続させていく義務のある立場だ。
そうわかっていても思考の渦から逃れられないのは、そろそろ嫁を娶れと家の者に言われることが増えてきたことも関係しているのかもしれない。

愛しています。
(うん、知ってる。)
貴方もそう思ってくださっているといいんですが。
(うん、俺も愛してる。)
ずっと、共にありましょう。
(ねえ、でもどうやって?)

嫁を娶り、子を作り、家をそうやって守っていく。それが当たり前の世の中で、どうやってずっと共にあればいいのだ。
ずっと隣で、彼が嫁を娶るのを見て、彼が子を成すのを見て、そして自分も同じように嫁を娶り、子を成していく。ずっと、隣で。
気が狂いそうだ。
彼が自分以外の人間に睦言を囁き、彼が自分以外の人間の身体を抱くのなんて想像しただけで吐き気がする。自分だって彼以外の人間なんてごめんだと思う。
どんなに愛していても、どんなに愛されても、それでも現実はそんな事情など関せずいつだって残酷だ。
たとえ彼がもし娶った女性を愛さなくても、その事実だけできっと自分は壊れてしまうだろうと容易に想像出来た。
けれど頑是無い子供のようにそれを嫌だと駄々をこねることも出来ず、薄っぺらな笑みを浮かべて空ろな祝福の言葉を述べるのだろう。そうして内側からぐずぐずと壊れていくのだろう。
それは、遠くない未来、必ず訪れる悪夢。

(ずっと、何にも考えずに一緒にいられたらよかったのに。)

音にせず呟いた言葉を拾う者はこの場になく、酒の所為で熱くなった溜息にも似た吐息が、しんとした世界にやけに響いた。

               


これでも一応、陸凌な訳で…(二度目)。
りょとは無意味なことをだらだらと考えては一人で悶々として沈んでいくタイプだろうなあと。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル