真っ赤な嘘

「ああ、そうだ、くのいち――」

きっと、それは嘘なんだろう。
彼が口にした言葉は、その表面だけを見ればまるで約束事のように思えるけれど、そうではないのだとくのいちは気づいてしまった。
多分嘘だった。それは彼が纏う甲冑よりも赤く、夥しく流れる鮮血よりも鮮やかな嘘だった。
きれいに貼り付けた、然も優しげな笑顔で真っ赤な嘘を吐くのを、喩えようもなく哀しく思いながら、けれどどうしようもないことなのだ、と脳裏でもう一人の自分がやけに冷静な瞳で見据えてもいる。
彼は武士で、それ以外には成れない。戦場にのみ生きる、武士なのだ。
口では太平の世を望みながら、心のうちでは戦乱を望んでしまう。そしてまた、自身こそが戦乱の火種となってしまう、そういう生き物だ。
少女と言って差し支えない年齢であるくのいちもまた、年相応の娘らしく淡い恋心を抱き、その相手に生きて欲しいと願いながら、それは決して叶わないのだという諦観を持ち、ならばせめて主の志に殉じようとする忍でしか在れなかった。
自分たちは太平の世には不要のものだった。それを知っていた。
太平の世が訪れたとして自分たちは一体何をすればいいのだろう。
やってみたいことがないとは言わない。けれどそれをしている自分を想像出来ない。
それと同じように太平の世で、槍が必要とされない世界で、笑っている己が主の姿も想像が出来なかった。
だから、仕方がないのだ。
自分は忍以外の何者にも成れず、また彼も武士以外の生き物には成れない。二人とも、物心ついた頃からそうだったのだ、無理もない。
もう一度、だから仕方がないのだと胸中で呟いて、くのいちは幸村の吐いた嘘を丸ごと飲み込んだ。
そうだ、飲み込むのは慣れている。想いを押し殺して伝えたい言葉をずっと飲み込み続けてきたのだから。
けれどその度呼吸が苦しくなっていたのと同じように、今もまた気管が狭まったように苦しくて、心臓がぎゅうぎゅうと痛かった。
無理矢理笑顔を浮かべるには辛すぎて、口の端を半端に吊り上げただけの不恰好な表情になってしまう。形振り構わず泣き喚きたいなんて思ったのは久しぶりだった。

「幸村様――」

ひゅうひゅう喉が鳴る。心が痛いから息苦しくて胸が痛むのだと思ったらどうやら違ったらしい。
多分、そう、違うのだろうけれど。
どこの誰ともわからない人間に切り裂かれた傷が痛むと思うより、恋い慕う人を想うが故の痛みの方がずっと幸福だし、そう思いたい。
彼が吐いた嘘と同じくらい赤い血潮を滴らせながら、がくがく震える膝を叱咤してくのいちは立ち上がる。自身が流した血を吸って重くなった首巻きは、普段であればふわりと動作に合わせて揺れるのに、ひたりと身体にくっつくように重さを主張していた。
一向に整わない呼吸をそれでも必死に落ち着けながら、そっと瞳を伏せて、主が走り出した方角に向かって、御武運を、と叫び、どうかご無事で、出来るなら生きてください、と心の中で祈った。
そうしてすぐにくのいちも逆方向に走り出す。
今生の別れになるかもしれない―否、間違いなく今生の別れとなるのだ―というのに、それはいっそ薄情と言っていいほどの呆気なさで二人は別れた。
主と従者、武士と忍。自分たちはそれ以外の何者にも当て嵌まらない。
男と女では決してなく、たとえ互いの心に淡くも儚い想いが存在したとしてもそれは変わらない。
太平の世では生きられぬ生まれついての武士と、忍としての生き方以外を知らぬ娘は最期までそれ以外には成れなかった。槍も戦場も知らぬ男にも苦無も忍術も知らぬ娘にも到底成れやしなかった。

「ああ、幸村様――」

足が言うことを利かない。指先一つ満足に動かせない。積み上げた屍と同じように地べたに這い蹲りながら、それでも想うは主のことばかり。
彼は彼の望みを果たせただろうか。きっと夏の日差しよりも眩しく、圧倒的な存在感でもって戦場にその名を轟かせたろう。
けれど、自分はもう――。

「ごめんなさい、幸村様――」

呼吸は浅く速く途切れがちになり、頭がぼんやりとして視界もそれに倣うようにぼやけていく。すぐ間近にあるはずの石ころでさえ巧く捉えられない。
もう役には立てないのだと思ったら悔しくて涙が滲んだ。
見事なほど鮮烈でまるで紅玉のように美しい嘘は、やはり嘘のまま真実に成り代わることはなかったが、嘘を好まぬ主が自分の為に吐いた優しいそれをくのいちは宝物のように思う。
そして、それだけを胸に忍の娘は最期を迎えた。

さようなら。さようなら、幸村様。
生きて欲しいと願ったけれど、あなたに平和な世は窮屈過ぎる。槍を持って戦場を駆け回り、生き死にに最も近い場所で獰猛な獣のように瞳をぎらつかせてこそ、あなたは生を感じられるのでしょう。
知っていたの。散るを華と、戦場で散るを武士の誉れとあなたが願っていることを。
だから、きっと、これでいいの。
でもね幸村様、最期にお願いがあるの。何もかもを思い返した後でいいの、ほんの一瞬、ほんの少しでいい、あたしのことも思い出して――。

「くの、い、ち――…」

              


3くのいちはほんとに幸村のこと好きだよね。
3幸村はほんとフラグクラッシャーだよね。
でもたまにはらぶついてほしい。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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