第一話 片道切符

呆れるくらい青い空の下、誰もがいつもと変わらず、何一つ変わることなく『いつも』を送っていた。
ありきたりな日常をつまらないと笑ったのは誰だったか。自分だったかもしれないし、友人だったかもしれない。けれどそれはこの国に生きる人間のうち、幾ばくかの特別な人々を除いて誰もが一度は考えたことがあるほど、なんら特別なことではなかった。
先に待ち受けている未来が『ありきたり』であるのだと、誰もがみな心のどこかで思っていた。

黒塗りの大きな車。抵抗らしい抵抗も許されず、少年たちは車内へと詰め込まれていった。
尋常ではないのだと気づいていても、これから自分の連れられる先が先ほどまでのありきたりな日常からかけ離れた地獄だと理解しているものは少なかった。
中には『それ』であると確証はもてないまでも、そうではないか、と感づいている者もいたけれど、だからといってどうすることもできなかった。
彼らは少年であり、何の力も持っていなかったからだ。

意識が遠のいていく。
少年を車内に押し込めた大人はいつの間にか大仰なマスクをつけ、微動だにすることなく前を向いていた。
襲い来る睡魔に、少年の抱いた疑念は確信に変わった。
薄れゆく意識の中で思ったのは己のくじ運の無さだろうか、大切な人たちの安否だろうか。
それは彼らにしかわからない。
けれど狂い始めた少年たちの運命の歯車がもう二度と元に戻らないことは確かだった。

手渡された片道の切符。
帰りの切符は一枚しか発行されない。
たった一枚の切符をかけた政府主催のスペシャルゲームが少年たちの意志とは無関係なところで始まろうとしていた。

               

                           

 

 

 

第二話 END OF START
気づいたときにはもう手遅れだった。
試合開始のホイッスルは当の昔に鳴り響いていたし、途中棄権は認められない。リタイアは死だ。
参加は強制。選ばれ方は無差別。主催者は参加者を駒としかみない。それゆえに彼らが人間であり子供であるということも、大切な人や友人がいることも、考慮されることは無い。恋人同士、親友、双子の兄弟や親戚とも参加者であれば殺し合えと政府は言う。
自分以外の人間はすべて敵、自分が助かりたければ自分以外の人間を容赦なく殺す。それがこのゲームの掟であり、唯一絶対のルールだ。

昨日の敵は今日の友ではなく、このゲームでは『昨日の友は今日の敵』となるのだ。

ある程度の予備知識はその場にいる全員が持っていたと思う。プログラムの詳細が一般公開されることはないけれども、開催地や死亡内訳、選ばれた参加者がどの地域の人間かという程度はニュースで大々的に放送されるからだ。
この国に生き、中学生という枠組みに入った瞬間からプログラムの対象者となる。宝くじに当たったり交通事故にあったりといった確立より低いのだと言い聞かせても心の奥底にはプログラムというものへの恐怖があった。
日常そうやって押し込めてきた恐怖が、教室中を重苦しく嫌な空気で満たしている。

参加者に選ばれ、連れてこられてしまえばもう決して逃れることはできないことも、平和な日常へ帰ることはできないことも。
彼らは知っていた。
このメンバーで芝を駆けることも、ボールを蹴ることもできない。
もう二度と、このメンバーでサッカーをすることは叶わないのだと。

「今日はね、みんなに殺し合いをしてもらおうと思うの」

場にそぐわない明るい声が教室に響く。本心の見えない笑顔を貼り付けたまま、監督官として現れた女性は、西園寺玲だった。
東京選抜の監督だったはずの彼女がなぜこのようなプログラムの監督官を任されているのわからない。けれども彼女の腕につけられた桃色の腕章は政府の人間だと主張していたし、自分たちの首につけられた計測用の銀の首輪は殺人ゲームの参加者である証だった。
彼女を知る少年たちは思った。この場にいる西園寺玲は、自分たちの知る西園寺玲ではないと。それは理性で納得したのではなく、本能的に察知しただけだったけれど。

「返事が無いわね。もう一度言うわ、よく聞いて。今日集まってもらったのはみんなに殺し合いをしてもらう為なの。…理解できるかしら?」

にこやかな笑顔は選抜合宿で見せた表情よりもずいぶんとくだけている。けれど表情や口調ではごまかしきれない内容に教室の空気は重くなるばかりだ。

「本当は選抜メンバーの子を計測対象者にしようとしてたんだけど、何人かはね、ひどく暴れて手がつけられなかったんですって」

唐突に西園寺は語る。言葉を区切ったその続きは、誰もが容易に想像することができた。
それが当たってほしいとはかけらも思わなかったけれど、公務執行を妨害する者に対して政府は容赦ない。

「死んでもらったの。かわいそうだけどね」

かわいそうだという言葉は亡くなった者へ哀悼を示しているように思えるが、彼女の表情にそんな感情は微塵も感じ取れない。ただ言い知れない恐怖ばかりを少年たちに与えるように目を細めるだけだ。

「悲しんでる余裕も怯えてる暇もあなたたちには無いのよ。これからあなたたちはもっと大変なものに参加するんだから。…気を抜いたら、わかるわね?」

そう言って教室中を見渡す。しんとした空気の中、誰も何も言うことは無かった。逃げられないと悟った少年たちは、ただ黙って西園寺の言葉を享受する。それくらいしか彼らにできることは無かった。
その反応に、西園寺は満足したように笑った。

「物分りのいい子たちで安心したわ」

               

                           

 

 

 

第三話 叶わない、『もしも』

「さっそく本題に入りましょうか。机の上に参加者のリストとこの島の地図、あとメモ帳とシャープがおいてあるわ。各自確認して」

言われて机の上を見ると、確かにそれらはそこにあり、渋沢克朗(出席番号17番)はなぜだか泣きたい気持ちになった。
混乱を必死で押しとどめて教卓を見る。桃色の腕章をつけた彼女の口にすることが現実であることは仕方がない。自分たちがどれほど嫌だと叫んでもこの場からは逃げられない。それはわかっていた。
否、諦めていた。
けれど。

「すみません」
「…何かしら」
「参加者の、…編成理由が理解出来ません」

手を上げ、渋沢が言葉を発すると、彼の周りにいた彼と親しい人物たちは、一様に驚いたような不安そうな表情を浮かべ彼と事の成り行きを見つめている。
もちろん渋沢も、自分の行動が彼女の反感を買う可能性があることはわかってた。

この場に集められた少年たちは、渋沢も含めゲームへの参加を余儀なくされた不運な集まりだ。
もうずっと前、気まぐれで読んだ何かの雑誌にこのゲームが取り上げられていたことを思い出す。
この集まりは、何かの括りがあって作られる。その大小はさまざまだろうが、教室を見渡す限り、渋沢が思いつくようなキーワードはサッカー以外に何もない。
選ばれた単位がサッカーだけだというのなら、それは、少し、強引過ぎはしないだろうか。
先ほど西園寺は選抜メンバーを集めたと言った。集まることの出来なかった者も多いが、とにかくそう言った。
けれどその理由では選抜に落ちた設楽兵助(出席番号16番)や不破大地(出席番号27番)、三上亮(出席番号28番)、ましてそれに召集されなかった者がここにいる理由がない。
ではなぜ彼らはここに呼ばれたのだろう。
本来ならそれは小さな疑問だ。けれど渋沢はそれをそのまま飲み下すことが出来なかった。
出来ることならこんなゲームには参加したくはない。誰だってそうだ。そして、自分の大切な人にだって参加してほしくはない。
時折流れるニュースに生々しく映る最終勝利者の服についた赤黒い染みや、色々な感情がない交ぜになった複雑な表情を見たことのある者なら、余計にだ。
それなのに、渋沢の『大切に思う人』は今まさにこのゲームに参加させられようとしている。
銀色の首輪をつけられ終わりと始まりを待つ姿は、どこか無感情だった。他人の目にどう映るかはわからない。けれど彼が精神的に脆い部分があることも、追い詰められれば追い詰められるほどに感情を隠すことも、短くはない付き合いの中で渋沢は学習してしまっている。
彼をよく知る人物なら、彼が今どういった感情でいるのかなど、考えるべくもなかった。

「誰か、参加して欲しくない人でもいたのかしら」

何もかもを見通したような笑みで西園寺は渋沢を見る。

「そういう、訳では」
「…そうね。代役、かしら」
「だい、やく?」
「嫌がって参加しなかった子がいたでしょう。だから統計を取るために必要な人数を追加したの。顔見知りを選んだのは私よ。よく知ってるこの方が、こんなゲームでも楽しいかと思って」

西園寺の言葉を聞きながら、渋沢は眩暈をこらえるのに必死だった。
こんなゲームで何の統計が取れると言うんだ。こんなゲームに楽しさなど誰が求めると言うんだ。
我知らず、彼女を睨んでいたのかもしれない。笑顔を浮かべていた西園寺の顔から表情が消える。

「もういいかしら。席についてもらえるとうれしいんだけど」
「…はい」

言われた通り席につき、ため息を吐く。
自分たちの力ではどうにも出来ないことだ。ゲームのスタートは切られていなくても、日常はとっくに終わらされている。あとは非日常のスタートを待つだけで、今さら戻れはしない。
それは嫌というほど理解していたけれど。

もしもこの世の中にこんなプログラムが存在しなければ。
もしもそれが今年、この地区でなければ。
いや、そんなことは構わない。

メンバーに彼が選ばれてさえいなければ。

そうしたらまだ、この現実を受け止めることが出来たのに。

               

                           

 

 

 

第四話 歪んだ未来
「せんせー、俺名前違うんですけど」

確認の為、出席を取ります、と言われ、参加者の名前が読み上げられていく。
次々と名前が呼ばれ、それに答えて参加者達が返事を返す。しばらくして自分の名前が呼ばれた時、李潤慶(出席番号30番)は少し不服そうに手を挙げた。
発言に前置きも何もなかったが、手を挙げるという最低限の順序を踏まえていた為か、西園寺の怒りには触れなかったらしい。
にっこりと微笑みながら西園寺は、あら、本当?と訊ねた。

「名前、リじゃなくて、イなんだけど。あと俺、国籍違うけどイイの?」

潤慶の言葉を受けて西園寺は手元にある資料に目を移す。
潤慶もまた、配られていた参加者リストを確認するように手に取った。

「ああ、韓国の子ね?郭くんのいとこの。名字だけ日本語読みにされちゃってるのね。ごめんなさい、こちらの手違いだわ。でもこのプログラムで出席番号も出ていく順番も大して結果に関わってこないから許してね。結果に関わるのはやる気だけよ」
「あ、そう」
「国籍についてはリストに載っている以上はあなたが何も不安に思う必要はないわ。安心して戦ってもらって大丈夫よ。でもわざわざ上の方々が特別に取り計らってくださったんだから、それ相応の結果を出してね?」
「……」
「私、あなたには期待してるのよ。がんばってちょうだい?韓国からの特別招待なんだから」

期待されても困るんだけど。
口をついてでそうになった言葉をなんとか飲み込んで潤慶は席についた。

殺し合いが始まる。
自分たちの意志とは関係なく。
もう、後少しで、拒むことさえ許されないまま。

期待しているとは、どういう意味なのだろう。西園寺は、潤慶が嬉々として殺し合いに乗るとでも思っているのだろうか。
自分には殺せない。多分、きっと。自分にそんな度胸はない。
けれどそれは、今だから、まだ始まっていないから思うだけなのかも知れない。
誰だって自分が可愛くて、誰だって本当に何より優先したいのは自分で、だから、ギリギリに追い詰められたら、人の命の存在なんてどうだってよくなる。
人を殺める度胸の有る無しなど関係なく、自分可愛さに、人を殺す。

自分も、そうなるのか。

大切な人たちよりも、自分を選ぶのだろうか。
あの三人より、あの人より、自分を守ろうとして。
自分の命を選んで、自分可愛さに手にかけるのだろうか。

「………」

そうなってしまった時の自分を想像して、潤慶は軽い眩暈を感じた。

               

                           

 

 

 

第五話 本当は
「そろそろ時間ね。…始めましょうか」

西園寺のその言葉に、三上の肩が小さく揺れた。
誰も気付かない程度の小さなその変化は、おそらく、それをした本人以外、実際誰も気付かなかったはずだ。
ポーカーフェイスは得意だった。辛い時や苦しい時、何でもない顔をすることは慣れていた。
けれど、普段とは違う現状に、やはり隠しきれない不安が襲いかかって、それでも三上はそれを隠し通そうと自分の腕を抱いて俯いた。

こんな状況下に置かれながら、いや、置かれているからこそ、思い浮かんだ日常。あまりにもつまらない授業に半ば呆れながら、睡魔と戦って、ぼんやりとノートを見つめている、そんなありふれた情景。
そう言えば自分が今座っている席は、その日常とまったく一緒の席位置だ。これで右隣に辰巳良平(出席番号19番)、左隣に中西朗(出席番号22番)がいれば、それは完璧なほど日常を変わりない光景があったのに。
辰巳になんだかんだと我が侭を言って困らせて。
中西と他愛ない悪巧みや口喧嘩をして。
渋沢にたしなめられて。
近藤や根岸とバカ騒ぎして。
笠井に呆れたようにため息を吐かれて。
藤代をからかって遊んで。

そんな、当たり前に繰り広げられていた日常は、なんでもないそんな日常は。
きっと、もう、二度と返っては来ない。

「出発の順番が結果に関係ないとはいえ番号順じゃつまらないわよね…、李くんのこともあるし。…そうねえ、じゃあ、一番ドアに近い席の子が最初に出発。後は出席番号順に出ていってもらおうかしら」

西園寺の言葉に、三上は我に返った。
情報を、情報と認識出来なければ命取りになる。一瞬の気のゆるみが、このゲームのレッドカードになってしまう。
三上は、気持ちを落ち着かせるように、小さく息を吐いた。

出来るだけ冷静に、理性を保つ。
おそらくそれこそがこのゲームで早死にしない唯一のコツだ。そしてそれは自分の得意分野だろう、と自分に言い聞かせる。
もっとも、いつまでこの状況下でそれが出来るかは甚だ疑問ではあったけれど。

教室の扉、一番近い席へと視線を移す。
そこには水野竜也(出席番号29番)が表情もなく、頬杖を付いて座っていた。自分が西園寺の言葉を聞き間違えていないのなら、水野が一番最初に出ていくことになるのだろう。
選抜のポジション争いもした。武蔵森へ水野がやってくると、自分が控えに回されると、そう言われたこともあった。それさえも遙か遠い昔のことのように感じる。
あの頃はこんなものに巻き込まれるようになるなんて、少なくとも三上は思っていなかったし、この教室に集められたメンバーも、おそらくは思っていなかっただろうと思う。
いつもと変わらない日常を、つまらないとバカにして、不満も満足も上手く感じ取れないまま、それでもなんとなく幸せに生きて、なんとなく繰り返していくのだと、思っていた。
本当は、そんな確証なんて、どこにもなかったのに。

もう、戻れないけれど。
もう、戻れないからこそ。

懐かしいあの日常へ戻りたいと思う。
不満ばかりを並べ立ててバカにしていた、本当は何より大切な毎日へ、戻りたいと思う。
そして。
本当は好きで好きで仕方なかったサッカーを、もっともっと、飽きるまでしたかった。

表情一つ変えることなく西園寺を見つめている水野を見ながら、三上は心の中で弱音を吐いた。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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