第一話 片道切符 |
呆れるくらい青い空の下、誰もがいつもと変わらず、何一つ変わることなく『いつも』を送っていた。 黒塗りの大きな車。抵抗らしい抵抗も許されず、少年たちは車内へと詰め込まれていった。 意識が遠のいていく。 手渡された片道の切符。
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第二話 END OF START |
気づいたときにはもう手遅れだった。 試合開始のホイッスルは当の昔に鳴り響いていたし、途中棄権は認められない。リタイアは死だ。 参加は強制。選ばれ方は無差別。主催者は参加者を駒としかみない。それゆえに彼らが人間であり子供であるということも、大切な人や友人がいることも、考慮されることは無い。恋人同士、親友、双子の兄弟や親戚とも参加者であれば殺し合えと政府は言う。 自分以外の人間はすべて敵、自分が助かりたければ自分以外の人間を容赦なく殺す。それがこのゲームの掟であり、唯一絶対のルールだ。 昨日の敵は今日の友ではなく、このゲームでは『昨日の友は今日の敵』となるのだ。 ある程度の予備知識はその場にいる全員が持っていたと思う。プログラムの詳細が一般公開されることはないけれども、開催地や死亡内訳、選ばれた参加者がどの地域の人間かという程度はニュースで大々的に放送されるからだ。 参加者に選ばれ、連れてこられてしまえばもう決して逃れることはできないことも、平和な日常へ帰ることはできないことも。 「今日はね、みんなに殺し合いをしてもらおうと思うの」 場にそぐわない明るい声が教室に響く。本心の見えない笑顔を貼り付けたまま、監督官として現れた女性は、西園寺玲だった。 「返事が無いわね。もう一度言うわ、よく聞いて。今日集まってもらったのはみんなに殺し合いをしてもらう為なの。…理解できるかしら?」 にこやかな笑顔は選抜合宿で見せた表情よりもずいぶんとくだけている。けれど表情や口調ではごまかしきれない内容に教室の空気は重くなるばかりだ。 「本当は選抜メンバーの子を計測対象者にしようとしてたんだけど、何人かはね、ひどく暴れて手がつけられなかったんですって」 唐突に西園寺は語る。言葉を区切ったその続きは、誰もが容易に想像することができた。 「死んでもらったの。かわいそうだけどね」 かわいそうだという言葉は亡くなった者へ哀悼を示しているように思えるが、彼女の表情にそんな感情は微塵も感じ取れない。ただ言い知れない恐怖ばかりを少年たちに与えるように目を細めるだけだ。 「悲しんでる余裕も怯えてる暇もあなたたちには無いのよ。これからあなたたちはもっと大変なものに参加するんだから。…気を抜いたら、わかるわね?」 そう言って教室中を見渡す。しんとした空気の中、誰も何も言うことは無かった。逃げられないと悟った少年たちは、ただ黙って西園寺の言葉を享受する。それくらいしか彼らにできることは無かった。 「物分りのいい子たちで安心したわ」
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第三話 叶わない、『もしも』 |
「さっそく本題に入りましょうか。机の上に参加者のリストとこの島の地図、あとメモ帳とシャープがおいてあるわ。各自確認して」 言われて机の上を見ると、確かにそれらはそこにあり、渋沢克朗(出席番号17番)はなぜだか泣きたい気持ちになった。 「すみません」 手を上げ、渋沢が言葉を発すると、彼の周りにいた彼と親しい人物たちは、一様に驚いたような不安そうな表情を浮かべ彼と事の成り行きを見つめている。 この場に集められた少年たちは、渋沢も含めゲームへの参加を余儀なくされた不運な集まりだ。 「誰か、参加して欲しくない人でもいたのかしら」 何もかもを見通したような笑みで西園寺は渋沢を見る。 「そういう、訳では」 西園寺の言葉を聞きながら、渋沢は眩暈をこらえるのに必死だった。 「もういいかしら。席についてもらえるとうれしいんだけど」 言われた通り席につき、ため息を吐く。 もしもこの世の中にこんなプログラムが存在しなければ。 メンバーに彼が選ばれてさえいなければ。 そうしたらまだ、この現実を受け止めることが出来たのに。
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第四話 歪んだ未来 |
「せんせー、俺名前違うんですけど」 確認の為、出席を取ります、と言われ、参加者の名前が読み上げられていく。 「名前、リじゃなくて、イなんだけど。あと俺、国籍違うけどイイの?」 潤慶の言葉を受けて西園寺は手元にある資料に目を移す。 「ああ、韓国の子ね?郭くんのいとこの。名字だけ日本語読みにされちゃってるのね。ごめんなさい、こちらの手違いだわ。でもこのプログラムで出席番号も出ていく順番も大して結果に関わってこないから許してね。結果に関わるのはやる気だけよ」 期待されても困るんだけど。 殺し合いが始まる。 期待しているとは、どういう意味なのだろう。西園寺は、潤慶が嬉々として殺し合いに乗るとでも思っているのだろうか。 自分も、そうなるのか。 大切な人たちよりも、自分を選ぶのだろうか。 「………」 そうなってしまった時の自分を想像して、潤慶は軽い眩暈を感じた。
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第五話 本当は |
「そろそろ時間ね。…始めましょうか」 西園寺のその言葉に、三上の肩が小さく揺れた。 こんな状況下に置かれながら、いや、置かれているからこそ、思い浮かんだ日常。あまりにもつまらない授業に半ば呆れながら、睡魔と戦って、ぼんやりとノートを見つめている、そんなありふれた情景。 そんな、当たり前に繰り広げられていた日常は、なんでもないそんな日常は。 「出発の順番が結果に関係ないとはいえ番号順じゃつまらないわよね…、李くんのこともあるし。…そうねえ、じゃあ、一番ドアに近い席の子が最初に出発。後は出席番号順に出ていってもらおうかしら」 西園寺の言葉に、三上は我に返った。 出来るだけ冷静に、理性を保つ。 教室の扉、一番近い席へと視線を移す。 もう、戻れないけれど。 懐かしいあの日常へ戻りたいと思う。 表情一つ変えることなく西園寺を見つめている水野を見ながら、三上は心の中で弱音を吐いた。
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