第六話 さよならばいばい、また明日?

「じゃあ水野くんから出ていってもらうけど、その前に政府から支給されるバッグの中身について説明をするわね。地図と食料、時計に…あとはコンパスが入っています」

ほら、と西園寺は、サンプルと大きく文字の書かれたバッグの中からそれらを出して見せる。
プログラムが開催されるこの島の地図。パンと水の入ったペットボトルがこのゲーム内で唯一支給される食料だ。そしてペンダントのようにチェーンのついた大ぶりの時計。地図を見て、自分たちの位置を確認する為のコンパス。
そして。

「みんな、気になってるでしょう?武器のこと」

武器。
殺し合うための武器。
ごとりと重たそうな音を立てて教卓の上にそれが置かれる。

「中に入ってる武器はそれぞれ違うの。何が当たるかは運次第。誰に何が当たっても文句は言わないでね?運も実力のうちだから。…ハズレも確かにあるけど…あら、これはアタリみたい」

誇るように西園寺が持ち上げたのは、自分たちには名前さえわからない大きな銃。
人殺しの道具が、目の前にある。
これを自分たちは今から使わなければならない。
これで人を、友人を、殺さなければならない。
それが、現実。

「あ、そうそう。時間事に増える禁止区域っていうものが前まであったんだけど、会場自体が狭範囲ということもあって今回それはなくしてあるわ。好きなところで好きなようにプログラムを楽しんでちょうだい。…でもこのプログラム自体のタイムリミットもあるし、24時間誰も死ななかったらみんな一斉に天国行きになっちゃうからね。気を付けて」

一方的にそう言い放つと、西園寺は並べてあった参加者配布用のバッグを手に取り、どす、と重たげな音を立てて水野の前に置き、まるでテスト用紙か何かを配るように一人一人にバッグを手渡していった。
支給された大きな肩掛けバッグの中には、これから始まるゲームの中で、欠かすことの出来ない物が詰め込まれている。
おそるおそる受け取ったバッグの重さは、生き残る為に必要な物の重み。命の重みだ。
そして、水野がそれを受け取ったことで、このゲームは本格的に始動し始める。

「いい?水野くんが教室を出たらこのプログラムは始まるわ。後の子は出席番号順に二分間隔で出ていってもらいます。名前を呼ばれたら元気良く返事をして出ていってね。…それから、」
「監督」

細かな説明を続けようとした西園寺の言葉を遮るように、水野は声を発した。
内容によっては自殺行為になりかねない行動を、それでも取らずにはいられなくて、水野はバッグを強く握り締めたまま口を開いた。
喉が渇いて上手く喋ることが出来ないのは、教室が乾燥しているからだ。決して恐怖の為じゃない。そう、言い聞かせて。

「…何かしら?」
「最低だな。アンタも、アンタの上の連中も」

侮蔑の念の込められたその一言は、ありったけの勇気を込めた、水野なりの反抗だ。それは死に近づく危険を伴っていたけれど、それでも。
水野の予想通り、西園寺の顔から笑みが消える。
喉が、ごくりと音を立てた。

殺されるかも知れない。
この場にいる、誰より早く、今、この瞬間に。

それでもよかった。
昨日が戻れない過去になってしまう前に、この世とおさらば出来るのなら、それもよかった。
ただ、信じ、積み上げてきたものすべてが壊されるその前に、これだけは言っておきたかった。

「なんでもアンタらの筋書き通りに事が運ぶと思うなよ。俺たちだってバカじゃない」

西園寺の瞳が冷える。空気が、先ほどまでと違う。それでも水野は西園寺を見据えて言葉を吐いた。

「もう説明は終わりだろ?」

西園寺から背を向けて、水野はスタートラインに立った。
扉に手をかけて呼吸を整える。
一歩。たった一歩踏み出すだけで、すべてが終わり、すべてが始まる。
もう、会えるかどうかもわからない友人たちに、大切な人に、心の中でさよならと告げて、水野は教室から足を踏み出した。
西園寺の機嫌を損ねて、彼女の手元にある銃で命を絶たれてしまう前に。

(さよなら)

(ばいばい)

(また、いつか、……会えたらいいね。)

             

                           

 

 

 

第二話 それは、箱にしまい込んだままの
水野が出ていった二分後、潤慶も同じように支給バッグを抱えて教室を出ていった。
浮かべていた表情は、少し違ったけれど。
若菜結人(出席番号31番)はその表情を思い返しながら、自分の名が呼ばれるのを待っていた。
後、一分ちょっとの安息。
安息。そう口にすれば、少しは聞こえがいいだろうか。
西園寺は脳天気にも、後少しだからみんな我慢してね、などと笑顔を振りまいている。

一生来なくていいよ、そんな順番。
だって人殺すんだぜ?友達、殺すんだぜ?
もうすぐ、あんなに仲良かったのに、俺たち。
友達殺すんだ。チームメイト殺すんだよ。
…信じらんねえ…。

バッグを抱え、扉の前へと出ていった潤慶の顔を、結人はきっと、一生忘れることは出来ない。
ひどく淋しそうな顔をして、彼は結人や真田一馬(出席番号14番)、郭英士(出席番号4番)の席の間を通っていった。
そして。
教室を出る直前、潤慶が振り返って見つめた先の人物はきっと。
俯いて、必死に平静を保とうとしていた、懐かしい記憶の中の宝物。四人以外誰も知らない。当の本人だって憶えていないかも知れない遠い記憶。
大切に心の箱にしまい込んで、けれど彼が覚えていないのなら、しまい込んだままでいいと初対面のようなふりをしたのは、ひょっとしたら間違いだったのだろうか。
名残惜しそうな、悔しそうな目で見つめた潤慶の、そんな表情を見たのは、結人はこれが初めてだったから。

そんなに気がかりなんだ。
案外と心配性だね、まあ、こんなゲームじゃ無理ねえけど。
…自分も、潤慶みたく見るのかな。
英士のこととか、一馬のこととか。
…あいつの、こととか。

「若菜結人」

名前が、呼ばれた。
仕方なく立ち上がり、バッグを手に取って歩き出す。
よ、と重たいバッグを肩にかけて、結人は西園寺を睨んだ。
けれど西園寺はそんな結人の視線を気にする風でもなく、笑いかける。

「会えるといいわね?大切な人」

気分最悪。
浮かんだ言葉はそれだった。
けれど、相手にすることさえ馬鹿馬鹿しくて、結人はそれに対し言い返すこともせず、扉の前に立った。
そのまま出ていこうとして、それでもやはり振り返らずにはいられなくて、振り返れば余計に辛くなるとわかっていたのに、振り返ってしまって。
結局、先に出ていった潤慶と同じように、英士を見て、一馬を見て、それから、扉から離れた席に座っている大切な記憶の中の人に視線を移して、そしてようやく教室を出ていった。

「憶えていてくれるといいわね?あなたたちの宝物」

西園寺が口にした言葉は、それを向けた結人にも、教室の誰にも、拾われることなく空気の中に融けていった。

               

                           

 

 

 

第八話 変わらずにいて

「次、井上直樹」

金に近い髪色をした、短髪の少年は、眉間に皺を寄せたまま、西園寺を視界に入れることさえもせず、扉の前に立った。
そして何かを悩む素振りをして、井上直樹(出席番号1番)は教室内を振り返り、一言叫んで、出ていった。

「またな!」

誰に向けて発された言葉なのか、何を思って彼がそう口にしたのか、尾形智(出席番号3番)にはわからない。
けれど、その言葉の中に何か強い意味が込められているのだとは理解出来た。
また、という言葉。
その何の意味も保証もない言葉に、尾形の隣の席についていた佐藤成樹(出席番号13番)が小さく笑った。
バカにするでもなく、本当に優しそうに、少しだけ、はにかんだような印象の、そんな笑みだった。
だからきっと、先ほどの言葉は彼に向けてのものだったのだろう。
それを見て、まだ大丈夫だと、それこそ何の確証もないのに尾形は思った。
まだすべて、このゲームに飲み込まれた訳ではないと、そう思った。

しばらくしてタイマーが鳴り、上原敦(出席番号2番)の名前が呼ばれる。
彼は何も言わず、教室を出ていこうとした。けれど、上原が廊下へと足を踏み出そうとした瞬間、尾形の後ろの方から、上原、と彼を呼ぶ声がした。
その声に上原が振り返る。
少し長めの黒髪をした少年、桜庭雄一郎(出席番号12番)は西園寺が睨むのにも構わず叫んだ。
その表情は、今にも泣き出しそうなほど歪んでいて、見ている尾形の方が胸が痛んだ。

「大丈夫だよ、桜庭」

柔らかく笑んだ。彼は確かに、愛おしそうな、安心させるような優しい目で。
自分に言われた訳ではないのに、なぜだかひどく胸が痛くなって、尾形は目を伏せた。
発された言葉に、何らかの保証がある訳ではない。けれど、たとえ、それが口先だけのものでも、尾形の心には強く響いたし、それを向けられた人の心には、きっと、もっと、強く響いたはずだ。

自分に出来るだろうか。自分の大切な人に対して、彼らのようなことが。
先に出ていった水野や、井上や、今出ていこうとしている上原のように、大切な人に向けて、何かが出来るだろうか。
名前さえ今さっき知ったような相手とも殺し合えと、このゲームは自分たちに叫ぶけれど。
そんな面識のない相手の言葉で、尾形は何かを掴むことが出来た。
これはきっと、感謝するべき事柄なのだろう。

小さく溜め息を吐いて、尾形は自分の席の反対側に座る早野雅司(出席番号25番)の方へと視線を向けた。早野も、尾形の方を見ていたのだろうか、はた、と視線が合う。
普段と変わらない温度で、けれど少しだけ心配そうな色を滲ませて尾形を見る、早野の瞳。
不安そうな顔を尾形もしていたのかも知れない。必死そうに上原の名前を呼んだ桜庭のように。
そう考えて、尾形は出来るだけ普段と変わらない表情を取り繕って、早野を見つめ返した。

大丈夫。きっと、多分俺、大丈夫だよ早野。
俺はきっと、変わらない。
少なくとも、今は、まだ。

名前を呼ばれて西園寺の前に出ていき、扉の前に立つ。
ゲームに乗せられて我を失ってしまったら、そこでもうおしまい。
けれど変わりたくないと思っているから。
自分は大丈夫だと、きっと大丈夫だと、思い込むから。

だからどうか、お前も変わらずにいて。

            

                           

 

 

 

第九話 奇跡よ、起これ
煩わしいタイマーの音が、まるで死刑執行の合図のようで嫌な気分になる。
しんとした教室内は疑心暗鬼に満ちていた。

誰が何を考えているかなんてわからない。誰がやる気で、誰が敵で、なんて、そんなことはわからない。
誰が信用出来るのだろう。
誰が敵に回るのだろう。
誰が頼れて、誰を信用出来るのだろう。
信頼出来る人間の数は、なんて言ったら、本当にもう、たかが知れていて。その人物とこんな状況で上手く連絡を取り、合流出来るかと言ったら、それこそ万に一つの奇跡に賭けるしかない。
けれどそれは、何もしなければの話だ。
何もしなければ、万に一つの奇跡だって起きないかも知れない。けれど、確率が低いというのなら、自分でその確率を上げればいいだけの話だ。
1%でもゼロではない。そして、1%違えば、未来はとても大きく変わってくる。
簡単なことだった。理屈だけなら。
たとえ誰か一人でも確実に信頼出来る人間を手に入れられれば、何かこの状況を打破する案も浮かぶかも知れない。
政府の思うがままにその汚い手のひらで転がされるのだけはごめんだった。
自分たちは駒でも統計を取るための道具でも数字でもない。人間だ。

英士は教室に残ったメンバーの顔を気付かれないように窺った。この中で英士が確実に信頼出来る人間はもう、一馬と、後はもう一人だけしかいない。
潤慶や結人が出ていくまでには間に合わなかったけれど、それならば一馬だけは何としてでも捕まえなければ、それこそもう、何の手だてもなくなってしまう。
無駄に死ぬつもりはなかった。

「次。郭英士」

名前が呼ばれ、英士は立ち上がる。その瞬間、英士は手にしていた小さな紙くずをそっと一馬の席に乗せた。
西園寺はそれに気付かなかったようで、特に何かを言及されることはなかった。
一馬がその紙に託したメッセージに気付いてくれるか。それを上手く誰にも気付かれずに読んでくれるか。自分を信用し、信頼してくれるか。
それはわからない。
少なくとも英士は、一馬が自分を信用してくれると、信じていた。それ以外のところは運に頼るしかなかったけれど。
離ればなれになっても、お互いに殺し合うことにはならないだろうと、確証もないのに、なぜか自信だけはあった。それはきっと、潤慶も、結人も、一馬も同じだと思う。
確信はあった。
けれど、だからこそ、お互いがお互いを守れる位置にいたかった。

ああけれど。
たった一つの心残りは、あれほど大切に思った人さえもこんなゲームに巻き込まれているというのに、自分にはどうすればいいのかがわからないこと。
自分たちを憶えているのかさえわからないし、不用意に近づけば不安にさせてしまうだけだ。
ぐるぐるとそんな考えばかりが浮かんで、この教室を出てしまえばもう、二度と会えないかも知れないのに、会う為の手だても、何も浮かんでこない。
あんなにも、あんなにも、大切に思ったのに。

どうか。…どうか。
この世に神様なんて高尚な存在が、本当にあるのなら。
どうか奇跡を起こしてください。
万に一つの奇跡が起こって、潤慶や結人に無事会えるように。
億に一つの奇跡でも良いから、大切な人が傷付かないように。

奇跡を願うことしか出来ない自分が、ひどく愚かしく思えて、英士は唇を噛んだ。

               

                           

 

 

 

第十話 特別な人
笠井竹巳(出席番号5番)は困っていた。
次々と名前を呼ばれて出ていく様を見守りながら、これから自分がどうするべきなのかを。
人を殺す気はもちろんなかった。今の段階では、だけれど。
けれど、自分の命が脅かされてまで善人ぶる気は毛頭なかったし、まして面識もない人間の命を構って大人しく殺されてやるような気は、それこそ爪の先ほどもなかった。
自分が可愛い。それはきっと誰だってそうだ。先に出ていった潤慶が悩んでいたのと同じようなことを、笠井もまた悩み、考えていた。
もっとも、潤慶が自分と同じように悩んでいたことなど彼の存在すらよく知らない笠井には知るよしもなかったけれど。

「次。笠井竹巳。前に出て」

名前を呼ばれ、席を立つ。
そのときにはもう、笠井の進むべき道は、ぼんやりとだけれど、形になりつつあった。それが、正しいかどうかはともかくとして。

殺す気はない。
けれど殺されてやる気もない。
最後まで自分は、『やる気』にはならない。
ああでも、一人だけ。
あの人になら、殺されてもいいと思う。

たった一つ例外があるとするのなら、それは三上だ。笠井にとって、三上は、ひどく特別な存在だった。
何か理由があった訳ではないと思う。確固たる何かがあったから、特別になった訳でもない。ただいつからか三上は笠井の中で特別な存在になっていた。。
もしも三上が笠井に刃を向けても、笠井は彼を傷付けることは出来ない。
特別な何かを、傷付ける度胸はない。
けれど、特別だからこそ、ひょっとしたら自分は三上を手にかけようとするかも知れない。誰かに殺されてしまうくらいなら、自分が、自分の手で、と。
彼はとても。特別な人だから。

矛盾した考えだ、と苦笑が浮かんだ。
誰も殺す気もなく、殺される気もない。けれど。
三上なら、三上になら。
誰かの手に奪われるくらいなら自分の手で奪い取ってしまいたい。
三上の手が自分の血で穢れていくと言うのなら、それもいい。
そう考えて、笠井は自分が病んできている、と、ため息を吐いた。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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