第十一話 それは、夢でなく、未来

順番に名前を呼ばれては立ち上がり、それぞれがそれぞれの反応をして、教室を出ていく。妙に冷静だったり、泣きそうな顔をしていたり、浮かべている表情は様々だ。各々浮かんでいる感情も様々だったろうと思う。
そんな中、藤代誠二(出席番号26番)の脳裏に浮かんでいた感情は、他とは少し、異質だったかも知れない。

そんなに考え込まなきゃならないことなのかな。

ぼんやりと何を思うでもなく自分の番を待つ。スイッチをオンにするのは教室を出てからでいい。
身体を休められるのも、心を休められるのも、今だけだ。
そう考えて、それから何とはなしに、他のメンバーへと視線を走らせる。

何をそんなに悲しんでるんだろうか。
それは自分だって哀しくないと言ったら嘘になる。少なくとも、友達を殺すことに、心がまったく痛まない訳ではない。
もうすぐ、だった、になるけれど。
殺さなければ殺される、殺人が合法とされるゲームの中で、何を迷う必要があるというのだろう。
選ばれてしまった以上、自分たちにはどうすることも出来ないし、どうすることも出来ないのならそれに乗るしかないではないか。
勝てば将来は約束される。それならもう、勝ち残るために動くしかないはずだ。人のことに構っていられるような余裕なんてないはずなのに、何をあんなに人の心配をしているのだろうか。自分は大丈夫だとでも思っているのだろうか。
それとも誰もこんなゲームになど乗るはずがないと、そう、思っているのだろうか。

ああ、悪いけどそれは無理な話だ。
だって、俺が乗るから。

命の重み、なんて言ってられない。
夢があれば叶えたいと思うのが当然で、藤代はその夢を夢ではなく、未来の姿にするために必要な駒は、すべて手元に揃っていたはずなのだ。

誰より強く、誰より巧く。
必ず、世界へ行く。

それをこんなところで終わらせる訳にはいかない。人の命を構って自分が命を落とす訳にはいかない。
そして、このゲームで生き残ることが出来るのはたった一人だけで。
だとしたら、それに乗る以外、藤代に選択肢はあるだろうか。
誰よりもひたむきに、誰よりも一途に、藤代はそれを望んでいた。他のすべてに、価値がなかった訳ではない。ただ天秤が、自分の抱いていた夢の方へ傾いただけのことだ。
何も珍しいことではない。
何より大切にしたいと思うものが友達でなかったというだけだ。

仕方ないと思って諦めてよ。
だって夢は叶える為にあるもので、見る為にあるものじゃないでしょ?
だから俺は、こんなところで死ぬ訳にはいかないんだ。

             

                           

 

 

 

第十二話 もう一度
何で俺、こんなところにいるんだろう。

胸に燻るもやもやとした名前の付けられない感情を、名前もわからないまま持て余し、呼ばれるままバッグを抱え、教室を後にした。
近藤久(出席番号11番)が長い廊下を抜けて校舎から出ると、そこには細く、植物が鬱蒼と生い茂る道があった。
隠れられるスペースは充分にある。やる気になっている人間がそこにいないとも限らない。用心しなければ、という思いからだろうか。近藤は校舎を出たところで動けずにいた。

『バトルロワイヤル?』
『そう。』
『ってアレだろ?あの、…プログラムの、だろ?…それが、どうかしたのか?』
『うん…』
『なんだよ、マジ気になるし。どうしたんだよ』
『……あの、あのさ、もしもだよ?もしもの話だけどさ、これホントにただのたとえだかんな?怒んなよ?』
『はあ?だからなんだよ、気になんじゃん』
『もし、…もしそれに参加することになったら、お前、どうする?』
『……え?』

いつだってそれは他人事だった。だから、本当の意味で真剣に捉えたことなどなかったし、どこか、ドラマや小説のファンタジーのような位置づけでしか、近藤の中にはなかった。
けれど。
今は違う。今、自分が立たされている場所は、紛れもない現実の、逃れられないプログラムの上だ。

プログラム。競技だと、政府は言う。
けれど、実際はただの殺し合いで、罪になるとか、ならないとかが問題視される訳でもないけれど、これは人殺しで。
顔見知りや友人を殺して。戦って、殺して、その上に立ち、立派な大人になりましょう、と、ご大層な文句を掲げて自分たちをフィールドへ引っ張り出すけれど。
誰もが抱く疑問を、誰も口に出すことが出来ないまま、けれど『はい、そうですか』と納得も出来ずに、ただ心の中で、ふざけるな、と悪態を付くくらいしか許されないけれど。
名前もわからない感情は、疑問からやがて明確な形を持って怒りへと姿を変える。
命を賭けた椅子取りゲームに、近藤もまさか自分が参加することになるとは思っていなかった。
それなりに平凡で平和な毎日の中で、話題に上ることがまったくなかった訳ではないけれど、もっと遠い、本当に違う世界のことだと思い込んでいた。
思い込むことで、対象年齢に近づく不安を抑え込んでいたのだ。

腹は立つ。それはもう、怒りという名のゲージがあるのなら、振り切ってしまうほどに。西園寺に対しても、その上の政府にの人間に対しても。
けれど、それをあの時、あの場で口にする度胸を、近藤は持っていなかった。
それは、自分の命が惜しかったからで、おそらく、あの教室にいた大半の人間が同じように思っていたはずだ。
殺される危険覚悟で喧嘩を売れるほど命知らずにはなれない。
たとえ話でなく本当に命が取り引きされる場に置いて、それは賢明な判断と言っていい。
それを承知で西園寺に突っかかった水野が特殊であって、決して近藤が特殊な訳ではなかった。

誰かと合流する手だてをあの教室にいる間に考えられなかったのは正直痛かったけれど、だからこそ、この場で近藤も立ち止まったまま考えているのだけれど。
このゲームにたった一人で挑もうとするのなら、それは余程のバカか、余程この手のことに自信のある奴だけだ。
もちろん、近藤にこのゲームに乗る気などはまったくなかった。
ゲームに乗るということは人を殺すということだ。人を殺すことは、何より勝る禁忌だ。
その禁忌を犯してまで、生き残りたくはない。

人の命を奪うことなんて、出来るはずがない。
大切な人を殺すなんて、出来るはずがない。
そしてきっと、自分たちのチームのメンバーも、そんなことが出来るはずがないから。
どうにかして武蔵森のメンバーと合流がしたかった。
それが近藤の正直な気持ちだ。自分の知らないところで大切な人たちが危険な目に遭うことはどうしても嫌だった。
だから、どうにかして会わなければならない。

ガサリ。音がした。
何か、もしくは誰かが、近くにいる。
もしかしたらただの風かも知れないけれど、用心に用心を重ねても、用心しすぎるということはない。
ただ一つ確かなことは、悠長に立ち止まって考えている時間など、もうどこにもないということだ。

会わなければならない。自分は、あいつらに。

たとえば、音のした方向に誰かがいたとして、その相手に見つかったとする。その相手に殺意がなくても、きっと近藤は信用することが出来ないだろう。それが武蔵森のメンバーなら別かもしれないが、その可能性は低い。
そして、もうすぐ校舎から出てくるだろう人物に対しても同じことが言えた。
万に一つの危険さえも、今は冒すことが出来ないのだ。

音のした先に注意をしながら、近藤はそっとその場から走り出した。
校舎から出来るだけ遠ざかるために。

生きて、自分の大切な人たちに、もう一度出会うために。

               

                           

 

 

 

第十三話 戻れなくても

井上は、またな、と言葉を残して出ていった。
それが無性にうれしかった。何が自分の琴線に触れたのかわからない。ただ、その言葉を聞いたシゲの中に、あたたかい何かが広がったのは確かだ。
何の気休めにもならない言葉のはずなのに。

何がうれしかったのだろう。
その言葉に何の保証もないことなどわかっていたのに。
それが真実になることなど、万に一つの奇跡が起きでもしない限り、ありえないのに。

西園寺に名前を呼ばれて出ていく瞬間、振り返り、またと口にした井上の顔がシゲの脳裏に浮かぶ。
色々な感情がない交ぜになった複雑な表情で笑んだ、井上の表情が。

オーケイ。

またという言葉を彼が使うのなら、自分はそれを現実にしようではないか。
その言葉は、次があるから使う言葉だ。次というものに保証がないのなら、自分でどうにかすればいい。シゲはひっそりと口の端をつり上げた。
自ら進んで人を殺す気はないけれど、向かってくる『敵』には容赦はしない。殺意を向けられるのなら、こちらだってそれなりの対処をしなければ、数時間先の未来ですらなくなってしまう。甘いことを言っていては、命取りになりかねないのだ。

死ぬ訳にはいかない。
生きなくてはいけない。
生きて、次を作るんだ。

たとえ、誰かを殺すことになっても。

「会いたいねん。もう戻られへんでも、会いたいねん、もう一度」

大切な人にもう一度会うこと。
人の命より、倫理より、何より優先するべき事柄が、シゲの中で今、決定された。

            

                           

 

 

 

第十四話 裏切り者には、死を
その日、月は無駄に明るかった。雲を通してさえその光が漏れるほど。
まるで何もかもを照らし出すように。この空の下でこれから殺人ゲームが繰り広げられるなんて誰も思わないくらいに。
思わなくとも、これは間違いなく現実だ。どれほど夢だと願っても、これは現実でしかない。

小柄な身体には不釣り合いに大きなバッグを肩にかけ、椎名翼(出席番号15番)は森の中を注意深く歩いていた。
日本のどこかにある、さして大きくもない島。それは支給された地図で確認すればすぐにわかることだったし、日本国でのプログラムを勝手の違う外国の敷地でやることはありえない。そしてもちろん、どの辺りにどんなものがあるかも大体は頭の中にたたき込んである。
その翼が、歩きづらい森の中を歩いていたのには訳があった。
昼間のように目が利く訳ではない状況の今、なるべく見つかりにくい道を歩き、朝になるのを待たなければいけない。体格差のある人間に襲われでもしたら、平均より小柄な翼はひとたまりもない。特にこんな見知らぬ土地では逃げ込む場所も自分が有利に働く場所も地図だけではわからない。
相手から自分が見つかりづらい、ということは、その逆も当然あって、見つかってはならない相手に、自分の方の反応が遅れることだってない訳ではない。だからこそ翼は必要以上に周りを警戒しながら、むやみに歩を進めることもなく、自分のペースで森の中を歩いていた。

『本気で言ってるの?玲』
『あら、まだ状況を把握していないのかしら。翼らしくないわね』
『把握?してるよ。してるから聞いてるのさ。本気なのかって』
『私はいつだって本気よ?早く行きなさい、時間がないわ。それとも今ここで、私に殺されたい?』

向けられた銃に、迷いはなかった。
機械的に標準を定めて獲物を狙う、とても無機質な、殺人の為だけに作られた道具は、後少し、翼が教室を出ていくのを逡巡していたら、何の躊躇いもなくその身体を打ち抜いていただろう。
そう、彼女は、昨日までの彼女ではなかった。少なくとも、翼の知っている彼女ではなかった。
裏切りだった。西園寺の行動は、翼にとって。
このゲームの中で、翼が誰かに対して殺意を抱くというのなら、それはまず、西園寺に対してだ。

「…許さない」

獲物はただ一人。
他の誰も手にはかけない。
思い通りになどなってやらない。
大切な人を、大切な仲間を、こんなものに巻き込んで、平気な顔で銃口を向けるような女を、誰が許せると言うのだろう。

「覚悟は出来てるよね玲?だって、この俺を裏切ったんだからさ」

               

                           

 

 

 

第十五話 一番最初の殺人者
やる気になっている、と表現されるべき人間は実際にいる。
表面上は何も変わらないように見えても、その仮面の下に冷酷な殺人者の顔を隠している人間は、実際にいる。
杉原多紀(出席番号18番)もそのうちの一人だった。

教室を後にし、充分に注意しながら外へ出ると、杉原を人影が待ち受けていた。
いや、その人影は特に相手を限定してそこにいた訳ではなかったが、それを杉原は知るよしもなかった。

敵?

一瞬、杉原に緊張が走る。
廊下を歩きながら確認した支給武器は、鎌。
相手がやる気になっていて、尚かつ携帯している武器が銃系統だった場合、圧倒的に不利な武器だ。モーションの限られる鎌などでは、いざという時素早く反応することが出来ない。たとえ支給された武器が小回りの利くナイフか何かでも、銃に勝るには至難の業だ。

「タッキー?」
「…小岩くん…」

敵ではないかも知れない。
殺意を持っている訳ではないかも知れない。

けれど、そうでないとは言い切れない。

「おー、よかった!俺どうしていいかわかんなくってさ、ウロウロしてたら元の場所戻ってきちまうし…すげえ困ってたんだよ」

小岩 鉄平(出席番号9番))が出ていったのは、杉原が出る十八分も前のことだ。人数にすれば小岩と杉原の間に八人もの人間が出ていっている。
そんな危険な状態に、当てもなく歩き回れるのだろうか。

やる気になっている人間がいるとは思わないの?
僕が君を、殺そうとしているとは思わないの?
それとも君は、僕を殺そうとしているの?

普段通り、いつもと変わらない、変わらなさすぎる態度で、小岩は杉原に声をかけてきた。信用されていると言っていいのかも知れない。その逆の可能性もあるけれど。
こんなゲームの途中でなければ、これほど疑心暗鬼になることはなかっただろう。

バッグを後ろ手に持ち、支給された武器に手をかける。
標的は至近距離だ。いくらそういうことに慣れていない自分でも、無防備に背を向けた獲物くらい、殺せないはずがない。

「でもさー、タッキーに会えてよかったよ。ウロウロしてた甲斐があったな!俺一人じゃ、」
「僕も会えてよかったよ」
「タッキー?」

僕も会えてよかった。
鎌でも充分いける相手でよかった。

「タッキー、何を、」
「じゃあね」

小岩の目が見開かれる。
しかし、その時にはもう、鎌が彼の首を切り裂いていた。

簡単だ。人を殺すことなんて。
血が流れれば、放っておいてもいずれ死ぬ。先手を取ることさえ出来れば、こんな武器でも人を殺せる。大人と子供ほどの体格差があれば別だが、そうでなければ自分のやり方次第でどうとでもなる。
変な感傷にさえ浸らなければ、生き残る自信は充分にあった。
やらなければやられるゲームにおいて、杉原は、誰より早くゲームのルールを解していた。

小岩の抱えていたバッグを一緒に担いで、杉原はすぐにその場所から移動した。
小岩を振り返ることもしなかった。
誰だって死にたくはない。
杉原はその思いが強かっただけだ。
別に、何も特別ではない。
杉原も何も、悪くはない。

走りながらでさえ張り付いていたその笑みは、少々異質であったかも知れないけれど。

『さあ、これからどうしようかな』

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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