第二十一話 行き着く先は |
誰が味方で誰が敵なのだろう。 人を殺したって罪にならないというのなら、迷う方がどうかしている。自分の命がかかっているのなら、尚更迷う必要などない。 『本当にそれでいいの?』 自分に向かって言い聞かせた言葉に、頭の中で理性という名のサイレンがけたたましく音を立てた。 罪ではないと。生きるためには仕方ないと。 『じゃあ、アイツも殺せる?』 脳裏に浮かんだ、大柄な、けれど本当は小心者の、どこか憎めない友人の顔。 敵に遭遇した瞬間、設楽は腹を括った。やってやる、と誰かわからないけれど、誰だかに向かって宣言をした。 「死んでもらおうと思ってさ」 口にし終わるのが早いか、設楽の頬を熱い何かが掠めた。銃弾だ。おそらく。 ヤバイ、と設楽の中の本能が告げた。 殺さなければ、殺される。 自分の配給武器である小ぶりのナイフを、設楽は中西目がけて投げつけた。 崩れ落ちる目の前の敵。 もしもこの時、設楽が何かを感じて、近づくこともせずに立ち去っていたら。もしくは人を殺すことに躊躇して、逃げ出していたら。 「っ!」 突き付けられた銃の感触に何かを言う間すら与えられず、それは放たれた。 もしも。もしもまた、生まれ変わって、それが、似たような時代で、またこんなろくでもないゲームに巻き込まれてしまったら。 構う余裕などないと思った癖に、遠ざかる意識の隅で浮かんだのは友人の顔だった。 ねえ、お前生きてる? 俺は一足先に天国行くよ。あ、親より先に死んだから地獄か。死んだばーちゃんがそうやって言ってた気がする。 「お前が死ねよ」 そう口にした中西の言葉は、音として設楽の耳に届くことはなかった。 「俺だって、死ぬ訳にはいかねえんだよ」 薄曇りの空の下、中西が口にした言葉はどこか、哀しそうな色をしていた。
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第二十二話 赤い手のひら |
血で汚れちゃった。真っ赤だ。血の色だ、俺。
小さな声で結人はそう呟いた。 出会い頭に銃を放たれて、怪我一つなかったのは奇跡と言ってよかった。 見開いた目。辺りを染める、暗い液体。間近で見れば、それは赤い色をしている。 『だって、仕方なかった』 『アイツらに、会いたかった』 どれほど言葉を並べ立てても、汚れた手のひらは綺麗にはならない。 「…でも、この状況じゃなあ」 頭に浮かんだ甘い考えを、現実が打ち砕く。 「ばっかみてー」 呟いた言葉は宙に融けた。 誰もいない、ひとりぼっちだ。 ここにいるのは誰だろう、と自問する。 大切だと思った人。かけがえのない友人。けれど、彼らでさえ、今の結人を見れば逃げ出すだろう。 自分は、こんなにも臆病だっただろうか。 汚れた手を見つめて唇を噛みしめる。強く噛みすぎて切れたのか、口の中に血の味が広がった。 そう思うと、一層の罪悪感が結人を苛んだ。
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第二十三話 おいていかないで |
ドン、ドン、と静かな島に鳴り響く銃声。それはこの島で殺し合いが行われている、何よりの証拠だ。 『大丈夫だよ』と言ってくれた、大切な人の、その言葉だけを信じて。 居場所も生死も知る手だてはない。 歩き疲れて、適当な木の根本に座り込む。膝を抱えて、顔を隠すように額を押し付けた。 このまま会えなかったらどうしたらいいんだろう。 そんな不安ばかりが胸を占める。振り払おうとすればするほどまとわりつく、当たって欲しくない予想。 「さくら、ば…?」 特徴ある、少し高めの声。 「う、うえは…!」 人物を認識し、駆け寄ろうとした桜庭は、けれどその姿を見て言葉を失った。 「上原…っ」 倒れそうになった上原に、桜庭は今度こそ本当に駆け寄ってその身体を支える。 「はは、会えた、会えたね、…よかった、お前に会えるなんて俺マジラッキーかも」 そして、死ぬ前に会えてよかった、と上原は言った。 「何だよ、なんで、これ、…誰が!」 だから気を付けて、お前は生きて。 上原の言葉に桜庭は首を振った。 「死んだらダメだよ、ダメ、つうか、俺が許さない。…お前が死んだら、俺、…俺、どうすればいいんだよ…っ!」 大丈夫という言葉に、力はあるだろうか。 目の前の人が本当に死んでしまったら、自分は一体どうすればいいのだろう。おいていかれてしまったら、きっと桜庭は正気ではいられなくなる。 「お前が死んだら、…俺…っ」 言葉にならない。桜庭の口からそれ以上の言葉が出ることはなく、涙ばかりがぼろぼろと零れた。 「泣かないでよ、ね」 紅い手のひらが桜庭の頬に触れる。頬を撫でるその手は、上原のもののはずなのに、ぬるりとした感触にただただ哀しくなった。 「……ね、俺と、一緒に、…いたい?」 桜庭が頷くと、上原は哀しそうに微笑んで、それからそっと桜庭の唇に掠るように口付けた。 願いが叶うなら、と思った。 「じゃあ、さ。…一緒に、死のっか…」 どくん。心臓が鳴った。悪魔の囁きに、桜庭の心臓は跳ねた。 「……から」 襟元を掴んで視線を合わせる。 「…お前が死んだら俺も死ぬから!」 だから、おいていかないで欲しい。おいていかれたら、進む道なんてわからない。立っていることさえ出来なくなる。 「俺は、…お前と一緒にいたい」
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第二十四話 一緒に |
一緒に死んでくれたらいいなんて、本気で思った訳じゃなかった。
叶うはずのない言葉だ。許されない願いだ。 でも 一緒に死んでくれるって言った、君の言葉は、今までのどんな睦言より、胸に響いたんだよ。 桜庭に支給されたバッグの中に入っていた髑髏のマークの硝子瓶。十中八九毒薬だろうと思われるその液体を、桜庭は躊躇することなく飲み干した。 まったく都合よく出来ている、と上原は思った。武器の配給方法が本当にランダムだとしたら余程自分たちは運がいい。 手のひらで踊らされている。 力を入れることさえ困難になった身体を木の幹に預けて手を繋ぐ。苦しいはずなのに、桜庭は上原に向かって幸せそうに微笑んで見せた。 もう少しで死ぬけれど。 「…一緒に、死んでくれるって言ったの、…ほんとに、…ほん、と、…に、うれしかった」 ぎゅっと手を握り締めて、どうにかそう口にして、上原は意識を飛ばした。 もしさ。 そんでさ、今度は一緒に、生きられるといいよね。
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第二十五話 幸せな、結末? |
何が起きたんだろう。 何が起きたのか、誰か、自分にもわかるように教えて欲しい。 「木田…?」 耳に届く声は、自分の発したもののはずなのに、ひどく聞き慣れない感じがした。 本当に、あいつの、もの? 誰でもいい。神でなくても、それがたとえ悪魔でも、よかった。 上原や桜庭が死体となって横たわる西の森よりも幾分か開けた林の中にそれはあった。 ぴくりとも動かない木田の身体に手を伸ばす。おそるおそる、けれど確かめるように、内藤は手を伸ばした。 「き、だ…?」 触れた瞬間、気が狂うかと思った。 認めたくない現実と。 変わり果てた木田の身体を必死で揺さぶる。小さく名前を呼びながら、目に涙をためながら、内藤は木田の身体を揺さぶった。 「なあ、おいって、嘘だろ!?なあっ」 まとわりつく血の臭い。 「木田」 名前を呼ぶ。 「…木田ぁ…」 元々そう頑丈に出来ていない涙腺が、ここぞとばかりに水分を垂れ流す。 それが、死だ。これが、現実だ。 見開いたままの瞳に耐えきれず視線を逸らすと、ついこの間内藤が木田に贈った腕時計があった。血と砂で汚れた、本当はまだ新しいはずの腕時計は、機械的に時を刻んでいた。 「…木田」 繰り返し繰り返して名前を呼ぶ。自殺行為だとか、返事が返るはずがないとか、そんなことはどうでもよかった。 「そんなに哀しいんならさー、一緒に死んだら?」 「え」 どさりと音を立てて、内藤の身体は崩れ落ちた。未だ微かにぬくもりの残る、かつて木田であった屍の上に覆い被さるようにして、内藤は倒れ込んだ。 「藤、し、…ろ?」 ぼやける視界の先の人物は、よく見知った人物だ。けれど、その顔に浮かぶ表情はと言ったら、見たこともない形に歪んでいた。 死ぬのだろうか。自分も。木田と同じように。 「ばっかだなー、自殺行為じゃん」 何か、鋭利な刃物のようなものが内藤の身体を裂いた。瞬間襲う、息も出来ないほどの熱。
覚醒は、突然に起こった。 …割と、しぶといんだな、俺。 充分な治療を受けられる環境にあればそれもわからなかったけれど、今はプログラムの真っ最中で、治療を受けられるのは最終的な勝利者一名だけだ。 乗っかったままじゃ、魘されちゃうよなあ? どうにか身体を退かせることに成功して息を吐く。 少し手を動かすと、内藤の手は木田の手にぶつかった。内藤の感覚がおかしくなっているのか、それとも時間が経ちすぎて冷え切ってしまったのか。
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