第二十一話 行き着く先は

誰が味方で誰が敵なのだろう。
生き残ることが出来るのは一人だけで、例外は認められない。
自分が本当に生き残りたいのなら、自分の味方は自分だけだ。自分以外は敵になる。
それでいいじゃないか。何も難しいことはない。

人を殺したって罪にならないというのなら、迷う方がどうかしている。自分の命がかかっているのなら、尚更迷う必要などない。
手が血で汚れるだけだ。大したことではないだろう。世の中を綺麗なままでなんて渡っていける訳もない。こんなことは、そう大した履歴にもならない。
そう。気に病む必要は、どこにもないんだ。

『本当にそれでいいの?』

自分に向かって言い聞かせた言葉に、頭の中で理性という名のサイレンがけたたましく音を立てた。
けれど、それを無視してでも進まなければ、その先にあるのは死体袋以外の何物でもない。殺されるのを待つなんて出来なかったし、このゲームからは逃れられないことくらい、もう十二分に理解していた。
それならもう自分に出来ることなんて、他の参加者を蹴落として、生存確率を上げることくらいだ。
そして、そうすれば自分は生きて帰ることが出来るかも知れない、と、設楽は自身に何度も言い聞かせた。

罪ではないと。生きるためには仕方ないと。
生きるために他の動物を捕食する人間なら、生きるために他の人間を踏み躙ったって、仕方のないことだと。

『じゃあ、アイツも殺せる?』

脳裏に浮かんだ、大柄な、けれど本当は小心者の、どこか憎めない友人の顔。
けれど設楽はすぐに頭を振った。
友人を構う余裕がどこにあるというのだろう。
こんなゲームの中で人のことを構っている余裕なんて、設楽にはなかった。

敵に遭遇した瞬間、設楽は腹を括った。やってやる、と誰かわからないけれど、誰だかに向かって宣言をした。

「死んでもらおうと思ってさ」
「はいそうですかー…って、大人しく殺されてくれそうに見える?俺」
「こっちもはいそうですか、って逃がすつもりはないんだけどね」

口にし終わるのが早いか、設楽の頬を熱い何かが掠めた。銃弾だ。おそらく。
設楽がそう認識したのは数秒の間をおいてからだったけれど。
ひり、と感じる痛みに思わず舌打ちをする。

ヤバイ、と設楽の中の本能が告げた。
こういった場面に不慣れな設楽でさえ感じ取れるほど、中西の動きは淀みがなかった。けれど、仕掛けたのは設楽だ。後戻りは出来ない。

殺さなければ、殺される。
敗北は、死を意味する。

自分の配給武器である小ぶりのナイフを、設楽は中西目がけて投げつけた。
ひゅっという小気味いい音がして、それは中西の足と腕に命中する。感覚だけで言えば、ダーツや何かと大差ないのだろう。昼飯をかけたダーツ遊びは、こんなところで役に立った。うれしくも何ともないけれど。

崩れ落ちる目の前の敵。
とどめを刺すために、近づいた。

もしもこの時、設楽が何かを感じて、近づくこともせずに立ち去っていたら。もしくは人を殺すことに躊躇して、逃げ出していたら。
また違う未来があったかもしれない。

「っ!」

突き付けられた銃の感触に何かを言う間すら与えられず、それは放たれた。

もしも。もしもまた、生まれ変わって、それが、似たような時代で、またこんなろくでもないゲームに巻き込まれてしまったら。
今度は仕掛ける相手は慎重に選ばなければいけない。
こんなものには巻き込まれない平穏な日常を望むけれど。

構う余裕などないと思った癖に、遠ざかる意識の隅で浮かんだのは友人の顔だった。

ねえ、お前生きてる?
生きてるかな。生きてるといいな。
でも生きてても、俺を見つけないで。めちゃめちゃ格好悪いじゃん俺。だから、そっとしといて。
そんで、少しでいいから、俺より長生きして。
俺の見れなかった、明日、見て。
手を汚すことに、躊躇しないで。

俺は一足先に天国行くよ。あ、親より先に死んだから地獄か。死んだばーちゃんがそうやって言ってた気がする。
まあいいや。
じゃあな。

「お前が死ねよ」

そう口にした中西の言葉は、音として設楽の耳に届くことはなかった。
魂を失った抜け殻を見やり、中西は溜め息を吐く。

「俺だって、死ぬ訳にはいかねえんだよ」

薄曇りの空の下、中西が口にした言葉はどこか、哀しそうな色をしていた。

             

                           

 

 

第二十二話 赤い手のひら
血で汚れちゃった。真っ赤だ。血の色だ、俺。

小さな声で結人はそう呟いた。
真っ赤に染まった手は逃れられない罪の証。
これを見ても、彼らは自分を友人だと、笑ってくれるだろうか。
彼らは自分を、それでも赦してくれるだろうか。

出会い頭に銃を放たれて、怪我一つなかったのは奇跡と言ってよかった。
こんなところで奇跡なんか、とは思わなくもなかったけれど、その奇跡がなければ結人は自身の友人たちよりも一足早く、この世と永遠の別れを告げなければならなかった。
それは、確かに幸運と言って差し支えない。
けれど。
咄嗟に結人は手にしていたものを投げつけた。それは何かを思ってしたことではなかった。何の判断もする余裕はなかった。
投げつけたものをどれほど悔いても事実は覆らなくて、どれほど言い訳を並べ立てても、目の前に転がった死体の創造主は確かに自分だった。
そう。転がった死体の胸に生えているナイフは、結人が投げたものだった。

見開いた目。辺りを染める、暗い液体。間近で見れば、それは赤い色をしている。
人を殺したというその事実は、結人を際限なく責め立てた。
これほど呆気なく、命とは無に還るものなのだろうか。
そう思うのは、そんな風には思ってなかったと、自己弁護しているに過ぎないのかも知れない。

『だって、仕方なかった』
『確認するような時間はなかった』
『死にたくなかった』

『アイツらに、会いたかった』

どれほど言葉を並べ立てても、汚れた手のひらは綺麗にはならない。
気付けば生温い液体が結人の頬を伝っていた。
逃げなければいけない。誰かが銃声を聞きつけてここに来る前にここを離れなければいけない。けれどそう指令を出す脳とは反対に、結人の身体は言うことを聞かず、その場を動くことは出来なかった。
こんな時にこそ彼らがいてくれたらどれだけよかっただろう。

「…でも、この状況じゃなあ」

頭に浮かんだ甘い考えを、現実が打ち砕く。
言い逃れすら出来ないこの状況。目の前にはできたてほやほやの死体があって、結人の手はそれを確認した時に付いた血がべっとりと付いている。
私が殺しました、と言っているようなものだ。

「ばっかみてー」

呟いた言葉は宙に融けた。
小さく小さく呟いたその声は、けれどその音の大きさに反して、結人にひどく重たくのし掛かった。

誰もいない、ひとりぼっちだ。

ここにいるのは誰だろう、と自問する。
けれど答えはない。
ただ一つ言えるのは、数時間前までの自分ではないということ。
本当に、自分ではない誰かだったら、どれだけよかっただろう。

大切だと思った人。かけがえのない友人。けれど、彼らでさえ、今の結人を見れば逃げ出すだろう。
きっと、記憶の中の宝物は、結人を見ることさえしない。その記憶の中に結人が残っていなければ、尚更のこと。
数時間前、自分の手が汚れてしまう前、その時に、こうなると気付いていたのなら、何を置いてでもその記憶を呼び起こして伝えたのに。
好きという台詞すら、言える場に立てなかった。
そしてそれは、もう二度と、叶わない。
その大切な記憶を分け合った友人とですら、今まで通りに接することは出来ない。きっと軽蔑するだろう。相対することさえ、ないかも知れないけれど。
自分を見る冷たい視線を想像するだけで怖かった。

自分は、こんなにも臆病だっただろうか。

汚れた手を見つめて唇を噛みしめる。強く噛みすぎて切れたのか、口の中に血の味が広がった。
鉄くさい、血の味。目の前に横たわる死体を覆う液体と同じものだ。

そう思うと、一層の罪悪感が結人を苛んだ。

               

                           

 

 

第二十三話 おいていかないで

ドン、ドン、と静かな島に鳴り響く銃声。それはこの島で殺し合いが行われている、何よりの証拠だ。
カタカタと震える身体を叱咤しながら、桜庭は島の西側の森の中を歩き続けていた。

『大丈夫だよ』と言ってくれた、大切な人の、その言葉だけを信じて。

居場所も生死も知る手だてはない。
桜庭には信じることしか出来なかった。

歩き疲れて、適当な木の根本に座り込む。膝を抱えて、顔を隠すように額を押し付けた。
心細さと緊張、そして何より恐怖から逃れる為にしたその行為は、どうやら逆効果以外の何物でもなかったらしく、より一層の不安が桜庭の胸に広がった。

このまま会えなかったらどうしたらいいんだろう。
会えないまま死んでしまったらどうしたらいいんだろう。
もしも、この瞬間、どこかで誰かに殺されてしまっていたら。

そんな不安ばかりが胸を占める。振り払おうとすればするほどまとわりつく、当たって欲しくない予想。
こんなところで休んでいる場合ではない、と、もう一人の自分が頭の中で叫んだ。
自分が脳天気に休んでいる間に上原が危険な目に遭っていたらどうするんだ。そう思い当たった瞬間、桜庭は拳を握り締めて立ち上がっていた。
探しに行こうと荷物を掴んだその時、桜庭が立てたものではない物音が聞こえた。
反射的に身構える。けれど。

「さくら、ば…?」

特徴ある、少し高めの声。

「う、うえは…!」

人物を認識し、駆け寄ろうとした桜庭は、けれどその姿を見て言葉を失った。
血だらけの制服。苦しそうな表情を浮かべるその顔には、何か擦ったような痕があった。

「上原…っ」

倒れそうになった上原に、桜庭は今度こそ本当に駆け寄ってその身体を支える。
間近で見ると、上原の負った傷は一層痛々しかった。

「はは、会えた、会えたね、…よかった、お前に会えるなんて俺マジラッキーかも」

そして、死ぬ前に会えてよかった、と上原は言った。
その言葉に桜庭が眉を顰める。弱々しい言葉と、血の臭いを纏った上原が、記憶の中の上原と一致しない。
誰が、なんで、という言葉は愚問だった。わかっていた。殺し合いのゲームの途中だということくらい、桜庭にも痛いほどわかっていた。
むせかえるような生々しい血の臭いと上原の色を失いつつある表情は、負った傷の深さを物語っていた。

「何だよ、なんで、これ、…誰が!」
「藤代。…あいつ、乗ってる、このゲームに…っ」

だから気を付けて、お前は生きて。

上原の言葉に桜庭は首を振った。
数時間前まで友人だった。それは、一方通行の友情ではなかったと思う。けれど。
人間の心というものは、そんなにも簡単に切り替えが出来るのだろうかと不思議に思う。
ゲームを、ゲームだと理解し、それに乗る。そんなことが、簡単に。

「死んだらダメだよ、ダメ、つうか、俺が許さない。…お前が死んだら、俺、…俺、どうすればいいんだよ…っ!」
「…大丈夫だよ」

大丈夫という言葉に、力はあるだろうか。
口を開くだけでも辛そうな顔をする癖に、大丈夫、と繰り返す上原。
その言葉に宿る力が、どれほど小さなものか、上原だって知っているはずなのに。

目の前の人が本当に死んでしまったら、自分は一体どうすればいいのだろう。おいていかれてしまったら、きっと桜庭は正気ではいられなくなる。
支えを失った人間の脆さは、計り知れない。

「お前が死んだら、…俺…っ」

言葉にならない。桜庭の口からそれ以上の言葉が出ることはなく、涙ばかりがぼろぼろと零れた。
声をあげて泣くことさえ出来ないゲームの中、真っ赤に染まった上原の制服にしがみついて、桜庭は声を殺して泣いた。

「泣かないでよ、ね」

紅い手のひらが桜庭の頬に触れる。頬を撫でるその手は、上原のもののはずなのに、ぬるりとした感触にただただ哀しくなった。
それはきっと、もうすぐこの手が動かなくなることを、知っているからだ。

「……ね、俺と、一緒に、…いたい?」

桜庭が頷くと、上原は哀しそうに微笑んで、それからそっと桜庭の唇に掠るように口付けた。

願いが叶うなら、と思った。
無理なことだとわかっていて尚、ずっと、と、思った。
一緒に。だって、本当は。ずっと一緒に、いたい。

「じゃあ、さ。…一緒に、死のっか…」

どくん。心臓が鳴った。悪魔の囁きに、桜庭の心臓は跳ねた。
言葉もなく見つめ返すと、上原は、冗談だよ、と笑ったけれど、桜庭は上手く笑えそうになかった。
選ぶ選択肢なんて決まっていた。誰が間違っていると叫んでも、桜庭にとっての正解は一つしかない。

「……から」
「…え?」

襟元を掴んで視線を合わせる。
鼻が麻痺してきたのか、慣れてしまったのか、血の臭いは気にならなかった。

「…お前が死んだら俺も死ぬから!」

だから、おいていかないで欲しい。おいていかれたら、進む道なんてわからない。立っていることさえ出来なくなる。
命より尊いものを捨てては生きられない。どうせ、帰りの切符は一枚きりだ。

「俺は、…お前と一緒にいたい」

            

                           

 

 

第二十四話 一緒に
一緒に死んでくれたらいいなんて、本気で思った訳じゃなかった。

叶うはずのない言葉だ。許されない願いだ。
そう、知っていた。
だからすぐに、言葉を取り消して、笑って見せたのに。
ねえ、どうして。どうして君は。

でも
でもね。

一緒に死んでくれるって言った、君の言葉は、今までのどんな睦言より、胸に響いたんだよ。

桜庭に支給されたバッグの中に入っていた髑髏のマークの硝子瓶。十中八九毒薬だろうと思われるその液体を、桜庭は躊躇することなく飲み干した。
途端、咳き込んで飲み干したものとは違う液体を吐き出す。それは、上原が身体に纏っているものと同じ赤い血だった。
簡単すぎる生と死の移り変わりに反吐が出る。

まったく都合よく出来ている、と上原は思った。武器の配給方法が本当にランダムだとしたら余程自分たちは運がいい。
毒薬なんて、そうそう使い道がないじゃないか。向かい来る敵(なのか?)にどうやって応戦するのだろう。
今の自分たちには、とても好都合な武器だけれど。

手のひらで踊らされている。
なぜかそう思った。
おそらく、自分たちが、ここで、こうやって、死を選ぶことですら、奴らの思い描いた筋書きの通りなのだと。

力を入れることさえ困難になった身体を木の幹に預けて手を繋ぐ。苦しいはずなのに、桜庭は上原に向かって幸せそうに微笑んで見せた。
その笑顔には不似合いに、頬を涙が伝っていたけれど。
つられて微笑んで、二人はゆっくりと目を閉じた。

もう少しで死ぬけれど。
それはもう、逃れようのないことだけれど。
出来るなら、出来るならもう少し。
もう少しだけ、一緒にいたいなあ。

「…一緒に、死んでくれるって言ったの、…ほんとに、…ほん、と、…に、うれしかった」

ぎゅっと手を握り締めて、どうにかそう口にして、上原は意識を飛ばした。

もしさ。
もし、輪廻転生とか、あるんならさ。
また、出逢えるといいね。

そんでさ、今度は一緒に、生きられるといいよね。

               

                           

 

 

第二十五話 幸せな、結末?
何が起きたんだろう。
何が起きたのか、誰か、自分にもわかるように教えて欲しい。

「木田…?」

耳に届く声は、自分の発したもののはずなのに、ひどく聞き慣れない感じがした。
ああ、この目の前に横たわる身体は、この、かつて人であったものは。

本当に、あいつの、もの?

誰でもいい。神でなくても、それがたとえ悪魔でも、よかった。
誰かに、これは嘘だと、否定して欲しかった。

上原や桜庭が死体となって横たわる西の森よりも幾分か開けた林の中にそれはあった。
数十分ほど前に結人が不本意ながら作り出した、人間であったもの。それは木田圭介(出席番号7番)だった。
死体を前にへたり込む内藤孝介(出席番号20番)は、それが結人の所為で出来上がったものだということも、彼がおぼつかない足取りで、それでも必死にその場から離れたことも、知らない。
理解出来るのは、ここにあるのが木田の身体で、自分たちが置かれているプログラムが、本物だということだ。

ぴくりとも動かない木田の身体に手を伸ばす。おそるおそる、けれど確かめるように、内藤は手を伸ばした。

「き、だ…?」

触れた瞬間、気が狂うかと思った。
暖かかった。暖かかったのだ。うち捨てられた身体は、それでもまだ、生命の名残を残していた。
以前と変わらぬぬくもりを木田の身体は残していたけれど、そのぬくもりこそが内藤をひどく傷付けた。

認めたくない現実と。
胸にある、想い。

変わり果てた木田の身体を必死で揺さぶる。小さく名前を呼びながら、目に涙をためながら、内藤は木田の身体を揺さぶった。
けれど。
当たり前のように、木田の身体は何の反応も返さなかった。身体を機能させる魂はすでに木田の身体から切り離されていて、ここにはもう、いないのだ。
事実と現実を冷静に受け止めることは出来なかった。
もしも木田の身体が既に冷え切ってしまっていたら、内藤がここまで狼狽することはなかったかも知れない。

「なあ、おいって、嘘だろ!?なあっ」

まとわりつく血の臭い。
夜風に体温が奪われるのは、何も生きている人間だけではない。名残を残していた木田の身体も例外ではなくて。
段々と冷えていく身体。暖めるための魂はどこにもいない。
プログラムの最中に死体の前でへたり込んでいることの危険性は充分理解していたけれど、動くことはどうしても出来なかった。
彼の、風よけくらいには、なるかと思って。

「木田」

名前を呼ぶ。
どこの誰だったら、自分の大切な人の亡骸を前に、それを見捨てて逃げ出せるというのだろうか。
自分にそれは、出来そうもない。

「…木田ぁ…」

元々そう頑丈に出来ていない涙腺が、ここぞとばかりに水分を垂れ流す。
何度名前を呼ぼうと返事が返ってくる来ることはない。もう永遠に、自分の名前も呼んではもらえない。

それが、死だ。これが、現実だ。

見開いたままの瞳に耐えきれず視線を逸らすと、ついこの間内藤が木田に贈った腕時計があった。血と砂で汚れた、本当はまだ新しいはずの腕時計は、機械的に時を刻んでいた。
持ち主はもう、この世にはいないとういうのに。

「…木田」

繰り返し繰り返して名前を呼ぶ。自殺行為だとか、返事が返るはずがないとか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、目の前の木田であったものを、それと認めることが出来なくて。
呼び続けていればいつか奇跡が起きて、いつか、反応を返してくれるんじゃないか、なんて、馬鹿げたことを考えていたのかも知れない。
そんな奇跡、起きるはずがないのに。

「そんなに哀しいんならさー、一緒に死んだら?」

「え」

どさりと音を立てて、内藤の身体は崩れ落ちた。未だ微かにぬくもりの残る、かつて木田であった屍の上に覆い被さるようにして、内藤は倒れ込んだ。
聞き慣れた声にやっとの思いで内藤が振り返ると、そこにはとびきりの嘲笑が待ち構えていた。

「藤、し、…ろ?」

ぼやける視界の先の人物は、よく見知った人物だ。けれど、その顔に浮かぶ表情はと言ったら、見たこともない形に歪んでいた。

死ぬのだろうか。自分も。木田と同じように。
殺されるだろう。多分。
乗った奴にとって、これ以上ないほどのチャンスだ。

「ばっかだなー、自殺行為じゃん」

何か、鋭利な刃物のようなものが内藤の身体を裂いた。瞬間襲う、息も出来ないほどの熱。
最後に耳にした藤代の言葉は、ひどく明るい声音をしていた。

             

覚醒は、突然に起こった。
ひどい痛みと、身体を包む不快な感触と、感覚がなくなるほど冷たい、風によって。

…割と、しぶといんだな、俺。
でも多分、あとちょっとだけだ。保っても。

充分な治療を受けられる環境にあればそれもわからなかったけれど、今はプログラムの真っ最中で、治療を受けられるのは最終的な勝利者一名だけだ。
それは、イコール自分自身の死を意味している。
それだけ考えて、内藤はふと思い出して、のろのろと腕を動かした。
ひどい苦痛を伴ったけれど、どうせ保って数十分かそこらの命だ、と言い聞かせて木田の上に覆い被さったままだった自分の身体をそこから退ける。

乗っかったままじゃ、魘されちゃうよなあ?
目、閉じさせてあげられなくて、ごめんな。
俺も結構いっぱいいっぱいだ。

どうにか身体を退かせることに成功して息を吐く。
否、吐こうとした。
けれど、もう充分な息も出ないことに気が付いて、内藤は心の中で笑った。本当に笑えるだけの余裕は自分の身体にはもうない。

少し手を動かすと、内藤の手は木田の手にぶつかった。内藤の感覚がおかしくなっているのか、それとも時間が経ちすぎて冷え切ってしまったのか。
ともかく、もう、触れてもただ冷たいばかりで、暖かくはなかった。
ほんの少しばかり残されていた、そこに命があった証でさえ、残されていない。
自分が気を失っていた隙に木田は本当にいなくなってしまった。
暖かくもないその手を、本当なら動かすことさえ困難な身体で抱きしめて、内藤は今度こそ意識を飛ばした。自分より幾分か早くこの場所から消えた人を追って。
それは、本当の意味で内藤にとっての最後だった。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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