第二十六話 ほんとうに怖いもの
怖いのは他人だ。
何を考えているかわからないから、信用が出来ない。

怖いのは自分だ。
何を考えているかわかってしまうから、怖ろしい。

一体いつまで、自分は自分のままいられるのだろう。

      

      

着実に死体が積み上げられている島の西方部から、ちょうど真逆の方角の海岸に小堤健太郎(出席番号10番)はいた。
岩陰に潜み、どれくらいの時間をそうして過ごしてきただろうか。いくつかの銃声が遠くで吠えた。小さな音だったけれど、その度に小堤は震える身体を叱咤し、気が狂いそうになるのを必死にとどめて、その場にひっそりと隠れていた。

握り締めていた、身を守るための『武器』。
これがツクリモノならどれだけよかっただろうと思う。人の命を奪う武器も、ツクリモノであれば、趣味の悪いドッキリだと終わらせられた。
けれどそれも考えるだけ無駄な時間の浪費だ。
先ほどの銃声はツクリモノとは言い難かったし、小堤の握り締めた小銃もツクリモノと言うにはずしりと重みがあった。
そして、『これ』が実際に人の命を奪うために使われるのも、そう遠くはないだろう。安心を得るために手にしている武器は、遠くで吠えた銃声と同じように、いずれは人殺しの道具になる。

そして自分は、殺人者になる。

        

誰だって怖いはずだ。
そして、小堤だって怖い。

          

誰が敵で、誰が味方か判別の出来ないこの状況。
疑心暗鬼に充ち満ちた『今』、誰に出会しても結果は変わらない。

          

殺してしまう。
もしかしたら、殺されてしまうかも知れない。

       

畏れを知らない子供ではなく、理性ある大人でもない。人の汚い部分を見聞きして、確かにそれだけではなかったけれども、見聞きして、その中で大きくなってきた。
けれど大人と言うにはまだ幼くて、強がることは出来ても、本当の強さを持ち得ているかと考えれば、まだ子供過ぎた。
自分を保っていられただけ、まだ良い方だと思いたい。

小さな島に響く微かな銃声に比例して、屍も増えていく。
その中にあいつも入っているのだろうか。
結局、小堤が最後まで追い越すことの出来なかった、あいつも。

ゲームに乗っているかも知れない。
誰かに深手を負わされているかも知れない。
それどころか、積み上げられている死体の中に、入っているかも知れないのだ、彼の死体も。
杞憂ならばいいと思ってみても、一度浮かんだ想像は簡単には消えてはくれない。
越える壁ではあっても、墓石の中にしまわれてしまうような『彼』であってはならないのだ。それは、小堤のエゴかも知れないけれども、小堤の知る『彼』はそういう存在だった。

「…きっと、元気だ」

自分自身に言い聞かせるようにそう呟く。
思いを馳せることは悪いことではない。ただ、それは何も生み出しはしないけれど。

出来るならもう一度、彼に会いたいと思った。
血で汚れる前にもう一度。

人を殺してしまう前に、会いたいと思った。

             

                           

 

 

 

第二十七話 手のひらの上で
幾つものモニター画面。忙しなく動く機械の音。退屈で仕方ないといった様子で頬杖を付きながら、西園寺は映し出される画面へと視線を送っていた。
その画面には参加者一人一人を監視出来るように、衛星から情報処理されリアルタイムの映像が映し出されていた。

「誰が最後まで生き残るかしら」

そう呟いて画面から目を離し、西園寺は手元にあった書類の束を眺めた。
その書類には参加者の過去や現在に至るまでの経歴や交友関係、行動理念や心理的傾向、ありとあらゆるデータが記されている。
上原がその死の間際に思いあたった通り、武器の配給もそこから選ばれていたし、今のところは政府の計算通りすべてが動いている。

        

誰がどう行動するか。
何を考え、何を思い、何を成そうとするか。
そして、渡された武器を、どう扱うか。

     

そこまで管理した上で政府は参加者に接していたし、武器の配給もすべてそこからだ。
ランダムで当たりはずれがあると西園寺は参加者に言ったけれど、本当に使い物にならない武器、いわゆる『はずれ』は存在しない。口先だけの『ランダム』は、手にする者に因って『はずれ』になりはしても、配給された者には『当たり』というケースが多い。
最も、今回に限って言えば、『はずれ』の武器もすべて使い方次第でちゃんと効力を発揮するようなものしか用意されていない。ひどい時には水鉄砲やはちまき、ぬいぐるみという回もあったのだから、それを考えれば、今回はひどく参加者に優しい配給をしていると思う。
もちろん、誰から見ても『当たり』という武器は今回も存在する。桜庭達の場合のように、彼ら以外が手にしても『はずれ』という扱いを受ける武器が今回は多いだけの話だ。
けれど、誰から見ても『はずれ』という武器を配給され、尚かつ使い道を見出せなくても多少の有利不利にしか関わらない。前回までの参加者のデータを見ても、最初から『当たり』を手にした者と、『はずれ』をひいた者の最終勝利者のデータは半々だ。
武器はいずれ手に入る。

殺して、手に入れてしまえばいいのだから。

      

「決めるのって結構楽しかったのよね」

出ていかせる順番、渡すバッグ、配給武器、かける言葉、浮かべる表情。それらすべて西園寺の手元にある膨大なデータに照らし合わせて決めたものだ。
確かに所詮データはデータでしかなく、生きている人間なのだから考え方や行動が予測とずれることもある。
けれど今のところはすべて彼女の計算通りだ。
手のひらで転がされている事実に、一体何人の人間が気付いているだろうか。
そう思うととても愉快だった。
それは同時に、西園寺が過去負った傷を思い出させもしたけれど。

     

     

責めるような瞳。苛立ちを隠すように伏せられた瞼。
予想通り、寸分違わない反応を返した参加者達。
水野に関しては、少し意外な反応だったかも知れない。データでは、そこまで感情を露わに楯突くとは思えなかった。ある程度の予測はしていたけれど。
計算通りに物事が動くことほど愉快なことはない。
けれどそれではつまらないとも西園寺は思っていた。予想を裏切る参加者を望んでいる自分がいることを、彼女は隠そうとは思わなかった。

「せいぜい楽しませて頂戴ね」

西園寺が呟いたその一言にこそ、このプログラムのすべてが詰まっているのかも知れなかった。

               

                           

 

 

 

第二十八話 きみはどこにいるの
大声で泣き叫んで助けを請えるほど、子供だったらよかった。

            

今からほんの数十分前のことだ。柾輝が道とも言えない獣道を歩いている時だった。
何者かに柾輝は発砲されたのだ。
どこからともなく放たれた銃弾は柾輝の右腕を掠め、その肉を殺いだ。痛みに耐え、出血する腕を押さえて、銃弾が向かってきた方向を振り返ったけれど、そこにはすでに人の影などは見あたらず、何かがそこにあったという気配だけが残っていた。
誰がやったかはわからなかったけれど、『乗った』人間は確かにいて、恐怖に駆られれば人間は何をしでかすかわからない獣だということを思い知らされた。

ふと思う。
人を好きになるということは、どういうことなのだろう。
そして、人を大切に思うということは。

人を信じるということは、では一体どういうことなのだろう。      

信じて裏切られたことなんて、数えればキリがないほどだ。換えの効かない唯一無二のものを力尽くで奪い取られたことだってある。
その度、心に小さいけれど深い傷が作られ、その度に柾輝は負けるものかと立ち上がった。
かすり傷のように見えるそれは、確かに時が経つに連れ表面上は何もなかったかのようにかさぶたになるけれど。本当に癒えた訳ではないかさぶたは、ひょい、と爪を立てればまた新しく傷口を生み出すのだ。
生々しい傷口が今もまた、一つ増えて、同時にかさぶたが剥がれる、ぺり、という音がしたような気がした。

この傷が癒えるまで、俺は生きていられるのか?
痛みを堪えて負けるものかと立ち上がるまで、生きていられるのか?

奪われたものは、いつだってかけがえのないものばかりだ。
あんなにも、あんなにも信頼しあっていたはずなのに。同じフィールドで芝を駆けたあの時、確かに絆は生まれていたはずなのに。
生まれていたはずのその絆は、こんなにも容易く砕かれるほど、安っぽいものだったのだろうか。
そうかもしれないと、諦めにも似た想いと、そんなことはないと、信じたい願いが、柾輝の中で渦巻いていた。    

撃たれたことは別に怖ろしくはなかった。
死ぬことも、別に怖ろしくはない。

ただ、怖ろしいのは。

かつて信じた、こいつらなら大丈夫だと信じた仲間が、かつてと違う目をして自分を見ることだ。
自分に向かって笑んでくれた人が、狂気に濡れた目で嗤うのではないかと。自分が信じ、自分を信じてくれた人が、手のひらを返してしまうのではないかと。
それだけが怖ろしい。    

「…つばさ」     

裏切らないと言えるだろうか。
誰よりも、何よりも信じた自分の絶対的存在は。大切な、その人は。
変わらぬ眼差しで、変わらぬ笑顔のまま、柾輝の名を呼んでくれるだろうか。

愛していると囁いた唇で、同じように綺麗に微笑んで狂気を口にしたら、自分はどうしたらいいのだろう。

信じることが怖い。
そして、何より裏切られることが怖い。

半端な度胸の所為で狂うことも出来ない。
いつだったか、誰だかが言った。プログラムに巻き込まれたら、きっと早い内に狂った方が楽だ、と。
今なら言われた意味がわかる気がした。
狂ってしまえば、裏切られる怖さからも、傷が増える恐怖からも、逃れられるのだ。

けれど。
出来るなら。

どんな痛みを負っても、どんな苦しみを抱えても、どんな怖ろしい目にあってでも。
翼と向き合いたいと思った。

抱きしめて、裏切ったりしないで、信じていいよって、言って欲しい。
いつものように笑って、俺は変わらないよと、言ってくれたなら。
自分のすべてを翼のために使えるのに。     

理想を口にすることは容易かった。探しても見つからない今だから願うことの出来る『理想』。
けれど、理想が、理想でなくなればいいと思う。
出逢えたなら、信じたいと思う。
信じ、そして信じてもらえたなら、きっと。

誰彼問わずに信じられるほど強くはないけれど、愛した人さえ信じることも出来ない弱い自分にはなりたくないから。

傷付くことになったとしても、どうせ痛みは変わらない。今だって本当は泣き出したいくらいの痛みを抱えているのだから。
殺されることになっても、翼になら構わない。翼の刃でなら、傷付いたっていいと、思えるから。

         

泣き叫んで助けを請えるほど、子供だったらよかった。傷が痛むと言って縋り付けるほど、素直だったらよかった。
真新しい傷口と、開きだした傷口を、そうしたら誰か、癒してくれたかも知れない。
助けを求めて伸ばした手を、そうしたら誰か、取ってもくれたかも知れない。

「どこにいんだよ、翼」

空を仰いだまま閉じた瞳。
涙が流れなかったことに安堵した所為で、すぐ近くでした小さな音に、柾輝は気が付かなかった。

            

                           

 

 

 

第二十九話 手をのばせば。
森の中を歩いて、少しだけ開けた場所に出た。用心深く辺りを見回すと、少し先のところに人影があった。おかげで不用意にそこから動くことが出来なくなる。
こんなところで死ぬのはごめんだ。
どうにか見つからずこの場を回避しようと翼が迂回しようとした時、無防備に立ち尽くす人影を、先ほどまで雲に隠れていたはずの月が照らした。
雲に隠れてさえ明るいとわかるほどの月明かりだ。遮るもののなくなった光はひどく明るく地上を照らす。
人影は、とてもよく見知った人物だった。

『柾輝…』

月の光に浮かび上がる人影は、こんなプログラムではもう、会えるはずがないと思っていた相手だ。理想主義ではない翼は、会いたい人物と生きているうちに相見えることの難しさを理解していた。
咄嗟に駆け寄ろうとして、それでもすぐに思いとどまる。

『会って、話して、何になるの?』

今の自分には何も出来はしない。
このプログラムの中では、ただの一参加者である翼に出来ることなど限られていたし、自分がこれからしようとしていることを思えばこのままそっと立ち去ることが賢明に思えた。
けれど。
理性と現実、そして建前とは違ったところにある翼の『真実』が、翼の足を鉛のように重くする。
ほんの数メートルの距離が永遠にも思えて、翼はその場で立ち尽くした。

           

出来るのなら、側にいたかった。他の誰でもないお前の側に。いつか命が費える時でさえ、側にいられたらいいと思っていた。
でもそれは、『いつか』だったし、その『いつか』は随分と先の話のように思っていた。
でも『今』は、その『いつか』と隣り合わせだ。
側にいても何もしてやれない自分の無力さに歯痒くなる。手をのばせば触れられる位置にあるのに、柾輝に触れることは、きっと、もう、二度とない。

こうなることを、誰が想像していただろうか。
日常が壊され、非日常に身を置き、死と隣り合わせになることを、誰が想像出来ただろう。
引き裂かれるような思いをすることを、一体誰だったら想像出来たというのだろう。

翼が抱いた殺意は、たった一人に対するものだった。
けれど数に関わりなく、標的とした時点で、それは翼を殺人者予備軍へと誘う。
綺麗事を言う訳ではなかったけれど、柾輝には傷付いて欲しくなかった。そして、自分が誰かに対して殺意を抱いていることを知られたくなかった。
柾輝の目に映る自分は、いつもきれいでありたかった。
たとえ抱いた殺意のために命を落とすことになっても、見栄と意地のために二度と会うことが出来なくなっても、柾輝には、せめて自分よりも長く生きていて欲しかった。
哀しいことに、政府に楯突くことが何を意味するかを理解出来ないほど、翼は無知ではなかった。

     

抱きしめたい。
駆け寄って、名前を呼んで、自分はここにいると言って、キスをしたい。
浮かんだ欲求は、実行出来ない分だけ翼の心を痛めつけた。

もはや見つめていることにさえ耐えきれなくなって、翼はそこから立ち去ろうと柾輝に背を向ける。
けれど、その瞬間、計ったように柾輝が言葉を発した。

「どこにいんだよ、翼」

それは、普段の柾輝からは想像も出来ないような声だった。
そんな、何かに耐えるような、何もかもを諦めたような、そんな音で、自分は彼に名を呼ばれたことなどなかった。
泣くこともなく、激情にまかせることもなく、柾輝はただ呟いた。さほど大きくはないけれど、確かに、はっきりとした声で。

その声に、振り返る。

この感情を、なんと言ったらいいだろうか。
駆け寄って、名前を呼んで、抱きしめたい。ここにいると言いたい。何も出来ないことなど、わかっているのに。
うまい言葉だって、きっと今の自分には言ってやることは出来ないのに。
それでも沸き上がるこの衝動をどうしたらいい。

衝動を、抑えることが出来ない。踏み出す足を、止める術がわからない。
いとおしさを、誤魔化すことが出来ない。

「柾輝…!」

それはもう、まさに一瞬の出来事。
口にしたはずの名前さえ吹き飛ぶほどの衝撃。襲い来る爆風と熱。そして痛み。

これは、なんだ?

のばしかけた手で、ただ必死に柾輝を探した。
何が起きたかという疑問も、身体に伝わるひどい痛みも、どうでもよかった。
ただ自分は、柾輝に触れたかった。

「まさき」

柾輝を探して彷徨わせた視線の先、煙と火の手に遮られたその視界の先に、見知った笑顔が見える。
いつもと変わらない笑顔だった。おぞましい、笑顔だった。彼は楽しそうに微笑んで、いつもと変わらず微笑んで。

「…杉原…」

この時翼は人を心の底から憎んだ。
標的はたった一人。自分が手にかけると、決めていた。それは憎しみから来るものとは少し違っていたけれど。
この時は違った。
殺したいと、確かに翼は『殺意』というものを明確な形でもって杉原に抱いた。
それは、彼の足下に横たわる、傷だらけの柾輝を見たからだ。
杉原はさして興味もなさそうに足先で転がして、俯せに倒れていた柾輝を仰向けさせる。げほげほと咳き込む柾輝に、生きていたと安堵する余裕は翼にはなかった。

「ガード甘いなあ。危ないよ?プログラムの最中なんだから」

手に持っているのは鎌だろうか。
一瞬たりとも躊躇うことなく、杉原はそれを柾輝に向かって振り下ろした。
ただの農耕具が凶器になった瞬間だった。

やめろ。
力の限り叫んだ言葉は、けれど何を成すこともなかった。
死神が大鎌で命を刈り取る様をなぞらえたように、笑顔を浮かべた少年は眉一つ動かすこともなく、柾輝の命を刈り取る為ためにそれを振り下ろした。

「うあああああああああああああああああ!!!!!」

この時叫んだのは誰だったか。
柾輝だったか。自分だったか。
それももうわからない。

「気を付けなきゃ、なんて言っても意味がないよね。だってもう死んじゃうんだし」

爆風の直撃を受けた翼を見た杉原はにっこりと笑って、

「その足じゃ、生きられないね。サッカーどころか、ここから動くことも出来ない」

そう言った。
暗に足が千切れていると嘲笑った彼の真意に、翼は気付くことはなく、ただ腕だけで柾輝の元へと這いずる。
そんな翼の様にも杉原は表情を変えることなく、吹き飛んでいた柾輝の支給バッグを拾い上げ、ばいばい、と口にしてどこかへと去っていった。

残されたのは、まるで塵屑のように踏みつけられた死体と、足のない瀕死体。
腕だけで距離を稼げるほど健常な身体でない今の翼には、柾輝への距離が永遠に思えた。
それでも必死に這いずって柾輝の元へと近づいていく。
けれど。
不意に、翼の身体の力ががくりと抜けた。動こうとする意思に反して身体はぴくりとも動いてはくれない。

あと少し。
あと、もう少しのところなのに。

「柾輝…っ」

抱きしめていたらよかった。
迷わず駆け寄って、躊躇う事なんてせずに、抱きしめていたらよかった。
そうしたら、ほんの少しの間だけでも、きっと、一緒にいられた。

          

手が届かない。
どうして自分の足は動かない?
そこにいるのはわかっているのに、視界が霞む。
最後に触れることさえ出来ないというの?

こんなにきみを、あいしているのに。

あれほど明るかったはずの月は光を失い、雲に隠れていった。

               

                           

 

 

 

第三十話 消えた少年
怖い。怖い。怖い。怖くて。
怖くて、死んでしまいそう。

人を撃ってしまった。ひょっとしたら、殺してしまったかも知れない。
人に向けて発砲したその衝撃は、未だ風祭将(出席番号6番)の身体に巣くっていた。
震えが止まらない。呼吸が揃わない。撃ってしまったその事実が怖ろしくて風祭はその場から逃げた。
生死の確認も、発砲した相手の確認もせず、ただ逃げた。

怖ろしくて。

手にした武器を、確かに殺人の道具として扱った。参加者らしき人影にパニックに陥った自分は、パニックに陥ったまま発砲したのだ。
思い返せばなんてことをしてしまったのだろうと、思えるけれど。そう思えるのは今だからで。その場が過ぎたからで。
その時は、どうしたらいいか、本当にわからなかった。
撃て、と、響いた脳内の声に導かれるまま風祭は銃口を向けた。

「どう、どうしよう…!」

これはプログラムだ。純然たるプログラムのルールに則れば、人を殺すことが正しい。
そしてそれだけがルールだ。人の殺し方に反則はない。
たとえ闇の中不公平にも銃を撃ち放ち、その所為で運悪く(それが良かったになるかどうかは人に因るだろうが)人の命を奪ってしまったとしても、何の罪にも問われはしない。
一部の平和主義の参加者に非難されたとしても、嘆く必要など、どこにもない。

だけど僕は。

人を殺めるという禁忌は風祭の中でも禁忌のままで、この状況下でも禁忌のままで。
だからこそひどい怖ろしさが風祭を苛む。
自分は、犯罪者だ。殺人者に、なったかも知れない。

     

走り回って息が切れる。
疲れて立ち止まり、風祭は自身の手のひらを見つめた。

銃を扱った手だ。
人に銃口を向けた手だ。
誰かを、友達を、殺してしまったかも知れない手だ。

自分がとても怖ろしいものに思えた。
首を左右に振り、脳裏に焼き付いたビジョンを振り払おうとするけれど、本当に振り払うことは出来なくてしゃがみ込もうとした、その時、先ほど風祭が逃げてきた方向から大きな爆音と共に火の手が上がった。
条件反射からまた風祭は走り出す。遠くへ、出来るだけ遠くへ、と、どこへ向かうとも意識しないまま、息が苦しくなるのにも構わずに風祭は走った。
彼を突き動かしていたのは、『恐怖』だった。
死への恐怖。
逃れる先はないと知っていても尚、『それ』から逃れようと走った。

     

どれだけの距離を走ってきただろうか。
走ろうとする気持ちに身体が追い付いてこなくなってきた。
足がもつれ、膝を附く。汗を制服の袖で拭い、気を落ち着けようと深呼吸を試みた風祭の鼻腔に、微かに奇妙な臭いが届いた。
鉄臭いような、生臭いような、嗅いだことがないようでいて、けれどどこかで確かに嗅いだことのある臭いに、閉じていた目を開けて当たりを見渡す。
瞬間、風祭は言葉を失った。

「う、…あ…」

そこにあるものを、『それ』と認識したことがいけなかったのだろうか。
何かが音を立てて崩れていくという使い古された表現が風祭の脳裏を過ぎる。
けれどそれも一瞬で、次の瞬間にはもう、そんな表現が浮かぶほどの余裕は消えていた。
崩れていったのは、自分が自分であるための核だ。崩れ、壊れたその『核』を、修復する術を風祭は持たなかった。
直視しなければならない現実を真っ向から否定し、目を背けた。

「……あは、あははっ!そっか、そうだよね。プログラムの最中だもんね」

公然と人殺しが認められているプログラムにおいて、人を殺すことは当然の行為だ。
何を迷うことがある?
どうせもう一人殺してしまったような自分は、どう足掻いても元の自分には戻れはしない。
戻れないのなら進むしかない。

進め。殺せ。
頭の中で誰かが叫ぶ。

「殺しちゃえばいいんだ」

浮かんだ笑顔は、誰も見たことのない笑顔だ。
その笑顔の中に、『風祭将』の姿はなかった。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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