第三十六話 青空センチメンタル
人が死んでいく。
誰かが殺していくから。
友達が死んでいく。
友達が殺していくから。

なんて素敵な競技大会だろう。
ナショナルトレセンなんか比でもないくらい、命がけで戦わなくては掴み取れない勝利だ。
けれど、では命を賭けて掴み取った先に一体何が残るというのだろうか。

世界への切符?
将来においての絶対の保証?
その先に愛おしい人はいないのに?

当然最終勝利者はたった一人だ。
生き残りの椅子を賭けて争う相手は大切な人たちなのに、大切な人を傷付けて、友達や仲間を傷付けて、傷付けられて、その手にかけて、そうして手に入れる勝利にどれほどの価値があるというのだろう。
そんなものに固執して、そんなものを手にして、それで最後に笑えると言うのなら、それはとても、おかしいことではないだろうか。
そんなイカレた精神状況に、まさか唯一無二の親友だと思った人間がなってしまっているなんて、考えもしなかった。

         

「…誠二」

返り血だらけの制服を身に纏った藤代を見た瞬間、なぜか笠井は笑ってしまった。
紅い制服を隠すでもなく、いっそ誇らしげに着た彼に、思わず笑ってしまったのだ。
そして直感的に、ああ、『乗っている』と思う。
本来であれば、その血は怪我をしたからだとか、誰かを庇ったからだとか、色々友達として考えてやらなければならないはずなのに。
そう、親友という間柄にあると自負しているのならば、尚更だ。
けれど、彼が『乗っている』と、そう思い当たった瞬間、それは妙にしっくりときてしまって、藤代自身に確かめてもいないのに、そうなのだと、確信してしまった。
そして、殺されるかも知れないと思って、けれど笠井は曖昧な笑みを浮かべたまま、藤代が近づいてくるのを待った。

「…逃げないんだ?」

言外に、乗っているってわかっているくせに、と言われた気がした。
逃げられないほどに怯えていた訳でもない。もちろん、藤代が自分を殺す訳がないと楽観視していた訳でもない。
彼はきっと自分を殺すだろう。そんな確信めいたものがあった。彼はそういう人間だ。何かを手にするために迷うことをしない。どんな手段だって使うだろう。
そんな人間だと知っていた。そして笠井はそんな藤代を親友だと思っていた。そんな彼を好いていた。
だから、生きたいのなら、逃げるべきだったのだ。
けれどなぜだろうか。なぜかはわからないけれど、動いてはならない、そんな気がした。

「逃げて欲しかったのかよ、誠二」
「俺、乗ってるよこれに」

わかっている。
そう言った意味を込めて笠井が頷くと、藤代は少し困ったようにして笑った。

ふと空を見る。青い空だ。
この空の下でボールを追いかけて走り回ったのはどれくらい前のことだろう。それはほんの数日前のことだというのに、ひどく遠い昔のようで、切なくなった。

三上以外を殺したくはない。そして殺されたくはないと思った。
けれどきっと、自分は藤代に殺されるだろう。
それは逃れようのない未来だ。

青い空を見上げて、深く息を吸い込む。
現実はいつもうまくいかないね、と笠井は小さく呟いた。

「俺さ、三上先輩にだけは会いたかったんだ。絶対、会おうと思ったんだ」
「うん」
「会えないまま、リタイアになるけど」
「そうだね…」
「俺が三上先輩好きだったの、知ってた?誠二」
「うん。竹巳、わかりやすいからね、結構」
「はは」

声をあげて笑った。そんな場合でも状況でもなかったけれど、だからこそ、笑った。
藤代も普段と変わらない笑顔を浮かべて笑っていた。

「…三上先輩生きてるかなあ?」
「生きてるんじゃない?…放送からそんな時間経ってないし。」
「殺しても死ななさそうだしね」
「死んでたら泣くくせに」
「そりゃあね」

変わらない会話。変わらない笑顔。変わったのは互いを取り巻く環境と罪歴だけだ。他には何も変わらない。自分たちの本質は変わらずそこにある。
けれど。
変わったものは、変わらない自分たちに、深く重くのし掛かってくる。

「竹巳」

幕引きは、近い。

「俺さ、…三上先輩好きだったんだ。すごい、ほんと、ほんとに好きだったんだ。でも、それと同じくらい、誠二のこと、大切だったよ」
「竹巳…」
「信じる?」
「当たり前じゃん。俺だって竹巳のことすげえ好きだったよ。ほんとに、大好きだったよ」
「でも、…一番じゃないだろ」
「お互い様だよ」

抜けるような青空の下、血まみれの親友と二人。
楽しいったら、ない。

「…俺、殺すよ。竹巳のこと」

それは、警告の意味が含まれていたように思った。

『早く逃げて。でないと殺してしまうから。だって俺は、死にたくないし、死ねない理由があるんだ』

それでも逃げようと思わなかったのはなぜだろう。
逃げるべきだった。生きたいと思うのなら。
けれど笠井が逃げることは最後までなかった。

「…武器、何もってんの?」
「色々。拾ったり、…取ったり、したから」
「そっか。腹壊すなよ」
「食べないよ武器なんて!」
「でも食料も取ったんだろ?」
「う…」

言葉に詰まって唇を尖らせる仕草が、誤魔化すように浮かべた笑顔が、寮や学校でよく見た表情で、まるで日常を訴えているように思えて、泣きそうになった。
感傷的になっているのかも知れない。
ひどく、涙腺が緩んでいた。

「銃、…あったらそれがいいな」
「持ってるよ」
「弾、足りる?…俺に使っても」
「大丈夫だよ」

ゆっくりと照準が合わされる。それに倣うように笠井は瞳を閉じた。
目を閉じた時に涙がこぼれなかったことに少しだけ安堵した。

特別だと、三上をそう思った。
けれど藤代も、同じくらい、特別だった。三上を想う場所とは違う場所で、藤代を特別視していた。
だから、いいんだ。
じきに放たれるだろう銃弾を予測して、けれどその前にと、笠井は口を開いた。

「俺たちさあ、…親友だった、よな?」
「…うん」

目を閉じていた所為で、笠井には藤代がどんな表情をしているかまでを読み取ることは不可能だったけれど、言葉の雰囲気で彼の浮かべている表情は予想がついた。
きっといつも浮かべていたような、人好きのする笑顔を浮かべて笑っている。
笠井には、それだけでもう、充分だった。

        

パァンッ

        

銃弾は笠井の額から脳へと通り、笠井の身体からすべての力が抜けた。
ぐらりと倒れかかった笠井の身体を支えて、藤代はプログラムが開始されてから初めて涙を流した。

「大好きだったよ。たった一人の、…親友」

そう小さく呟いて、藤代はそのまましばらく笠井の身体を抱きしめていた。

             

                           

 

 

 

第三十七話 夢と現実
夢を見ていた。
銃声も断末魔も放送も狂気も、すべての手の届かないところで。
何もかもから逃げていたのかもしれないし、何もかもと戦っていたのかも知れない。

   

プログラムの説明を聞いた時、馬鹿馬鹿しいと思った。
とりあえず身を隠す場所を、と、適当に見つけた集落の、小さな小さな倉庫の中で彼は外界を断絶した。そこは、多少埃っぽいところを除けば悪くない場所だった。
天城燎一(出席番号20番)がそこに辿り着いたのはプログラムが開始されてそう時間の経っていない頃だったにも拘わらず、彼は今も倉庫の中で眠り続けている。
夜が明け、陽が昇り、放送が流れても彼は目を覚まさなかった。
まるで死んだように眠り続けていた彼を、もしこの時に『やる気』の誰だかが見つけても死体と勘違いしたかも知れないほどに。

    

時は遡り、天城が眠りにつく直前の頃、天城は考えていた。参加者全員が最初にぶつかる問題と向き合っていた。
これからどうするべきか、と。
考え込んでも仕方がないのだと思い当たり、そこで彼は自分がそんな楽観的になれる人物だったのだと初めて知った。
そして少し笑った。

『考えても出ない結論に頭を悩ませていても始まりませんよ。そういう時は眠るに限るんです』

そう口にしたのは自分の乳母だったかずえだ。
眠り、そしてそのまま目覚めることがなければと思った、と言ったら、笑われるだろうか。
目覚めればきっと、死人の名が連ねられて、少しだけ信じてみようと思った友情だとかの感情が否定され、すべてが潰されてしまう明日がきてしまう。
では明日が来なければいいのかと言えば、日常と変わりない明日が来ればいいと思っていたのだから、考えが甘いと言える。
けれどその願いが叶うことはないと知っていた。だから眠りにつこうと思ったのだ。
寝込みを襲われ、殺されるも良し。目覚め、…殺人者の仲間入りをするも良し、と。

      

朝が来て、人が殺し、人が殺され、その名前が読み上げられた。
うっすらと浮上する意識に、起きてしまったらお仕舞いだと言い聞かせる。
出来れば目覚めたくはなかったし、知らない間に死んでしまっているという幸せなオチを期待していた。もしくは、このプログラム自体が夢だったということも期待していたかも知れない。
けれどどうやら現実はそれほど甘くないらしかった。
近くで銃声が聞こえ、その音で天城は完全に覚醒を果たしてしまった。
咄嗟にそばに置いてあったバッグを引き寄せ、中に入った武器を手に取る。それを手に取った瞬間、天城はひどくやるせない気持ちになった。

『これでもう、元には戻れない』

名前などに興味はなかった。モデルガンの収集を趣味としている訳でもない天城にとって、それは見たこともない拳銃だったけれど、撃鉄を起こし、引き金を引けば弾は出る。そして殺傷能力は高く、的を射れば確実にダメージを与えられる。
それくらいの知識はあった。
そして、それだけの知識があれば充分だった。

銃を握り、息を潜めてそっと倉庫の壁に身を寄せる。
扉の僅かな隙間から見える人影は二つ。その片方の人物を見て、天城は自分が目覚めたことを後悔した。

『風祭…』

嘘だろう、と思った。
次いで仕方がないと思った。
純粋であればあった分だけ、人は壊れやすいし、信じているものがほんの少し裏の顔を見せただけでも、この状況では絶大な威力を発揮する。
微かに見える風祭の表情は、そう推測するのに充分なほど狂気にまみれていた。

目を覚ましてしまったのは、やはり間違いだったのかも知れない。見ていた夢はとても、とても安らかで柔らかく、暖かかった。
そんな夢と目の前の現実との落差は、あんまりじゃないか?

もう一つの人影は蹲り、風祭を見上げている。その位置関係に先ほどの銃声の主が風祭であると理解した。
風祭が撃ったのだ。
あんなにも、人を好きな人間だったのに。

気がついた時には、倉庫の扉をけりつけるようにして外に出ていた。
不思議そうに見つめる幼い瞳とぶつかり、思わず唇を噛んだ。

      

悪あがきをするにはもってこいのチャンスじゃないか?
かつて自分を助けてくれた友人に、止められなくても、殺されても、何かを訴えることくらいは出来るだろうし、うまくすればその場にへたり込んでいる誰だかを助けられるかも知れない。

天城は、握った銃を風祭であった人間に向けた。

               

                           

 

 

 

第三十八話 走れ!
痛い。怖い。悔しい。
逃げなければと頭の中では警笛が鳴り響いているというのに、身体はそれを聞き入れてはくれない。足がどんどんと熱を持ち、痛みは膨れあがるばかりだ。
泣きそうになりながら、それでも泣くものかと意地を張り、近藤は自分に向けて発砲した小さな少年を睨み付けた。

「……」

にこにこと何が面白いのか、とにかく心底楽しそうに微笑んで彼は近藤を見ている。少年のその表情に、本能的な恐怖が身体を支配した。
ごくり、と喉が鳴る。

死ぬ訳にはいかない。
そうだ、自分はまだ死ねない。
伝えたい言葉があって、伝えたい相手はまだ、生きている。近藤はまだその言葉を一度だって伝えたことはなかった。

がた、と大きな音がして、近藤とその小さな少年の間にもう一人、体格の良い少年が割り込んできた。
その少年は拳銃を握っていて、それを静かに小さな少年に向ける。照準が自分に合わされているにも拘わらず笑顔を浮かべる少年に、近藤は彼が正気ではないと確信した。
銃を向けた少年は、瞬間、少しだけ辛そうに顔を歪めた。ゆっくり、けれどしっかりとした動きで背の低い少年も銃を構える。
彼は今も、笑顔を携えたままだ。

数秒、彼らは見つめ合ったまま押し黙り。
パン、と、軽いような、重いような、そんなよくわからない音がした。

ヘイユー、これはどこかの西部劇か何かかい?
銃声は重なり、身体が土につく音も重なった。
何もかもが重なり、重なり合った命は数秒の時を微睡んで。

費えた。

ただ、近藤だけが、取り残されたように動けないまま座り込んでいた。

「な、ん…なんだよ、これ…!」

ちょっと待てよ。なんだよこれ。
なんだ、これ。誰か説明してくれよ。

混乱しかかった頭で必死に現状を整理する。
けれどその答えは近藤の中にはなく、そしてその答えを持つものはその場にいなかった。ほんの数十秒程度で、いとも簡単に失われた命の持ち主しか、それには答えられない。

「死ん、だ?こんな、…こんな簡単…」

テレビドラマや映画のシーンだってもっとのんびりしてはいなかったか?
こんなにも簡単に人は死ねるのか、そう考えて、ぞっとする。自分も悪くすればそうなっていたのだ、と。

がちがちと歯が耳障りな音を立てる。指が、腕が、足が。身体のすべてが震えて止まない。
足の痛み、目の前の死体、恐怖。
這いずるようにして近藤はそこから逃げ出した。撃たれた足を引きずり、目をぎゅっと瞑り、近藤は走った。

死への恐怖。生への執着。
それだけに固執し、心を捕らわれてしまったとしたら、彼もまた風祭と同じ結末を辿っただろう。
けれど彼には風祭とは違う『意志』があった。

     

痛いと叫ぶことも、怖いと泣くことも、すべてが終わってからでいい。
そう、自分が死ぬ時でいい。
伝えたいことがあって、伝えたい相手がいる。後悔を残して死ぬことだけはしたくない。
探し出して、そして伝えて、それで死ぬなら受け入れられる。
きっと。

   

どうにも出来ない焦りを腹に抱えたまま、近藤はただただ走り続けた。

            

                           

 

 

 

第三十九話 闇色の瞳
ここはどこだろう。
さっきまで青空の下を歩いていたはずなのに、ひどく暗い。
前どころか、すべてが闇で包まれていて、音さえ耳に届かない。

これが死だろうか。

そう考えた瞬間、助けて、と叫んだ。
けれどその言葉は、自分の耳にさえ届かなかった。

    

大丈夫か?
お前ちゃんと生きとる?
怪我、してへん?

闇の中、唐突に直樹の声が聞こえて、はっと身体を起こした。そうしてようやく佐藤は自分が眠っていたことに気付く。
次いで自嘲気味に笑った。
それは誰に襲われるかもわからない状況で暢気に眠りこけていたことに対してではなく。
空の青さより胸に刺さる、心の悲鳴に対して。
泣きそうになるほど依存していた訳でもないのに、心が勝手に直樹を求めるのだ。これほどおかしいことはない。

「いつ死ぬかも、わかれへんのに」

目を閉じて耳を澄ませば聞こえてくる銃声。折り重なって倒れ、積み重なっていく、かつて人であったもの。かつて友達であったもの。
放送が流れてからどれだけ時間が経過しただろう。最後の放送は陽が昇りかけたばかりの明け方だ。太陽はもう、空の天辺にまで昇っている。時間にして六〜七時間といったところか。
それだけあれば、人を殺すには充分な時間だ。
それが指し示す答えは、生存の保証が出来ない、ということ。

ふらり、眩暈がする。

「あっつ…」

精神的なものからくる眩暈を、陽が昇った所為で上がった気温の所為にした。
そうしなければ、立っていられないような気がしたから。

並べ立てられた名前。
明るく軽やかな声音で告げられるには、ひどく違和感のある死者の名前。そこに友人の名前が挙がってなかったことに一瞬だけ安堵した。
けれど、挙げられた名前の中に、少しだけでも面識がある人間を見つけてしまって悔しくなる。直樹と同じ学校の椎名も黒川も死んでいた。それは、直樹にどれだけの痛みと傷を与えただろう。
もしも直樹の名前が読み上げられた時、自分はどれほどの痛みを感じるのだろう。
もしも自分の名前が読み上げられた時、直樹はどれほどの傷を負うのだろう。
考えることを、放棄してしまいたかった。

「俺も、死んでまうんかなあ」

ぽつりと呟く。
人の命を奪い生きることより、もう一度出会うことだけを考えた。
けれど出会うどころか手がかりすら掴むことも出来ない。
世界中を探し回れと言われた訳ではないのに、それと同じくらいの途方も無さが佐藤を襲った。

武器を持ったことのある人間が参加者の中にどれだけいるのだろう。中にはそういった危ない世界に首を突っ込んだことのある輩もいたかも知れないけれども。それでも大半は今回このプログラムで初めて武器を手にしたはずだ。
それは、生と死が紙一重であることを物語っている。
もちろん、たった一日でも扱い慣れることは、あるかも知れないけれど。

「…てゆーか、ひょっとせんでもあほちゃうか、俺」

馬鹿の一つ覚えみたいに直樹を捜して歩き続けた。当の本人は佐藤のことなど省みてもいないのかも知れないというのに。
それでも、まっすぐに直樹を捜していられる自分は好きだと思った。
自分から歩み寄ろうと思ったことなんて今まで一度だってなかったから、だからこそ今、自分は彼に会いたい。

         

カサ。

お決まりのパターンだと、口の中で呟いた。
ほんの一瞬躊躇し、すぐさま覚悟を決め振り返ると、その先には血走った目をした殺人者、…ではなかった。

「あーれえ…どっかで会ったっけ、おたく」

どっかで見たことあるんだよねえ、と少年は続けた。どこか飄々とした雰囲気を醸し出す少年は、確かに血だらけで、一見しただけでも『乗っている』側の人間だとわかる。
けれどその瞳は狂ってなどなく、しっかりと強い意志を宿していた。

「武蔵森におった兄さんやろ」
「あー、そうだ、桜上水、だっけ?ゴールキーパーしてたやつ」
「ほんまはフォワードやけどな」
「へえ?」

器用に片眉だけを釣り上げて少年は佐藤を見る。
品定めでもするような視線に、佐藤は眉を顰めた。

「俺を殺すつもりなんやったら、容赦せんで」
「え、何、殺されたいの?」
「まさか」
「だよねえ?だいじょーぶ。安心していいよ。俺、刃向かわない人間は放置するタイプなの」
「刃向かったら?」
「殺すよ」
「…へえ」
「会わなきゃいけない奴がいるからね」

似ている、と直感的に思った。目的の為なら手段を選ばない考え方や、巧妙に隠す、必死な部分が。
プログラムの中でなく知り合えたなら、友人くらいにはなれたかも知れない。

「…せえへんよ。俺も兄さんと同じタイプやねん」
「…なんか探してんの?」
「ああ。見つかるとええなあ、お互い」

それは本音だった。
自分の捜し人も、彼の捜し人も、出来るなら生きているうちに見つかればいい。亡骸を抱いて泣くなんて似合わないことはしたくないし、されたくはない。
そして目の前の少年にもそれは似合わないと思った。

「…なあ、あんたさあ、俺についてくる気ない?」
「は?」

急に持ち掛けられた提案に佐藤は目を丸くした。
出会ったばかり、深く知りもしない人間と一緒に行動しろと?
もちろん、面識があったから、友人だったから、だからといって信用が出来ると限らないのがプログラムだ。だから誰も信用しないことがこのプログラムのうまい切り抜け方だというのは、参加者全員が知っている。
それなのに?

「殺すかも知らんで」
「俺、勘は当たるんだ。だからあんたは大丈夫だ」
「マイペースやなあ…」
「いいじゃん。俺も殺さないし、あんたのこと」

それに、と彼は少し、声のトーンを下げた。

「それに俺、お前の捜し人と会っても、邪魔されたら殺すよ。いいの?」

そう口にした時の彼の瞳を、どう表現したらいいだろう。
感情のない深く暗い闇を見た気がした。
敵に回せばこれほど厄介な相手はいないだろうし、彼の邪魔をすれば、おそらくもののたとえでなく命はない。
躊躇することの危険性を知っていて、自分の中の優先順位を確固たる形で持っている人間だ。そのためになら彼は悪魔にでもなれるだろう。

「…あかん」

       

少年の隣を歩きながら、横目で彼を見る。闇は影を潜めて、いたって普通の少年にしか見えない。

「……」

佐藤は同じ年の頃の少年を、初めて怖いと思った。
そして、嫌いじゃないと思った。

               

                           

 

 

 

第四十話 愛しい人よ
さよなら、さよなら。
また、会えたらいい。
いつかどこか、こんな殺伐とした世界ではなく、出来ればもっとずっと、やさしい場所で。
久しぶりだなと言って、笑って、抱きしめてやりたい。
一緒に笑って、サッカーをして、生きたい。
最後に伝えたかった言葉は。

また、会おうな。

伝えられなかった言葉。
伝えたかったその言葉。

口付けた感触を思い返すように、辰巳はもうなんの感覚もない指先を自身の唇へと伸ばした。
触れても唇にも指先にも感覚はなく、それは自分が相当深手を負っているのだと実感させた。

    

決定的なダメージは与えられなかった。そしてそれと同様に、決定的なダメージを与えられることもなかった。
並はずれた運動神経をした藤代と屈服させるには、慣れた道具を使っていてもひどく困難だった。それでも三上と一馬が距離を稼ぐ時間を得るため、辰巳は戦った。
チームメイトと。友人と。

戦って、戦って、戦っていた、けれど。

不意に、二人の前に一匹の猫が現れた。
にぃ、と小さく、けれど高い声で猫が鳴く。その声に辰巳が気を取られた瞬間、決着はついた。
一馬の声に気を取られた藤代に辰巳自身がしたように、彼はその一瞬の隙をついた。
ほんの一瞬ですべては終わった。

     

遠くで、ぺろぺろと傷口を舐める湿った音が聞こえる。先ほどと変わらず、猫は、にぃー、と泣きながら辰巳にすり寄ってきた。
感覚もなく、視界も薄雲ってしまってよく見えない。このまま地面に横たわっていても、起きあがって歩き出しても、どちらにせよ死は近い気がした。
丹念に舐める猫を見て、感覚があったのならくすぐったいと言って笑えただろうかとぼんやり考えた。

万物に平等に訪れるは死で、平等に流れるは時間だ。平等に流れる時間は、遅かれ早かれ平等に死を運んでくる。
辰巳の前にそれが運ばれてくるのに、おそらくそう大した時間はかからない。

生きていたら捜すと言った。死んでだって捜してやると思った。
こんな状況でさえ三上の安否ばかりが気にかかる自分は、よほど骨抜きにされているのだろう。
出来ることなら自らの手で守ってやりたかったけれど。約束も三上も、もう守れない。
それはもう、叶わない。

    

自分は、少しだけ早く土に還るけれど。
それでも君は、出来るなら生きて歳を取り、墓参りに来られるくらいの気持ちの整理がつくまで生きて。
どうか生きていってほしい。叶わない願いかも知れないけれど。
プログラムのことさえ忘れてしまって、あったことすべて蓋をしてでもいい。自分を忘れてもいい。
だから生きて。

ぼやけた視界に映った猫は、黒い毛並みをしていて、まるで三上のようだと笑った。

    

さよなら、さよなら。愛しい人よ。最初で最後の恋人よ。
またいつかどこかで出会えたなら笑って見せて。どうかどうか、笑っていて。
誰にも侵害されることのない世界で。それが、たとえ小さな箱庭の中でもいいから。
笑っていてくれたら、それだけでもう充分だから。どうか泣かないで。
そしてどうか、生きていって。

    

     

「……辰巳?」

                        

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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