第三十六話 青空センチメンタル |
人が死んでいく。 誰かが殺していくから。 友達が死んでいく。 友達が殺していくから。 なんて素敵な競技大会だろう。 世界への切符? 当然最終勝利者はたった一人だ。
「…誠二」 返り血だらけの制服を身に纏った藤代を見た瞬間、なぜか笠井は笑ってしまった。 「…逃げないんだ?」 言外に、乗っているってわかっているくせに、と言われた気がした。 「逃げて欲しかったのかよ、誠二」 わかっている。 ふと空を見る。青い空だ。 三上以外を殺したくはない。そして殺されたくはないと思った。 青い空を見上げて、深く息を吸い込む。 「俺さ、三上先輩にだけは会いたかったんだ。絶対、会おうと思ったんだ」 声をあげて笑った。そんな場合でも状況でもなかったけれど、だからこそ、笑った。 「…三上先輩生きてるかなあ?」 変わらない会話。変わらない笑顔。変わったのは互いを取り巻く環境と罪歴だけだ。他には何も変わらない。自分たちの本質は変わらずそこにある。 「竹巳」 幕引きは、近い。 「俺さ、…三上先輩好きだったんだ。すごい、ほんと、ほんとに好きだったんだ。でも、それと同じくらい、誠二のこと、大切だったよ」 抜けるような青空の下、血まみれの親友と二人。 「…俺、殺すよ。竹巳のこと」 それは、警告の意味が含まれていたように思った。 『早く逃げて。でないと殺してしまうから。だって俺は、死にたくないし、死ねない理由があるんだ』 それでも逃げようと思わなかったのはなぜだろう。 「…武器、何もってんの?」 言葉に詰まって唇を尖らせる仕草が、誤魔化すように浮かべた笑顔が、寮や学校でよく見た表情で、まるで日常を訴えているように思えて、泣きそうになった。 「銃、…あったらそれがいいな」 ゆっくりと照準が合わされる。それに倣うように笠井は瞳を閉じた。 特別だと、三上をそう思った。 「俺たちさあ、…親友だった、よな?」 目を閉じていた所為で、笠井には藤代がどんな表情をしているかまでを読み取ることは不可能だったけれど、言葉の雰囲気で彼の浮かべている表情は予想がついた。
パァンッ
銃弾は笠井の額から脳へと通り、笠井の身体からすべての力が抜けた。 「大好きだったよ。たった一人の、…親友」 そう小さく呟いて、藤代はそのまましばらく笠井の身体を抱きしめていた。
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第三十七話 夢と現実 |
夢を見ていた。 銃声も断末魔も放送も狂気も、すべての手の届かないところで。 何もかもから逃げていたのかもしれないし、何もかもと戦っていたのかも知れない。
プログラムの説明を聞いた時、馬鹿馬鹿しいと思った。
時は遡り、天城が眠りにつく直前の頃、天城は考えていた。参加者全員が最初にぶつかる問題と向き合っていた。 『考えても出ない結論に頭を悩ませていても始まりませんよ。そういう時は眠るに限るんです』 そう口にしたのは自分の乳母だったかずえだ。
朝が来て、人が殺し、人が殺され、その名前が読み上げられた。 『これでもう、元には戻れない』 名前などに興味はなかった。モデルガンの収集を趣味としている訳でもない天城にとって、それは見たこともない拳銃だったけれど、撃鉄を起こし、引き金を引けば弾は出る。そして殺傷能力は高く、的を射れば確実にダメージを与えられる。 銃を握り、息を潜めてそっと倉庫の壁に身を寄せる。 『風祭…』 嘘だろう、と思った。 目を覚ましてしまったのは、やはり間違いだったのかも知れない。見ていた夢はとても、とても安らかで柔らかく、暖かかった。 もう一つの人影は蹲り、風祭を見上げている。その位置関係に先ほどの銃声の主が風祭であると理解した。 気がついた時には、倉庫の扉をけりつけるようにして外に出ていた。
悪あがきをするにはもってこいのチャンスじゃないか? 天城は、握った銃を風祭であった人間に向けた。
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第三十八話 走れ! |
痛い。怖い。悔しい。 逃げなければと頭の中では警笛が鳴り響いているというのに、身体はそれを聞き入れてはくれない。足がどんどんと熱を持ち、痛みは膨れあがるばかりだ。 泣きそうになりながら、それでも泣くものかと意地を張り、近藤は自分に向けて発砲した小さな少年を睨み付けた。 「……」 にこにこと何が面白いのか、とにかく心底楽しそうに微笑んで彼は近藤を見ている。少年のその表情に、本能的な恐怖が身体を支配した。 死ぬ訳にはいかない。 がた、と大きな音がして、近藤とその小さな少年の間にもう一人、体格の良い少年が割り込んできた。 数秒、彼らは見つめ合ったまま押し黙り。 ヘイユー、これはどこかの西部劇か何かかい? 費えた。 ただ、近藤だけが、取り残されたように動けないまま座り込んでいた。 「な、ん…なんだよ、これ…!」 ちょっと待てよ。なんだよこれ。 混乱しかかった頭で必死に現状を整理する。 「死ん、だ?こんな、…こんな簡単…」 テレビドラマや映画のシーンだってもっとのんびりしてはいなかったか? がちがちと歯が耳障りな音を立てる。指が、腕が、足が。身体のすべてが震えて止まない。 死への恐怖。生への執着。
痛いと叫ぶことも、怖いと泣くことも、すべてが終わってからでいい。
どうにも出来ない焦りを腹に抱えたまま、近藤はただただ走り続けた。
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第三十九話 闇色の瞳 |
ここはどこだろう。 さっきまで青空の下を歩いていたはずなのに、ひどく暗い。 前どころか、すべてが闇で包まれていて、音さえ耳に届かない。 これが死だろうか。 そう考えた瞬間、助けて、と叫んだ。
大丈夫か? 闇の中、唐突に直樹の声が聞こえて、はっと身体を起こした。そうしてようやく佐藤は自分が眠っていたことに気付く。 「いつ死ぬかも、わかれへんのに」 目を閉じて耳を澄ませば聞こえてくる銃声。折り重なって倒れ、積み重なっていく、かつて人であったもの。かつて友達であったもの。 ふらり、眩暈がする。 「あっつ…」 精神的なものからくる眩暈を、陽が昇った所為で上がった気温の所為にした。 並べ立てられた名前。 「俺も、死んでまうんかなあ」 ぽつりと呟く。 武器を持ったことのある人間が参加者の中にどれだけいるのだろう。中にはそういった危ない世界に首を突っ込んだことのある輩もいたかも知れないけれども。それでも大半は今回このプログラムで初めて武器を手にしたはずだ。 「…てゆーか、ひょっとせんでもあほちゃうか、俺」 馬鹿の一つ覚えみたいに直樹を捜して歩き続けた。当の本人は佐藤のことなど省みてもいないのかも知れないというのに。
カサ。 お決まりのパターンだと、口の中で呟いた。 「あーれえ…どっかで会ったっけ、おたく」 どっかで見たことあるんだよねえ、と少年は続けた。どこか飄々とした雰囲気を醸し出す少年は、確かに血だらけで、一見しただけでも『乗っている』側の人間だとわかる。 「武蔵森におった兄さんやろ」 器用に片眉だけを釣り上げて少年は佐藤を見る。 「俺を殺すつもりなんやったら、容赦せんで」 似ている、と直感的に思った。目的の為なら手段を選ばない考え方や、巧妙に隠す、必死な部分が。 「…せえへんよ。俺も兄さんと同じタイプやねん」 それは本音だった。 「…なあ、あんたさあ、俺についてくる気ない?」 急に持ち掛けられた提案に佐藤は目を丸くした。 「殺すかも知らんで」 それに、と彼は少し、声のトーンを下げた。 「それに俺、お前の捜し人と会っても、邪魔されたら殺すよ。いいの?」 そう口にした時の彼の瞳を、どう表現したらいいだろう。 「…あかん」
少年の隣を歩きながら、横目で彼を見る。闇は影を潜めて、いたって普通の少年にしか見えない。 「……」 佐藤は同じ年の頃の少年を、初めて怖いと思った。
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第四十話 愛しい人よ |
さよなら、さよなら。 また、会えたらいい。 いつかどこか、こんな殺伐とした世界ではなく、出来ればもっとずっと、やさしい場所で。 久しぶりだなと言って、笑って、抱きしめてやりたい。 一緒に笑って、サッカーをして、生きたい。 最後に伝えたかった言葉は。 また、会おうな。 伝えられなかった言葉。 口付けた感触を思い返すように、辰巳はもうなんの感覚もない指先を自身の唇へと伸ばした。
決定的なダメージは与えられなかった。そしてそれと同様に、決定的なダメージを与えられることもなかった。 戦って、戦って、戦っていた、けれど。 不意に、二人の前に一匹の猫が現れた。
遠くで、ぺろぺろと傷口を舐める湿った音が聞こえる。先ほどと変わらず、猫は、にぃー、と泣きながら辰巳にすり寄ってきた。 万物に平等に訪れるは死で、平等に流れるは時間だ。平等に流れる時間は、遅かれ早かれ平等に死を運んでくる。 生きていたら捜すと言った。死んでだって捜してやると思った。
自分は、少しだけ早く土に還るけれど。 ぼやけた視界に映った猫は、黒い毛並みをしていて、まるで三上のようだと笑った。
さよなら、さよなら。愛しい人よ。最初で最後の恋人よ。
「……辰巳?」
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