ハナムケノコトバ
一人分の荷物しかない松葉寮のとある部屋の前。
二人いたその部屋の居住者の一人は海外へ行って留守にしていて、もう一人はこの世の中の何処を探してももういない。
死んだら何も残らないと人はよく言うけれど、本当にそうだったらどれだけ良かっただろうか。

大きなため息を吐き笠井は物憂げな眼差しでその扉を見つめていた。

思い出も、この気持ちも、無くなってしまえばいい。
その想いの向く相手は、三上は、もう、だって消えてしまったから。
なのに、笠井の心の中の三上は何時まで経っても消えてくれはしない。
苦しいほど鮮やかに、狂おしいほどの愛しさをそのままに残してずっと存在し続けている。

死んでも思い出は残るから、胸は痛むのだ。

三上が死んでしまって、三上の荷物も片づけられて、二人部屋だった渋沢と三上の部屋が酷く淋しい、静かな部屋になった。
渋沢も、辰巳も、中西も、みんな三上のいない日常を必死で受け入れようと努力して、それと上手く付き合っていくことに賢明になっているのに、笠井だけが、まるで我が侭を言う子供のようにそれを拒み続けていた。
背番号の10番でさえ、三上が付けていることに慣れすぎてしまっていた。
誰が付けて、誰がフィールドに立とうとその違和感は拭えない。
それがたとえ三上より巧い人間であっても何か違うと思ったし、三上と呼吸を合わせることが、自分がただ呼吸をするのと同じくらい簡単に出来ていたから、そうではない人間と組むたび、三上でなくては駄目だと思ってしまう。
10番。永遠にそれは三上の番号だと笠井は思っていたし、他の誰もが口にはしなかったけれどそう思っていた。

笠井は三上が死んでしまったことよりも、それが自殺という形だったことにより一層のショックを受けた。
いつも自信に満ちあふれた態度をしていてそんな素振りなど見せたことなど無かったのにと。
どんな理由から三上が死を選んだかは笠井の与り知るところではない。
けれど一度だけ、そう、たった一度だけ、笠井は目にしたことがあったのを今になって思い出す。
ただ悲しそうに、歯痒そうにため息を吐いていたのを。
それはまさに今の笠井と同じような表情だったかも知れない。
自分ではどうにも出来ない感情を、押さえ込もうと努力して徒労に終わり、悲嘆と絶望に暮れているような。
辛そうに顰められた眉と握りしめられた拳を、笠井はその時見ていることしか出来なかった。

それを今はただただ悔やむ。
拒絶された時を思って踏み込むことの出来なかった自分の臆病さを呪う。
もしもその時三上の心に踏み込むことが出来ていたら、或いは三上は未だ生きていてくれただろうか。
結果は、もしかしたら変わっていたかも知れない。変わらなかったかも知れないけれど、けれどそれはもう叶うことはなく、あの皮肉ったような笑顔ですら今はもう見ることはできない。
心の中、思い出の中にしか三上はいない。
どれほど笠井が恋い焦がれようとも、その想いの相手はこの世にいないのだ。

心に傷は残しても、変わりなく過ぎていく薄情な日常。
けれど胸の奥にぽっかりと穴が空いたまま、日々その空虚は大きくなる。
笠井はまた一つ大きなため息を吐いて眼を閉じた。
今はもういない三上に黙祷を捧げるように。

何処にもいない三上を想い、では残されたこの気持ちは何処へやればいいのだろう。
どうすることも出来ずにただ扉だけを見つめて立ち尽くす。

あんなに大切にされていたのに、あんなに大切だったのに、三上はいない。

こんなどうしようもない空虚と、これから一生付き合っていかなければならないのかと思うと眩暈がする。
だったらいっそ、同じように死んでしまおうかとすら、何度となく考えた。
そんな勇気、ないくせに。
臆病で仕方がないから、後を追うことすらできない。
たとえそれが出来たとしても、三上は喜んではくれないだろうけれど。
きっと口すらきいてもらえない。
自分のことを棚に上げて、命を粗末にするなと怒るだろう。
三上はそういう人だ。
他人が思うほど、人に厳しくない。自分には厳しい癖に、心を許した人には厳しいことを言っていても、優しさが見え隠れする。

だったらせめて、この命が自然な姿のまま費えるときまで。
三上がいたことの証を、胸に刻み込んで生きることくらいは、許してくれるだろうか。
心の箱に大事に仕舞い込んで、時折取り出して、涙しても許されるだろうか。

それは、他人から見たら滑稽に映るかも知れない。
それでも構わなかった。
そうでもしないと呼吸をすることすら辛い。

         

残されたものは思い出と愛しさ。
他の誰が三上を忘れても、自分だけはずっと、ずっと彼を、彼の存在の大きさを忘れない。

心の一番奥、そこだけは誰にも明け渡さない。

たとえこれから先、誰かを好きになっても、そこだけはずっと三上の場所。

「ずっと、憶えていますから」

それが今の笠井に出来る、一番の餞。

         


友達が、死ぬのは怖くないけれど、忘れられるのが怖いと言っていたので。
存在を憶えている人がいなくなったとき、その人は本当の意味でいなくなるんだと思います。
生きた証を、誰か一人でも心のどこかにとどめておいてくれたら、生きた意味があるような気がしてしまった、感化されやすい自分に乾杯…!orz

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル