「一馬？」

なぜ彼がここにいるのか。
約束でもしていたかといえば、そんなはずはないと思う。
三上の呟いた声が聞こえた訳ではないだろうが、一馬は三上を視界に留めるとその場に自転車を置いて、少し安心したように笑って、三上の元へと駆け寄ってきた。

「あき」

呼ばれた名前は確かに自分の名前で、彼と彼の友人くらいしか呼ばないけれど、それは自分を指している。そしてその声も確かに知っているもののはずなのに、普段見ることのない制服姿の所為か、咄嗟にリアクションが取れなかった。
三上が真田と会うときは大抵が私服姿だ。お互いにその学校の制服は知っていても、それを着ている姿を見ることはほとんどない。
だから、目の前の彼に少し違和感があった。

「よかった、すぐ見つかって」
「ああ、うん」
「違う制服って浮くんだなー、私服でも浮くだろうけど」
「あのさ、えっと、」
「何、あき」
「なんで、」

嬉しそうに話す一馬には気が引けたけれど、やたらと目立つのも避けたい。
ここは寮へと続く坂道だ。寮と言うのはもちろん松葉寮で、見知った顔もちらほら見える。
きっと寮へ帰れば話の種にされるだろうと思った。くだらない噂話ほど話題に上りやすいものはない。
あき、と呼ばれていることだって、隠したいのに、近藤や中西なんかが遠くから面白そうに見ているのがわかって、くらりとする。

「んー、英士と結人と競ってた」
「はあ？」
「明日休みじゃん？で、誰が一番乗りであきを連れて帰るかって」
「はあ…」

外泊は許可を取らなければいけないとか、休みだからってなんで連れて行かれなければいけないのだとか、思うのだけれど。
嬉しそうに嬉しそうに話している一馬の内容が、三上にとってはよくわからない内容で、呆気に取られることくらいしか三上には出来なかった。

「ってことで、帰ろ？」
「いやいやいや、ちょっと待て」
「なんで？」
「あのさ、俺寮生活なんだけど、」

その言葉の続きはいつの間にか近くにまで来ていた近藤と中西によって阻まれた。
いいからかいのネタを見つけた、と言わんばかりの笑顔を貼り付けた、三上にとって最悪のコンビは、

「辰巳に言えばなんとかなるから行ってくればー？」

とのたまった。

「は、俺の意思は？」
「はいはい、いってらっしゃーい。ごめんねえ、うちのこ照れ屋さんで」
「はい？」
「うちのこよろしくねー」

いつ誰がお前らのとこの子供になったんだ、と言う暇すら与えられず、追い立てられた。
気付けば自転車を引いて、河原を歩いてたりするものだから、三上に寮へ帰るという選択肢は奪われてしまっていた。

「なんか、すげえ人たちだったな」
「あんなんだよ、いつも…」
「へ、へえ…」

日曜になって寮に帰ったとき、絶対にからかわれる。
あの二人に見られて、あの二人に追い出されたのだ。悪くすれば松葉寮中に話が回っているかもしれない。
明日の自分を思ってへこみそうになる三上を引き戻したのは、一馬の、どこか真剣な声。

「俺ちょっと油断してたかも」
「はあ？」
「俺、英士と結人と競うことしか考えてなかったけど、よく考えたら学校の連中もいるんだよな」
「もしもし？」
「俺がんばるから！」
「…何を…」

勝手に自己完結している一馬に、三上の理解は追いつかない。
いつもそうだ。英士も結人も一馬も、三上にはよくわからないことを言い出して三上を困らせる。
そのあたりは、ただ三上がにぶいだけなのだけれど。

「ってことで、とりあえず明日は俺とデートな！」

乗って乗って、と急かされて自転車の後ろに座る。
自転車が動き出して、肌に感じる風が少し強くなった。
行き先は言わずともわかる。一馬の家だ。そして多分、そこには英士も結人もくる。
きっと騒がしい日になるのだろうとぼんやり思った。

（どうやって英士たち出し抜こう…）

なんて一馬が自転車をこぎながら思ったなんて、三上は知らない。
彼は、自分がどれだけ周りに愛されているか、知らない。

全部書き直し☆
もうね。恥ずかしすぎた。死ねると思った。これを放置してたのか！と。orz
初期に書いたものなので、別段消しても問題はなかったんですが、一応（貧乏性）。